新刊『桜鱒の棲む川』

貝と魚の関係の中でも、タナゴ類とイシガイなど淡水二枚貝類との共進化は面白い。タナゴは二枚貝の入水管を通して貝のエラのなかに卵を産みつける。そして貝はグロキジュームという幼生を出水管を通して魚の体表に吹きつける。
貝と魚がお互いの子どもを育てるのである。

3月末発行の新刊『桜鱒の棲む川』(水口憲哉著/フライの雑誌社刊)には、そんじょそこらにはない著者ならではのコラムを10数本掲載している。上はそのひとつ「サクラマスとカワシンジュガイは氷河時代からのおともだち」(仮題)の一節だ。このあと、

…サンル川でも安家川でも、サクラマスがいなくなればカワシンジュガイも姿を消さざるを得ない。気がつかれていないだけでサクラマスの棲む川にはどこにもカワシンジュガイのいる可能性がある。
それでは、ヤマメやアマゴはいるが、サクラマスやサツキマスの遡上しない河川にもカワシンジュガイはいるのか。これは氷河の前進後退と絡み、非常に興味深いところである。
九州の東シナ海に流入する河川にヤマメが残留しているのは、氷河の勢力が強く寒流が東シナ海や黄海にまで流れ込んでいた時代に、サクラマスがそこへ回遊していたことを示しており…

と続く。

サクラマスとカワシンジュガイの共生関係が形成されたのは、約200万年前の洪積世早期だと言われている。『フライの雑誌』75号の特集「釣りバリの進化論」でも触れたように、ネアンデルタール人でたかだか2万年前、縄文時代はわずか3000年前だ。サクラマスに比べたらつい昨日にもならず、私たちヒトの右往左往なんて小っちぇこと極まりない。

サクラマスとカワシンジュガイは水底で黙して語らないが、小っちぇ人間の目先のカネと欲と面子で、彼らのつむいできた長い長いつながりがいまこの時代に断ち切られるとしたらおそろしいことだ。

『桜鱒の棲む川』には〈サクラマスをめぐる知的冒険〉とのコピーをつけた。時空を越えた想像の翼を広げて、存分に冒険していただける一冊になりそうです。どうぞご期待ください。

安家川 ─カワシンジュガイとサクラマスの棲む川