新刊『桜鱒の棲む川』内容紹介 3

※新刊『桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ!』の本文を紹介してゆきます。〈期間限定〉

コラム④ カワシンジュガイは氷河時代からのお友達

貝と魚の関係の中でも、タナゴ類とイシガイなど淡水二枚貝類との共進化は面白い。タナゴは二枚貝の入水管を通して、貝のエラのなかに卵を産みつける。そして貝はグロキジュームという幼生を、出水管を通して魚の体表に吹きつける。貝と魚がお互いの子どもを育てるのである。これとはやや趣が異なるが、同じイシガイ上科に属するカワシンジュガイ科の二枚貝も、幼生の中間宿主としてサケ科の魚に頼っている。

ヨーロッパのカワシンジュガイの宿主はコイ科の魚であるが、太平洋東部(北米大陸西部)と西部(アジア北東部)にいる極めて近縁だが異なる二種のカワシンジュガイは、それぞれニジマスとサクラマスを宿主としている。

太平洋の東西においてこのような種の組み合わせが形成されたのは、おそらく八〇〜二〇〇万年昔の洪積世の早期、氷河の拡大の影響の元に進行したのではないかと考えられている。これは二枚貝や魚の化石や魚の系統地理的な研究から明らかになったものだ。

アジア北東部におけるサクラマスのなかまとカワシンジュガイの分布は、驚くほどよく一致している。カワシンジュガイを「サハリン南部、南千島列島、北海道、本州(カワシンジュガイ分布の南限である山口県の標本をも含む)の諸地点から採集」して、先の仮説を提起したテイラーと上野(一九六五)の論文を読んでびっくりしたほどだ。論文では触れていないが、広島県の太田川のサツキマス(アマゴ)でも、カワシンジュガイのグロキジュームが五月以降付着しているという。

サクラマス、サツキマス、カワシンジュガイは共に絶滅危惧種とされているが、安家川でも(26ページ)、サンル川でも(171ページ)、サクラマスがいなくなればカワシンジュガイも姿を消さざるを得ない。気がつかれていないだけで、サクラマスの棲む川にはどこにもカワシンジュガイのいる可能性がある。

それでは、ヤマメやアマゴはいるがサクラマスやサツキマスが現在は遡上していない河川にも、カワシンジュガイはいるのか。これは氷河の前進後退と絡み、非常に興味深いところである。

九州の東シナ海に流入する河川にヤマメが残留しているのは、氷河の勢力が強く寒流が東シナ海や黄海にまで流れ込んでいた時代に、サクラマスが回遊していたことを示している。一九三七年に朝鮮半島西岸沖合の黄海や、一九七二年に長崎県沿岸野母崎で、サクラマスが一尾ずつ獲れたという記録があるのはその名残りかもしれない。およそ一・五万年前のウルム氷河期末に、台湾の高山を流れる渓流に取り残されて現在も生き続けているのが、亜種のサラマオマスと考えられる。

同じような時期に南下したニシンも、マダラ、ソウハチガレイ、ウサギアイナメなどと共に黄海の深い低水温の海域に取り残された。このニシンは現在でも産卵接岸する時期以外は、黄海中央部の固有冷水域に生息する。そしてたまに以西トロールでニシンが獲れるのかと不思議がられる。これらが一・五〜四・五万年前に分かれて分布するようになったことは、遺伝学的研究で明らかになっている。

以前、ゴマフアザラシが東京湾に入ってきてタマちゃんと呼ばれ人気者になった。ゴマフアザラシは冬にオホーツク海の氷上で繁殖し、夏にはサハリンや北海道にまで南下移動する。黄海の奥、中国の遼東湾にもゴマフアザラシの大繁殖集団がいるのは面白い。

サクラマスとカワシンジュガイ、そして、サラマオマス、ニシン、ゴマフアザラシは、みんな氷河時代からのお友達だと言えるかもしれない。

(新刊『桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ!』第3章「サクラマスよ、故郷の川をのぼれ」より。表記は本文ママ)

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