月刊『散歩の達人』11月号(交通新聞社)を購入。

◯わが町日野のとなり町、高尾山・八王子特集。中央線沿線に住んでいた頃はこの雑誌を毎月かなりの確率で買っていた。なぜなら毎月かなりの確率で中央線ネタが掲載されていたから。中央線が特集されているとついつい買っちゃうのは押尾学のMDMA。「すぐいる?」

当時ディープなサブカル志向に突っ込んでいた『散歩の達人』で中央線は鉄板ネタだった。新宿、中野、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、吉祥寺。駅名を並べただけで、もはや読まなくても分かるから本作らなくてもいいんじゃないかというくらいの、伝統芸能の域に達していた。そうえいば休刊したネイチャー雑誌『シンラ』(新潮社)はその末期、イヌ特集、ネコ特集、イヌ特集、ネコ特集を毎月ありがたいお経のように繰り返していた。イヌかネコやってれば間違いなかったんだろう。『フライの雑誌』でもイヌ特集やるか。

ゴリゴリの中央線で毎月食っていた『散歩の達人』はその後全面リニューアルした。出勤途中のOLさんに小脇に抱えてもらえる明朗闊達な雑誌を目指してメジャー路線へとポイントを切り替え、こんな私も結婚するかなんかして中央線を離れた。そんな前向きな事情で『散歩の達人』からはしばらくご無沙汰だった。

今回『散歩の達人』を久しぶりに買ってみて、となり町の特集だからというせいもあるが、それ以上にとても面白かった。以前のはちゃめちゃなアウトロー色は薄まったけれど、たとえば88頁「八王子闇ものがたり」なんて、八王子に客を呼び込もうとする一般誌に載る文章ではない。内容はこんな感じ。

… 八王子から江戸に売られた奉公女、鶴。将来を誓いあった男との間を引き裂かれ、ふたたび売られ戻った故郷八王子の飯盛旅籠で女郎となる。粗野な男たちの機嫌をとり夜ごと組みしかれるうちに鶴は不治の病を患う。そんな苦しい日々の底で再会したのは、かつて愛を語ったあの男だった。むかしは知らずいまの二人は女郎と客。男は鶴を必ず迎えにゆくと言ってくれた以前の男ではない。それでも愛したひとと鶴は男に抱かれて自らの病をうつし、不実な男を死の床に追う。

人生に絶望した鶴が向かったのは、豊臣に皆殺しにされた北条氏の居城、八王子城跡を流れる城山川の御主殿の滝。鶴がおのが胸に刃をつきたて今にも身投げしようとしたその時、滝壺の中から「生きろ。お前は子殺しになるな。」という低い声がわき起こる。それは亡霊となった北条の母たちの悲鳴であった。

自らの身籠りを知った鶴は生きて私生児を産むが、その子も八王子の薄暗い貸座敷でやがて母とおなじ哀しい春をひさぎ、父親知らずの子を産む。そしてまたその子も敗戦後の浅川沿いの遊郭に埋もれて、列をなす米兵たちを股ぐらに誘う。…

地域密着型ホラー。地元民には正直コワすぎ。おれ御主殿の滝の下で子どもと小魚すくったことあるし。

本文は史料と実際の事件をもとにしたフィクションです、と欄外に説明書きがあるが、おなじみの週刊新潮「黒い事件簿」なんかより完成度ははるかに高い。きちんと文学になっている。ライターのさくらいよしえさんは相当な書き手です。著書がたくさんあるとのことなので読もう。『フライの雑誌』に書いてくれないだろうか。『散歩の達人』もまた買おう。まだまだ雑誌も捨てたもんじゃない。

◯ところで『フライの雑誌』次号の締め切りが、いつになくやばいことになっている。困った。