「きっちり何もかも完ぺきに準備して店を開けているんだけど、お客が来てもとらない喫茶店をやりたい」
「友だちだけ入れるの?」
「友だちも入れないの」
「玄関にカギかけとけば。誰も入れないよ」
「そうじゃないの。主(あるじ)がもう帰らないお城で、主の帰りを一人でずっと待ってる年寄りの執事みたいのをやりたいの。〝ようこそ当城へいらっしゃいましたお客様。たいへん残念ですが今日は主がおりません。主が戻りましたらお客様のご来訪をかならず伝えます。今日のところはお引き取りください〟とか慇懃に頭下げるの」
「仕事したら」
「もっと聞いて。お客様がお帰りになられたら執事部屋に入って、ため息ひとつついてから自分で丁寧にコーヒーをたてるの。見上げた窓の向こうにはチョークストリームがゆったりと流れていて、コーヒを一口すすった執事がカップをかちりとソーサーに置きました。するとどうでしょう、たちまち川面に雨のようなライズリングがわき起こり」
「仕事すれば」
「もう聞いてくれないの」
「朝は忙しいからね」