重篤な疾患の疑いありで要精密検査となった。ほぼ20年ぶりの健診なので何かあるはずとは思っていたが、いざその「何か」が現実になってみると自分でも驚くほどのパニックに陥った。40歳を過ぎるといつ死んでもおかしくないと言うでしょう、人生なんてそんなものだよ、と、普段の自分が悟ったようにうそぶいていたのは、どれだけリアリティのない口先だけのつまらない三文芝居だったろう。
昔同じ病気に罹った父親が衰弱してこの世を去るまでの日々、厳しい闘病の末に亡くなった前編集長との別れ際のこと、つい最近亡くした身近な大切な人との思い出などが、明け方の眠れない脳の中をグルグルとよぎる。自分の来し方を顧みれば、これまでの仕事、進行中の仕事、予定していた仕事、家族のことなど思い残すことばかりだ。どうして私が、こんなに早く、あっけなさすぎて全然納得できない。ああすればよかった、こうしておけばよかった、でももうぜんぶ遅すぎるのだ。世の中の色づきが本当に変わって見えることを知った。
で、そんな一週間を過ごした後に受けた精密検査の結果は、検診で疑われた所見はなく、それとは他の疾病への罹患はあるものの今のところ命に別状はないというものだった。黒い長い管を人の身体の中に突っ込んで内側から臓器の中身を見るという、想像するだけで恐ろしい検査が終わると(結果はその場で分かるのだという)、傍についていてくれた看護士さんが「よかったですねえ、もう大丈夫ですよ」と私の顔を覗き込み優しく微笑んでくれた。無機的な検査室のベッドの上で私は寒空に捨てられた子猫のように文字通りブルブルと震えて怯えていたのだ。大年増の彼女が女神に見えた瞬間だった。
パンパンに膨れ上がった薬の袋を渡された。これからしばらくの間、私の身体は薬漬けらしい。しかし私はまだ生きられるようだ。
私は今、猛烈に釣りがしたくてたまらないのである。