樋口明雄氏大藪春彦賞受賞パーティ/「アニメージュ、すごいですね」

なにごとかにいれこんでいる人がいたとして、いれこめばいれこむほどに、その人の顔はいれこんでいる対象に似てゆく。これは私の持論だ。この法則はジャンルを問わない。蕎麦の達人は蕎麦っぽい顔になっているものだし、ネジの名人はいかにもネジっぽい顔になる。電車マニアの顔は電車っぽいものだ。見れば分かる。

なかでも分かりやすいのは生物関係だろう。クマ研究の大家はクマな風貌になっているのがあたりまえで、その人の見た目がクマであればあるほど、説得力が増す。ナマズ博士の松阪實さんはだれが見てもナマズにしか見えないのを思い出してほしい。以前『フライの雑誌』で取材した信州大学のユスリカが専門の教授は、全身がユスリカアダルトな風貌だった(第84号参照)。昨年まではピューパだったらしい。これはウソ。

昨日は樋口明雄氏の大藪春彦賞贈賞式及び受賞パーティに招んでいただいた。参加者総勢500人をこえる大規模なものだった。わんわんと渦を巻く人々の中心に据わらされ、パーティの間じゅうひっきりなしに挨拶攻めにあっている樋口氏は、たいへんにお疲れだったろう。しかしながら一部の身内には「無冠の帝王」とも呼ばれていた実力作家・樋口明雄にとっては、たいへんに佳き日だったのだ。心から言祝ぎたい。

『フライの雑誌』は樋口さんに連載をいただいてもう5年になるが、最新第88号に載せた「樋口明雄ロングインタビュー」は、小誌とおつきあいいただいた長い時間と信頼関係を下敷きにした、よい記事になったと思う。なにしろ私はゲラを見せたら、樋口さんご本人に「グッジョブ!」と言われたほどである。やっぱり樋口さんナイスガイなんだな。

昨日のパーティ会場で、徳間書店のアニメ雑誌「アニメージュ」の偏執、まちがった編集をやっているというX氏に初めてあいさつした。「アニメージュ」といえば言わずと知れたナウシカの初出誌である。つい先日、宮崎駿監督の「風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡」(ロッキングオン刊)という単行本を読み終えたばかりだった私は、おおアニメージュの人じゃん、と少し感動した。

思わず「アニメージュ、すごいですね」と言うと、X氏は「皆そういうんだけど15年もやってるとなにがすごいんだか分かんないんだよなぁ、フッフッフ」と、大きなカラダを揺すって笑った。というか顔を歪ませただけで、X氏の目は笑っていなかった。その笑っていない目と、斜め上方向に少し曲がった唇、必要以上に抑揚のあるそちら系独特の口調が、いかにもアニメージュな気がした。

私は(ここにも見っけ)と心で思ったのである。

会場は熱気でむんむん
選考委員たちと。右から3番目が樋口氏。