樋口明雄著『紅の匣子槍(モーゼル)Ⅲ』上下巻(双葉文庫)が登場

『フライの雑誌』の常連執筆者である作家・樋口明雄さんの新刊『竜虎』(ロンフー)を読了。

長編小説は書くのもたいへんだろうけど読むのにも体力がいる。これだけ娯楽がたくさんある時代にあえて大長編娯楽小説を手にする読者は、ページを繰っているあいだ作家の構築した小説世界に引きずり込まれ、もみくちゃにされ頭をわしづかみにされてブンブン振り回され、もうどうにでもしてちょうだいという被虐的気分に浸りたい、それもできるだけ長くお願いしますという二重のどMであると断言できる。

『竜虎』は四六判2段組み360ページのまごうかたなき大長編だ。侵略者である日本軍と抗日義勇軍、そして独立愚連で勇猛果敢な馬賊が中国大陸を駆け巡っていた時代を舞台とする。『頭弾』『狼叫』につづく中国ウエスタン小説(個人的には〈満州ウエスタン〉と呼びたい)三部作の完結編である。
もともと半端ない西部劇マニアな樋口明雄が手がけた渾身の「馬賊もの」。このテーマを長編シリーズで手がけている作家はほかにいないと思う。まったくこの作家は、…

…むかし新宿駅東口に新宿昭和館があったころ、学生だった自分はほかの観客の皆さんと同じく、スクリーンで暴れる健さんや文太や緋牡丹お竜にハートをわしづかみにされ、映画館を出たあと肩を怒らせて風を切って人ごみの中を行き、しばしば怖いお兄さんにぶつかりそうになって、ごめんなさいごめんなさいと平謝りした。

『竜虎』を読了したいま、44歳無職のわたしの頭のなかには馬賊の汗と乾燥した空気を切り裂く弾丸、きらめく白刃と血煙が交錯している。大陸の砂塵がびょうびょうと舞いおどる向こうに、卑怯な裏切り者どもの狡猾な後ろ姿をみつけて、愛馬の横腹に拍車を噛ませるのである。「押(ヤー)ッ!」と大地から噴きだすような野太いかけ声をあげながら。

樋口明雄氏の新作『竜虎』は傑作/2012年5月17日)

本誌連載中、樋口明雄さんの〈満州ウエスタン〉の傑作『竜虎』(ロンフー)文庫版完結編、『紅の匣子槍(モーゼル)Ⅲ』(双葉文庫)が、上下巻で登場。上は、新刊登場時にわたしが書いた感想です。「44歳無職」ってなんだ。

手折れそうなほど華奢なのに恐ろしく強く、豪胆なのに時折ふと頼りなげな横顔を見せる可憐な女の子のキャラクターを描かせたら、樋口明雄は天下一品(あれぜったい作者の趣味だろうな)。文庫版登場を機会にぜひ本作のスーパー・ヒロイン、柴火(さいか)ちゃんのファンになりましょう。

いまふと思ったけど、「だけど 涙が出ちゃう。女の子だもん」とか言ったら、今の時代はセクハラだとか言われるのだろうか。

> 紅の匣子槍Ⅲ 竜虎(上) 双葉文庫|樋口明雄著

> 作家・樋口明雄インタビュー(FM八ヶ岳)

目の前にシカの鼻息〈アウトドアエッセイ〉 単行本| 樋口 明雄
目の前にシカの鼻息〈アウトドアエッセイ〉 単行本|
樋口 明雄
文庫新装版出来。
文庫新装版御姿。装画は「ロードス島戦記」「十二国記」の山田章博さん。
オビを外すとこんな感じ。いいすねえ。
オビを外すとこんな感じ。いいすねえ。