『フライの雑誌』第77号の「日本釣り場論」で紹介した<水産庁の渓流域釣り場管理マニュアル>(発行:水産庁/全国内水面漁業協同組合連合会)が、いよいよ完成した。マニュアルは三分冊になっている。「渓流魚の放流マニュアル」、「渓流漁場のゾーニング管理マニュアル」、「資料編」の三冊だ。A4版中とじの見やすい大判と分かりやすい図解、大きめの文字の採用から、渓流魚に関わるできるだけ多くの人へこの冊子を利用してもらいたいという、発行元の意気込みが伝わってくる。
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漁業権者に課されている魚類の増殖の方法として、これまでは養殖魚の放流がもっとも一般的で効率的とされてきた。監督官庁も、魚の質がどうあれ、漁協がとりあえず規定量を放流しておけばよしとしてきた。そんなことを長年続けてきたため、とくに都市圏の渓流釣り場は場当たり的に魚を放すだけの「釣り堀化」が進んだ。また、天然魚が生息していた区域に養殖魚が放流され、貴重な原種がいなくなってしまった川もある。結果的に自然の川の魅力は薄れて釣り人が川から遠ざかり、漁協の経営は壊滅的に悪化しつつある。
今回の冊子で、水産庁は「放流だけが増殖ではない」と公式に明言している。魚類の増殖のための方策には、稚魚や成魚の放流以外にもたくさんある、と訴えている。「あなたの川はどんな川?」と題して、1.天然魚が生息する山奥の川 2.自然繁殖しているが釣られすぎて魚が減ってしまった川 3.生息環境が悪化して自然繁殖が望めない川 4.短期間に多くの釣り人に集まってもらって楽しんでもらう場合 5.家族連れの釣り人が多い町の近くの川 に大別し、それぞれにふさわしい増殖方法を提案している。提案している相手は、各漁協と漁協を指導する地方自治体の水産行政だ。
これまでの国の水産行政の基本姿勢は、「これはやってはいけない」だったが、この冊子では「ここまでできる」という具体的な事例を明示している。この冊子で水産庁は新しいスタンスを示したといえる。冊子の編集担当者で、中央水産研究所内水面研究部に勤務する中村智幸氏は、『フライの雑誌』第77号のインタビューで、「このマニュアルを各地の漁協さんに利用してもらうことで、5年後の日本の渓流釣り場は変わるはずです。」と語っていた。人々に愛される渓流釣り場を作ろうと思えば作れる環境が整った。各地の漁協と都道府県水産行政のやる気が問われている。
中村智幸氏の新刊『イワナをもっと増やしたい!「幻の魚」を守り、育て、利用する新しい方法』(フライの雑誌社新書)では、渓流の最上流に生息するイワナに焦点を絞って、その生態から増殖方法、最新のゾーニング管理方法までを、面白く、分かりやすくまとめてあります。