うちの池の水深はそこそこふかくしてある。80センチくらいある。だから金魚ちゃんたちはこちらが池をのぞこうとするとサッと沈む。部屋の中からレースのカーテンを少し開けただけでも一瞬で沈む。だんだん野性味を取り戻してきたのだろうか金魚ちゃん。
表層にいつも魚の姿が見えた方がいい。メダカを入れようか。
隣町にある熱帯魚店が前から気になっていた。いい機会だとクルマで初めて出かけて行った。社会福祉法人が経営している会社らしい。卸しも受け付けているようだ。プレハブ倉庫の二階が店舗だった。入り口のガラス戸を開けて入っていくと、ほうきを抱えたエプロン姿の中年のおっさんが、ぼくをジッと真正面から見つめて無言で立っている。
正直、一瞬ぎょっとした。
「こんにちは!」
大きな声で挨拶した。するとおっさんは破顔一笑、ぼくよりも大きな声で、「こんにちは!!」
店はこのあたりではとても規模が大きい。いちばん手前の日本産淡水魚コーナーの角を曲がると、そこにもエプロン姿の中年のおばさんがほうきを抱えて立っていて、無言でぼくをジッと真正面から見つめている。でもなにやら恥ずかしげにはにかんでいる感じだ。だから「こんにちは!!」とさっきよりももっと大きな声で挨拶した。するとおばさんはひまわりが弾けたような笑顔になって、ぼくよりもずっと大きな声で「こんにちはー!!」
水槽だらけの店内のコーナーごとに、こんな感じのエプロン姿の人たちが5、6人はいただろうか。挨拶の声の大きさがどんどんエスカレートして、最終的にはほとんど絶叫みたいな挨拶が店のなかに何回も反響した。
お伴に連れてきていた春休み中の9歳児も、一緒になって「んにちはー!」と叫んでいた。彼は夕方から空手の練習に行く途中だった。だから空手着を着ている空手家だ。
店内にはたくさんのエアポンプがあちこちで静かにルルルと回っていた。
金魚の餌を一箱、ヒメダカを10匹、ヒメダカの産卵用に、マツモをひと束買った。品揃えはとても充実していた。価格も良心的で魚の状態もいい。マツモについて質問したらやさしいお兄さんが的確なことをたいへん親切に教えてくれた。すごくいいお店だ。通おう。
そしてこれが、そのヒメダカです。ヒメダカ入れても釣れないじゃん。しかもマツモ入れてメダカ増やしてどうするのか。
この池はぼく専用の釣り堀だからと、さいきんは毎日自分に確認している。