10月13日(火)、銀座キヤノンギャラリーへ津留崎健さんの写真展へ出かけた。津留崎さんの新しい写真集「Tamagawa -東京ネイチャー」、身近な都会の自然に対する観察力と撮影技術が桁違いだ。
この写真集の舞台である多摩川下流の土手の上にはわたしも何年か暮らして釣りをしていた。会場にいらっしゃった写真家に、マルタウグイやアユの産卵の撮影の苦心譚、「Tamagawa -東京ネイチャー」の目玉作品である(とご本人がおっしゃっていた)、コイの卵が産みつけられたゴム製の不如意袋の被写体としての魅力などの話をうかがうことができた。津留崎さんが多摩川を撮影対象にしたのはここ10数年の期間だそうだが、何年暮らしていたって見えない人にはなんにも見えない。
そのあとはランブルへ横移動、秋なのに灼熱の銀座通りを歩いた。いまの銀座には、いろんな国の言葉が飛び交っている。日本にいながらにして異国情緒を味わうなら銀座だ。そもそも銀座ってそういう街だったような気もする。ただ公の場で会話するときは、もうちょっと音量を絞ってほしい。日本人でもどこの国の人でも、集団になるとみんな下品な犬の群れみたくなるので、同じようにわたしはきらいだ。
さらに平行移動して、塩澤会長のお伴で八丁堀の日釣工と日釣振さんへ。頼まれていたあることを、すっかり忘れていたのを思い出した。薄暗くなってきたころに、八丁堀のプロントへ入店。一人でビールを頼んでしまった。しかもおつまみに炙りベーコンまでも。なんて生意気なんだ。わたしが一人でお店に入ってお酒を頼むのは、20代後半に当時新宿末広亭の並びの地下にあったソバ屋さんに入って、ビールと卵焼きを頼んで以来だ。約20年ぶりか!
あの頃のわたしは人間的に少々調子づいていた時期だった。落語で大笑したあとにちょいとソバ屋で玉などつまみながらビールでもとかっこつけたかったのだが、出てきたのが大ビンでウッとなった。もちろんとても飲みきれない。ビールの次はお銚子をと夢見ていたのだがとんでもなかった。地球か、何もかも皆なつかしい。身の程を知った今日のわたしは、ごく小さなグラスのビールをくいっと飲んで、それでもあっというまにまっ赤な顔になって、「お会計お願いしましゅ、」と、お行儀よくレジでお金を支払ってプロントを出た。
田舎もののわたしが夕暮れすぎまで八丁堀のような大都会にいるのは、「七針」での、Gianni Gebbia(sax)、高岡大祐(tub)、石原雄治(ds)のセッションが目的だった。音楽のジャンルとかよく分からないけど演奏は最高だった。最初から最後まで口あんぐりの状態で演奏と場の空気にのみ込まれた。とにかくカッコよかった。信頼に裏打ちされた即興演奏の張りつめた緊張、大爆発と疾走の爽快、まるで100年前から計算されていたかのようなエンディングと、その一瞬後の大平原をわたる風のような解放感の清々しさといったらなかった。ライブに身を置いた者だけのリアルだ。
そのあとは、いつもの中央線をたどり、いつもの阿佐谷のいつもの吐夢で、うちの庭の池に沈みこむようにして沈没した。ふと気がつくと水面からわたしの脚が二本、逆さまに突き出ていた。