釣り竿を持った不審者が現れました

明日から梅雨入りしそうなので、今日の夕方も川へ行ってきた。ほぼ毎日川へ行っている。なにしろ近いし。『フライの雑誌』次号第102号の編集で、いまはわりとというより、とてもとても忙しい時期だ。こういう状況下でもふつうに川で釣り竿を振るような編集者は、世の中にはたぶんいない。

でも、わたしがこうして川へ行けば行くほど、次号は釣り場の匂いの濃い楽しい釣り雑誌になるはずだ。どうせ川へ行くといったって、夕方のほんの小一時間だ。本当は朝から夕まで川にいれば、もっともっと面白い釣り雑誌になるのだが、それでは本が作れない。

ほんの小一時間の釣りでもじゅうぶん楽しめるのが、フライフィッシングの魅力で魔力だ。日々の釣りで一日たりとも同じ状況はない。釣れる魚の顔つきだって毎日ちがう。今日のおサカナはイワシみたいに太っていた。

今日の夕方、土手の上で川を見ながらわたしが釣り支度をしていたら、公園の手すりで遊んでいた、未就学児童と思われる姉とそのもっと小さい妹が寄ってきた。お姉ちゃんのほうがわたしに話しかけてきた。「なにがつれるんですかー」。

こういう時、本来ならわたしは濃密なコミュニケーションをはかりたい人だ。しかし今のわたしは忙しくて10日間ぐらいひげを剃っていない。お疲れ気味で全身からボーッと瘴気を発散している。他人様から見れば立派な不審者そのものだ。

夕暮れせまる川の土手で、わたしみたいな不審者が幼い姉妹と会話していたら、地域の防災無線でさっそく不審者情報を流されてしまう。「あさ川の土手付近で、釣り竿を持った不審者が発見されました。ただちにお家に帰りましょう」。それはいやだ。

だからごくシンプルに、「ハヤだよ」とだけ、ぼそっと答えた。

お姉ちゃんはハヤと言われても分からなかったらしく、「ハヤだって。知ーらんべったん、ゴーリーラー」と歌いだした。妹が「知ーらんべったん、ゴーリーラー」とまねをした。なんだそれ。ついわたしも「知ーらんべったん、ゴーリーラー」とつづけた。

大人が反応したもので姉も妹も大喜びだ。目をキラキラさせて「知ーらんべったん、ゴーリーラー」、「知ーらんべったん、ゴーリーラー」とうたいながら、くるったようにそこらを飛び跳ねだした。やばい。声が大きい。

公園にいた親子連れがふりむいた。こちらの様子をうかがっている。まずい。わたしはそそくさと土手を降りて川へと逃げていった。川原の草むらを分け入っていく間も、まだ姉妹がうたっている声が聞こえた。

ああ、なんでおれ逃げてるんだろう。

釣りして家に帰ったあと、うちのひとに「今日は土手でこんなことがあったんだ」と報告した。するとうちのひとは「ああ、それはあぶないところだったねえ」と、ほんとにホッとしたような顔をした。不審者にならなくてよかったねえと。

それはえん罪です。わたしはなにもやっていません。

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