隠れ里へ迷いこむ

今日は子を連れて多摩川の昭島付近に行った。背の高い秋草に覆われた河川敷の中の小径をあてなく歩いていったら、視界が不意に開けて小さな沼にいきあたった。ヘラ師のおじさん数人が、青空に鮮やかなパラソルの下で背中をまるめて、水面に揺らぐ浮子をじっと見つめていた。ここに沼があることは土手の上からはまったく分からない。

まるで世を忍ぶ隠れ里のようだが、あいさつをしたらおじさん達はにこやかだった。地元の釣り仲間があつまって、沼の周辺を清掃したり草を刈ったりしているらしい。

「これ食べな。」子に団子をもらった。「これも食べな。」バナナをもらった。「うちでとれた柿だよ。」わざわざ皮をむいてくれた。「これ持って帰りな。」ペットボトルで作った〝ビンド〟で獲ったクチボソ十数匹を、バケツに入れて渡された。「バケツは返さなくていいから。」

しばらくしてから気づいたが、この沼は私が小学生のころ、父親といっしょに毎週のように通っていた沼だ。かれこれ30年近くもまえのことで、ヘラとマブナがよく釣れた。そう言うとまっくろに日焼した一人のおじさんが、
「30年前だったらおれはもうここにいたよ。」と言った。

「さいきんは子どもがあんまり来ないんだよ。」「またおいで。」
子といっしょに頭をさげて礼を言い、手をつないで秋草のなかの道をかえった。