「編集長」とアジノモト

どうでもいいことだが、私のことを呼ぶのに「編集長」という肩書きを使う方がいらっしゃる。たしかにフライの雑誌社の出版物の奥付には「編集発行人」として私の名前が書いてある。

だけど「編集長」と呼ばれることに、私はまったく本心から違和感がある。嫌悪感とまでは言わないが、言われる相手によっては内心ムッとくることもある。勝手なこと言ってますが。

1980年代、90年代の雑誌文化全盛時代には、知識豊富でアイデア抜群の名物的な有名編集長がたくさんいた。若い頃にそういう人たちの仕事へリアルタイムで触れていた私としては、そういう人といまのおれ全然違うし、と瞬足で五百歩くらい後ろにずり下がる。

カリスマとまでいかなくても、私の「編集長」のイメージは新聞社で「デスク」と呼ばれる大勢の記者を統括して指揮下に置くような人のことだ。しかしじつは今初めて明かすけれど、フライの雑誌社にはデスクは一つしかない。一つしかないのにデスク。間違っちゃいないけどね。

うちの会社がデスク一つしかない会社だと知っていて、さらにそれでも私のことを「編集長」と呼びたがる方もいる。相手を肩書きで呼ぶと楽だと知っているからだ。

私もいまのおつきあいのなかで、「社長」と呼ばせていただいているお相手はいる。昔からそう呼んで親しくさせていただいているからと疑問を持たなかったけれど、気まずい思いをさせてきたのかなと今さら心配になってきた。

名前+さん付けよりも距離をおきつつ、なおかつ失礼にならないような気がするのが肩書き呼びだ。肩書きに内実が伴うかどうかは関係ない。というよりも中身は関係なしに表面的な人間関係を維持できるような気がするのが肩書き呼びの利点である。

とりあえず「社長」とか「先生」と呼んでおけばいいのよ、なんて言ったら、ひと昔前のスナックのママの新人指導みたいだが、ママの処世術は正しい。先生と呼ばれるほどのバカじゃなしという言葉もある。

「あたしは彼に、下の名前を呼んでもらってうれしかったの。あたしの名前は〝○○ちゃんのママ〟じゃあないのよ」。昼メロにありそうな台詞だな。──なんだかややこしくなってきた。

10年ほど前にタイへ出かけたおり、夜の歓楽街を歩いていたら、私を遊び目的の日本人とみた何人もの客引きのおじさんが、入れ替わり立ち替わり、「シャチョー!」「シャチョー!」と声をかけて来た。もちろんそれらはことごとく無視したのは言うまでもない。

しかし最後に「アジノモト!」と呼びかけてきたおじさんには、思わず足を止めて振り向いてしまった。目が合ったらおじさんニヤリとしてた。あのときは負けたと思った。負けたので素直におじさんのトゥクトゥクに乗せられて、めくるめくバンコクの夜を味わった。(うそです)

先生も社長も編集長もアジノモトみたいなものだ。

自分が「編集長」と呼ばれることに違和感を覚えるのにはもうひとつ大きな理由があって、私にとってフライの雑誌社の編集長はただひとり創刊編集発行人の中沢孝氏だからだ。中沢さんは早く死んでしまったので、まったく残念でもったいないと10年近くたっても口惜しい。

中沢さんが死んだ年の冬に出した『フライの雑誌』第63号では、特集「追悼・中沢孝」を組んだ。ふつうの雑誌は身内の追悼特集は組みづらいと思うが『フライの雑誌』はふつうではない。この特集には島崎憲司郎さんが哀惜のきもちをおさえない切ない追悼文を寄せてくれた。いまもときどき読み返して胸がつまる。

そして私は中沢さんのことを「編集長」と呼んだことは、どのような場においてもただの一度もない。

中沢さんが生きているあいだ後ろにくっついて、『フライの雑誌』のひと目につかないところでゴニョゴニョやっていた頃は楽しかった。典型的なB型だと公言していた中沢さんは、自分がかまわないと思った部分に関しては、本当に雑駁にぶん投げるところがあった。

中沢さんがぶん投げてくる言葉の尻尾をつかまえて、色調と方向性をもたせ、誌面の記事としてかたちにする仕事は面白かった。こういうのは世界中でも典型的なA型の私にしかできないだろうと思っていた。

私にとっての中沢さんは親分であり大将だった。大将の下にいつもくっついて、スケールが大きい大将の夢みたいなものを実現させるための方策をあれこれ練る参謀みたいな存在だというのが、その頃の私の自分の位置づけだった。

9年たったいま改めて思うと、私は参謀ではなかった。そして中沢さんもべつに親分でも大将でもなかった。そんな風に言ったら鼻で笑われておしまいだったろう。そういうきもちわるい関係は二人とも大嫌いだったのだ。

私の立場は、あくまで編集長の中沢さんが示したテーマと方針にもとづいてこまごまとした事務仕事をはたらく、番頭さんくらいのものだった。

だからいまは編集長の留守を預かっているだけである。編集長は戻ってきそうもないので、番頭さんはずっとうなだれたまま本を作っている。

次の98冊目の『フライの雑誌』は半月遅れになりそう。根がきまじめな番頭さんは焦っている。皆さんフライの雑誌社の本読んでくださいね。

〝アジノモト〟といえば、フライの雑誌社の新刊『葛西善蔵と釣りがしたい』
〝フライの雑誌社の本〟といえば、フライの雑誌社の新刊『葛西善蔵と釣りがしたい』