【公開記事】釣りの〝ゲレンデ〟がほしい。

小社のような裏路地の釣り雑誌にも、各釣り具メーカーさんから春の新商品カタログを送っていただける。ずっしりと重いそれらのカタログを開くひとときは楽しい。

釣り道具は年ごとに新しいものが登場する。立ち止まることは資本主義社会からの退場を意味する。メーカーが新商品の開発を続け、売れようが売れまいが、市場へリリースし続けるのは当然のことわりだ。ユーザーから求められているかどうかはこの際関係ない。

で、思う。

これらのものすごく魅力的な道具をそろえて、どこへ釣りに行こう。きらびやかなカタログのどこを開いても、釣りに肝心かなめな「どこでこれらの道具を使うのか」は載っていない。

自分の好きな釣り場を知っているベテランはかまわない。しかしこれから釣りを始めたいと思う子どもにはどうだろう。〝釣り雑誌を読めばいい〟? 〝釣り道具屋さんで教えてもらえばいい〟? どちらも正解かもしれないが、しっくりこない。

たとえば都内もしくは近郊に暮らしている子どもが、学校帰りに釣りでもしようかと思うとする。いま四〇代半ばのわたしが子どもの頃には、ザリガニを追いかけ、クチボソやフナっことウキ釣りで遊べる用水路や水たまり、川が近くにあった。いまそれらの水辺はない。

一時間五〇〇円くらいで遊べた町なかの屋内釣り堀もなくなった。タバコのヤニで歯が黄色く染まった釣りおじさんたちに囲まれて、くたっとしたコイをメチレンブルーの効いたプールの中から抜き上げる。あれはあれで反面教師というか、いい社会勉強になった。

屋内釣り堀の思い出については、大岡玲さんが『文豪たちの釣旅』に「余は如何にして釣人となりし乎」という題で面白い文章を書いてくださった。大岡さんによれば、なんらかの屈託を癒すために釣りに興じるという論理を持ち出すとき、無邪気な釣り好きは変質し、自らの喜びを穢すという。少年の大岡さんにとっては「室内釣堀」がその入り口だったとか。

同じく屋内釣り堀に沈潜する子ども時代を過ごし、今は戻れぬ修羅の道を往くしかないヘンタイ釣り雑誌編集者の胸がいたい。

さて、まだヘンタイでも修羅でもない現代の都市の子どもは、どこで無邪気に釣りへ興じればいいのだろう。子どもの遊べる水辺がどんどん失われていく世の中を分かっていながら、釣り具業界はそこへどんな未来の姿を見ているのだろうか。

こんなに奥深い生涯の趣味である釣りの喜びを、共にわかちあえる仲間が少なくなってゆくのは寂しいことだ。人が減った方がいいけど減ると寂しい。そこは釣りというスペース消費型の趣味が抱えた二面背理である。釣り人に特有のわがままとも言う。

おいしいものは誰かと「おいしいね」と言いあいながら、楽しくいただきたいと思う、わたしは。いつのまにかオッサンと呼ばれる年頃になったいまは余計にそう思う。

そこで提案したい。誰でも気軽に釣りへ触れあうことができる気軽な釣りの〝ゲレンデ〟を、釣り具メーカーが自腹で確保してはどうか。条件としては、ゲレンデなのだからまず安全であること。既存の漁協など権利者にお伺いを立てずにすむこと。釣り人が自主的に管理する自由な釣り場であること。とすると、具体的には〝公園の池〟でかまわない。

身近な公園のほんの小さい池でいいから、子どもが自由に釣りをして遊べる釣り場を、ひとつの自治体にひとつずつ作ろう。管理者は地域のシルバー世代から募れば、世代間をまたいだコミュニティ作りのきっかけにもなる。釣り人同士は年齢も立場もバリアフリーだし、三平くんには一平じいさんの滋味深い機智が必要だ。一平じいさんがいるならマサハルやユリッペの親も安心する。

おおやけの釣り場をつくり維持していくには政治力が必要だ。釣り具業界の本気を集めれば、子どもも大人も集まって、ワイワイと楽しめる釣り場を全国各地につくることくらいは、たやすいことだろう。

利用料については、子どもからはカネをとらないのは当然だ。釣り堀が宿命的に抱えている陰影の本質は、快楽と時間の資本主義的切り売りにある。そもそも子どもからカネをとって、さあ無邪気に釣りを楽しんでくださいなんて論理はあり得ない。

釣り業界と同じく若い世代の愛好者数減少に悩むスキー業界は、「一九歳はリフト無料」というキャンペーンを展開していて、成果を挙げていると聞く。釣り業界の大人も子どもの代わりに知恵とカネを出せばよい。子どもに経済活動を教えるのはキッザニアあたりに任せておけばいい。

公園の池のフナっこやコイっこ、ザリガニ釣りから、その先のとんでもなく広くて深い釣りの世界へ興味を持つ子もいるだろう。なかにはフライフィッシングの泥沼へ向かうへそ曲がりもいるかもしれない。わたしやあなたのように。

未来を支える子どもたちにとっても大人にとっても、釣りは最高の環境教育の舞台になる。釣りを通じて、川や湖や海の大切さ、自然へのおそれの気持ち、人間のちっぽけさと、それ故のかけがえのない人生の価値を知る。その道行きを次の世代へと開いておくのは、釣りを生業とする業界の責務だろう。

でもそんなことより、釣り好きの業界人にとって、みんなで遊べる釣り場をたくさん作るのは、とても楽しい仕事のはずだ。

DVD『ザ・シマザキ・イノベーション』(つり人社発行)のなかにこんなシーンがある。

島崎憲司郎さんが自分でつくったフライに糸を結び、自宅のバスタブで引っ張って泳がせている。それは独特の生命感にあふれる泳ぎで、さすがシマザキフライと感動する。と同時に観ているこちら側には、かすかに「島崎さんたらまたこんなことやって。」という思いもふとよぎる。

すると島崎さんがモニタの中からこちらの気持ちを見透かしたように言う。

「まあこんなことをやってれば、戦争にもならないわけですよ。」

そしてフライがバスタブの海をすいすいと、気持ちよさそうに泳いでいる。

(「葛西善蔵と釣りがしたい」より)

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