【公開】『山と河が僕の仕事場|頼りない職業猟師+西洋毛鉤釣り職人ができるまでとこれから』第1章〝移住するなら早い方が〟-1(牧浩之)

単行本『山と河が僕の仕事場|頼りない職業猟師+西洋毛鉤釣り職人ができるまでとこれから』(牧浩之著)から、第1章「川崎生まれ、東京湾育ち|移住するなら早い方が」を公開します。

舞台は2011年の新燃岳の噴火です。

(編集部)

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ひそかな決意

東京へ戻る前日は釣りには行かず、のんびりと過ごすことにした。ただボーっとしているのも暇だし、お父さんは仕事で留守だったので、弘子に地元を案内してもらった。僕の中で、確かめたいことがあった。

夜、近くのコンビニの明かりに集まってきた多くの虫が、ガラスに止まっていた。田舎のコンビニではよくあることだが、その虫がキイロカワカゲロウやウエノヒラタカゲロウ、ヒゲナガカワトビケラなら、フライフィッシャーにとって話は別だ。

これらの水生昆虫が集まるということは、確実に近くに川が流れているはずだ。しかも高原町は山合いで湧水も豊富と聞いたら当然、ヤマメやニジマスが釣れるんじゃないか? と思う。

地図で実家周辺を調べると何本かの水色の線があった。僕はもしかして家のすぐ近くに渓流釣りができる川があるんじゃないかと思ったのだ。渓流用の釣り道具は持ってきていなかったが、どうしても確認せずにはいられなかった。

実家から車から10分ほど山へ走ったところにある、御池という湖へ向かった。水の透明度は高く、いかにもニジマスが釣れそうな雰囲気が漂う。

平日で釣り人の姿は見かけなかったが、漁協が出している看板には「ニジマスの漁期:4月1日から翌年1月31日まで」と記載があった。家からこんな近くにニジマスが釣れる場所があるなんて、なんて恵まれているんだろう。これなら周辺の河川も期待できる。

山の裾野沿いに走る道路を進むと、小さな川を渡った。車を止めて橋の上から川をのぞいた僕は驚いた。透き通った水が流れ、藻がユラユラとなびいている。偏光グラスで見ていると、藻の横で何かが動いた。

「おいおい! あの模様はヤマメじゃないか! しかもでかい!」

道路脇のなんでもない流れに、30㎝あるかないかの大きなヤマメが、ゆったりと泳いでいた。海までは1時間かかるが、ヤマメやニジマスを狙うのなら実家から10分も車で走ればいい。

こんなに釣り環境に恵まれた場所に住んでいる人が、本当にうらやましかった。

「あぁ、渓流用の道具さえあれば、いい釣りできたのに。」

次回来る時は、海に川に湖にあらゆる想定をして釣り道具を持ってこなければいけない。荷物がえらいことになりそうだ。
立ち寄った町の釣具屋さんで、周辺の釣りについて聞いてみた。東西南北に30分も走れば、ヤマメのいる川はいっぱいあるらしい。

地元の漁協では毎年冬にニジマスを放流して釣り大会を開催するそうだ。全てのニジマスが釣りきられることはなく、残った魚は大きく成長するらしい。そう言って店員さんが指差した先には、58cmのニジマスの魚拓が飾られていた。

釣りをしない弘子にとっては、今まで全く関係のない情報だった。実はめちゃくちゃいい環境で生まれ育ったようだ。

僕はひとつの理想を胸に抱いた。フライフィッシングを始めた頃、思い描いていた理想。毎朝のように家の近くでヤマメやニジマスを釣り、それから仕事をするという生活。

この時、僕はひそかに宮崎への移住を決意していた。

突然そんなこと言われても…

東京に戻った僕たちは、部屋で友人たちへのお土産を広げていた。さりげなく弘子に聞いてみた。

「将来さ、親の介護とかどうするか考えてる? あなたは兄弟の中で、たったひとりの女の子なわけじゃない。やっぱり親の近くに住みたいって思う?」

僕が突然振った話題に驚いたようだ。弘子は不安そうな顔をしていた。僕が長男だと知っているから、すこしばつが悪そうに言った。「今すぐにってわけじゃないけど、将来的には…、いや、あくまで希望っていうか、その…、できればいいかなぁってのは思うよ。」

弘子は高原町の中学校を卒業後、宮崎市内の高校に進学し東京の大学を卒業した。その後は金融機関で働き、安定した収入を得ていた。友だちが多くいる東京は何をするにも便利だし、遊ぶ場所も困らない。

都会での生活に慣れた弘子に、生まれ育った田舎に戻るという選択肢はない気がしていた。だが、将来的に宮崎での暮らしを考えているならば、説得できる可能性はあるかもしれない。

僕は思いきって、弘子に切り出した。

「いや、ウチはさぁ、妹いるし、孫も同居してっからさ。自分がそこに入り込むことはないから、あなたの両親の近くに住むのは賛成なんだよ。ってかさ、どうせ行くなら結婚してすぐ行っちゃおう。その方がよくないか? 早い方がいいって。」

予想外の提案だったんだろう、弘子はあっけにとられた顔で僕を見た。

「は? え…。」

そりゃそうだ。移住するとなれば、東京で得たものを手放さなければならない。苦労して就職した金融機関を退職し、地元で新しく職を探すことになる。華やかなお店も遊ぶ場所も、弘子にとっては限りなく無いに等しい。

突然移住しようといわれても、すぐに了承できないことは分かっていた。

「いきなりそんなこと言われても…、仕事とかどうするの?」

僕はインターネットで毛鉤を販売しているから、商売をする場所はどこでも良かった。むしろ渓流に近ければ製品のアピールもしやすいし、売上げは上がるはずだ。渓流用のオリジナルフライの開発がしやすくなれば、もっと多くの種類のフライを販売できる。

これまで海のフライパターンの製作販売で培ってきたやり方を説明すると、弘子も理解はしてくれたようだ。

新燃岳が噴火した

時間がたつにつれ、少しずつではあったが、弘子も宮崎への移住を具体的に意識し始めていた。

僕が宮崎に移住したいと言っていると、弘子は電話で両親に報告した。僕とつき合う前から、東京は何かあったときに大変だから、地元に帰ってきたら?とご両親には言われていたらしい。そういったこともあって、宮崎への移住はご両親も大賛成。僕の移住計画に強い追い風が吹いていた。

田舎のネットワークはすごい。まだ決心しかねている弘子の背中を押すように、お母さんが親戚に聞き回って、早くも引っ越し先の候補を見つけてくれた。

すっかり宮崎に魅了されていた僕の希望もあって、正月は宮崎で過ごす予定を立てたが、チケット代も高いし時期をずらして2月に変更となった。その時に引越し先の候補物件を見て回ることになった。

全く折れない僕に押し負けた弘子も、この時点で移住に前向きになっていた。

ところが、せっかくうまく運んでいた移住計画がリセットされる出来事が起きてしまう。2011年1月、高原町のすぐそばにある霧島連山の新燃岳が噴火した。

朝、弘子の出勤を見送った僕は、インターネットからの注文を整理していた。一通り作業を終えて休憩がてらネットを見ていたら、ニュースサイトで見慣れた地名を見つけた。

〈新燃岳の噴火により宮崎県高原町に降灰〉

僕は驚いて弘子にメールで連絡をした。しばらくして電話があり、実家に確認したところみんな無事だと分かり安心した。テレビで見る高原町は、降灰により色を失い、町は灰色一色に染まっていた。山頂から空へ吹き上がる噴煙の中を、火山灰と空気が摩擦して稲妻が走る。

弘子は移り住むことに、不安を感じたようだった。引っ越す先の土地がそういった状況になったら、誰だって考え直したくなるのは当然のことだ。

新燃岳は噴火を繰り返し、火砕流などの大きな被害は無かったものの、宮崎や鹿児島へ灰を降らせた。

降り積もった灰の処理に追われる町の人たちをテレビで見ると、僕も無関係ではないという気持ちになった。降灰の影響は特に農作物に大きく及び、宮崎県産の野菜などの売れ行きが激減したと報じられていた。

「火山灰が降ったくらいで…、青空が常に霞んでる都会で暮らしてる方が、よっぽど健康に悪影響だってのに。」

少しでも応援できればと、僕たちはできるだけ宮崎県や鹿児島県産の野菜を買うようになった。いくら灰が降っても、灰まみれの野菜が店頭に並ぶわけではない。

「灰は怖いわねぇ、ちょっと買えないわ。」

そう呟くおばさんの横で、農薬のほうが灰より全然怖いよねぇ、なんて聞こえよがしに言いながら、宮崎県産の野菜をカゴに詰めたこともあった。都会人は冷たいというけど、この時ばかりは本当にそう思った。だけど高原町出身の弘子は、もっと辛かったはずだ。

「こんな時だからこそさ、親に顔を見せてあげようよ。何か手伝えることもあるかもしれないしさ。」

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山と河が僕の仕事場1、2

 

山と河が僕の仕事場|頼りない職業猟師+西洋毛鉤釣り職人ができるまでとこれから(牧浩之著)

重版出来!

山と河と人が繋がる暮らしは、
こんなにも幸せだ。

川崎生まれの都会っ子が、妻の実家の宮崎県高原町へ、Iターン移住。いつのまにか「釣りと狩りを仕事にする人」になっていた。

「猟師って、暮らせるの?」「生活できるのかよ。」
僕の両親は心配そうだった。そりゃそうだ。

●NHK全国ネット・テレビ宮崎・宮崎放送他に登場、泣き虫のフライフィッシング猟師の書き下ろし! 美しいグラビア、かんたんで美味しい野生肉料理、役立つ山と河のコラムも満載!

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鳥獣被害対策で奔走し、
獲物を毛鉤にする。
山と河の恵みで暮らす人生は、
毎日が挑戦の連続だ。

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重版 山と河が僕の仕事場|頼りない職業猟師+西洋毛鉤釣り職人ができるまでとこれから(牧浩之著)
新刊 『山と河が僕の仕事場2 みんなを笑顔にする仕事』(牧浩之著)

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