【公開】西湖〝クニマス発見〟の大騒ぎ「ほっといてくれ。」(水口憲哉)

スモールマウスバス、西湖 本栖湖に生息
(山梨日日新聞)2017.11.03

本栖湖、西湖でコクチバス確認
今年に入って本栖湖と西湖で特定外来生物に指定されているコクチバスの生息が相次いで確認され、山梨県水産技術センターは来春、両湖で生態調査を実施する。肉食性で生態系に悪影響を及ぼす可能性があるとされる淡水魚で、7年前を最後に県内では生息の報告がなかった。関係者は西湖で約70年ぶりに生息が確認されたクニマスへの影響を懸念し、河川でアユなどの漁場を荒らす可能性を指摘する声もある。

そのクニマスはどこから来たんですかという話。

・・・

釣り場時評68

西湖〝クニマス発見〟の大騒ぎ

ほっといてくれ。

水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

『フライの雑誌』第92号(2011)掲載

まったく今度の騒ぎは、バス騒ぎのときに勝るとも劣らずだわい。

山梨県 西湖

繁殖期の忙しさも過ぎのんびりしていた昨年の一二月一五日の朝日新聞朝刊が、一面と三面でクニマス発見と大きく報じて以来、ワシら西湖のヒメマスは正月も落ち着いて過ごせなかった。そういえば何年か前にも上九一色村にマスコミがどっと押し寄せてきたことがあったな。

何しろ朝日ときたら一月四日(夕刊)と一月六日(夕刊トップ)と立て続けに大きく騒ぎ、さらになんだかんだと小さい記事までいれるとこの魚をしゃぶれるだけしゃぶり尽くした訳で、ようやるわいとあきれるばかりだ。

こんなことをぼやいていても何の話と分からない人が多いだろう。それも当然で大騒ぎしているのは朝日だけで世間は何それと関心を持ってはいないのだからワシらは朝日の何なのじゃということになるわさ。

知らなかったが何だか面白そうだと思う奴は、ワシの話を聞く前にウィキペディアで「クニマス」を見てくれ。一九四〇年電源開発のために絶滅したが、当時は国家を上げての戦時体制の真っ只中であり、この固有種の存在などが顧みられることは全くなかったといった、朝日が触れたがらないことも書き込まれているぜよ。

山梨県より南にはヒメマスはいないはずだが、お前のルーツはって? まあいいじゃないか。

自分達の都合でクニマスとやらを皆殺しにしておいて、
その半世紀ほど後に絶滅していますとお上がのたまい、
今になってその血筋が他所で生き延びていました、
それはお前達だと言われても、
本当に迷惑だよ。

今度の騒ぎでワシが言いたいのは、「ほっといてくれ」ということだよ。それと同じようなことを言っている二人の男の発言を聞いてくれ。

一人目はアラカン。嵐寛寿郎よ。佐野真一さんが竹中労の「聞書アラカン一代 鞍馬天狗のオジさんは」を紹介しながら次のように書いている。

『アラカンが「明治天皇と日露大戦争」に明治天皇役で出た直後、天皇崇拝主義者から「生活の為と言え、下らぬ剣劇映画などに出演をして居られまするのは、まことに遺憾千万の事に御座候」と抗議の手紙がきた。これに対し、アラカンの飄々とした京都弁を思い出しながら次の台詞を呼んでいただきたい。「ほっといてもらいたい。生活のほかに何があります」』

二人目は湯崎広島県知事。昨年知事が育児休暇をとったということで世間は騒いだ。大阪の橋下知事は「世間知らず」、街行く人のインタビューでは「大事な仕事をしている人だから、もっと仕事をしてほしい」(女性の発言)、「とりたくてもとれない会社もある」(男性の発言)、「大変いいこと、私もとりやすくなる」(男性県職員の発言)等とかまびすしかった。

朝日新聞の紙上で、湯崎知事は「ほっといてくれ」とコメントしている。なお、あまり関係ないが、初代釣り人専門官の桜井さんも専門官を交代して間もなく育休をとっている。イクメンの走り。

一人目の話は朝日新聞(二〇一一年二月一三日)で、二人目の話は、「環・太田川」一一七号(二〇一一年一月)の古川耕三さんの〝私的な流行語大賞は「ほっといてくれ」〟で読んだものである。

これら二人の男はその行動や仕事がうんぬんかんぬん騒がれた訳だが、ワシらの場合は西湖にいるヒメマスというかそのルーツがとやかく言われている訳じゃ。

お前さん達人間が自分達の都合でクニマスとやらを皆殺しにしておいて、その半世紀ほど後に絶滅していますとお上が宣い、今になってその血筋が他所で生き延びていました、それはお前達だと言われても本当に迷惑だよ。

西湖で駆除のリストから逃れて生きているオオクチバスも似たようなことをぼやいていたな。

これらの魚はクニマスと共に
一九四〇年、毒水で皆殺しにされてしまった。
田沢湖のサケ・マス類は絶えてしまった

ところで今回の騒ぎでは朝日は殆どふれていないが次のことはどうなっているのかさっさと白状しくされ。ワシのご先祖はやっぱり西のほうかな。

一) そもそもクニマスってのはどんな素性のものなのか。クニに国の字を当てているため、国家の意の国を思い浮かべがちだが、この場合の国はお国なまりと言う時の国で、郷土、故郷という意味のようである。

クニマス(国鱒)という名前が使われたのは秋田藩主佐竹義隆公へこの魚を献上した時であるらしい。そして一六六三年この佐竹義隆の時に成立したといわれる〝秋田名物ハタハタ男鹿で男鹿ブリコ〟で有名な秋田音頭はお国自慢の歌詞よりなっているがまさに〝おらが国さの名物は〟という唄である。

一九二五年のジョルダンとマクレガーによる原記載でもKunimasu= Local Salmonとなっている。田沢湖に固有で昔からいたらしい。阿寒湖のヒメマスと同じでベニザケの湖沼陸封型と考えられる。なおサクラマスの湖沼陸封型としての槎湖河鱒と海から遡上してくる海鱒としてのサクラマスもともに田沢湖にいたとされる。

またクニマス以上にその素性が分からないものとしてクチグロマスと呼ばれる非常に美味な魚がいて、産卵期はヒメマスよりおそくクニマスよりやや早かったという記録もある。昭和三年には一四〇〇〇尾ほど獲れたとその記録は述べている。

このヒメマスは主に十和田湖産の卵の移殖によるものであるが支笏湖や北海道千歳からもある。そしてややこしいことにその十和田湖からは十和田河鱒と呼ばれるサクラマスも移殖放流されている。

この移殖放流ということでは他にベニザケ、ビワマスなど国内の湖に生活するサケ・マス類は殆どといってよいほど放流されている。さらには、海外のサケ・マスのなかまではレイクホワイトフィッシュ、シナノユキマス、ニジマス、カワマス等が放流されている。

これらはすべて人工授精の発眼卵として移殖され一時期定着し繁殖したがその後細々と生き延びたり、消えてしまったりいろいろだが、明治から昭和にかけての田沢湖には、固有の在来サケマスが五種、国内外来種が四種、そして生粋の外来種が四種とまさに湖沼性サケ・マスの万国博覧会の様相を呈し、非常に賑やかなものだった。

しかし、これらの魚はクニマスと共に一九四〇年毒水で皆殺しにされてしまった。田沢湖のサケ・マス類は絶えてしまったという訳。

クニマス物語はこれで終わるはずだったのが田沢湖のクニマスの発眼卵が長野、山梨、富山の三県に分譲されたからややこしくなったのさ。特に昭和一〇年本栖湖と西湖へ受精卵各一〇万粒が送られたことを書いたものが残っているので今回の再生物語が生まれたという訳なのさ。

可哀想って言えば可哀想なんだがね

二) 今回の騒ぎのきっかけはさかなクンとかいう奴がクニマスらしきヒメマスの存在に気づき京都大学の中坊教授に送りそれを教授がクニマスらしいと認定した段階で朝日が大々的に報道してしまったことにある。

ところでさかなクンて何なんだ。人間なんだから名前があるんだろ。オレ達の代表みたいな顔するなよ。まあ、名前がないのはデパートの屋上のウルトラマンショウのウルトラマンと思えばよい訳か、許す。

学会報告とかいう権威付けというか証明は後づけで二月に出ると朝日が言ってくれているのでそれを待ってもう少しその辺を検討してみるとするか。ややこしいことだのう。

それよりも天皇がほめたとかでさかなクンが記者会見で話し、生き物が元気に暮らせる自然環境を取り戻す活動に協力したいと語っている。ほめるのは勝手だが、日本人といわれるやからのルーツには貴方も含めて二〇世紀の前半、やつらが蔑視、抑圧し続けた中国や朝鮮の人々と同じところに行きつくのにそのことはどうなのと言いたいね。

また、六ヶ所村の再処理工場からの海への放射能大量たれ流しについて週刊誌から会見を求められたさかなクンが断ったそうだが自然環境をとりもどす活動に協力したいんだって、よく言うね。

ただ、彼のまわりにはマネージャーらしき小太りの中年男が存在すると言われているから可哀想って言えば可哀想なんだがね、西湖にさかなクンが一二月二五日に白衣を着て現れた時ワシャそう思ったよ。

西湖にクニマスなるものがいたとしたら、
〝いわば国内産外来種だ〟と言わせているのは
おかしいや

三) ところでクニマスとの関係でとやかく言われているワシら西湖のヒメマスのルーツはどうなっているんじゃ。

西湖でヒメマス釣りをすれば一〇匹に一匹はこのクニマスらしき魚が釣れるということだが、お前達の中にもクニマスらしきものを食べた奴がいるんじゃろ。このクニマスらしき魚は人間がつくった幻の魚で、絶滅した魚を釣ったり食べているんでゆうれいを食べたようなもので問題ありやせんし、ワシ達はそれが世の定めとあきらめているが、釣ったり食べたりした人が罰せられるとしたらおかしな話だわい。

おっと、本題のワシらのルーツにもどるべえ。阿寒湖に生息していた湖沼性陸封ベニザケ、ええややこしい明治三八年にそれまでアイヌ語でカバチェッポと呼ばれていたものを北海道庁が改称したヒメマス、と呼ぶか。

阿寒湖と共にチミケップ湖にも原産していたヒメマスは明治二七年支笏湖につくった人工ふ化場に移殖され増殖に成功した。そこでこの支笏湖原産ヒメマスが以降、大沼、十和田湖、田沢湖(明治三六年)、日光、青森県、福島県、山形県、滋賀県、新潟県と琵琶湖以北の日本中に移殖されたと言ってよい。

それらのヒメマスはたしかに元をたどれば全て阿寒湖に行きつくわけだが、中継地として支笏湖、十和田湖、中禅寺湖をはじめ各試験研究機関があるのでワシらのルーツは阿寒湖であるということ以上は言えないだろう。

クニマスについては杉山秀樹(二〇〇〇)「田沢湖 まぼろしの魚 クニマス百科」が非常に詳しく面白いが、この男がブラックバスのようなくせのある迫力のある面白い男なので、朝日も何時間にもわたって取材したようだがその言ったことの一パーセントも使えず、ただ、西湖にクニマスなるものがいたとしたら、〝いわば国内産外来種だ〟と言わせているのはおかしいや。というのはこの男は秋田県で全内漁連の御用学者としてバス駆除の旗を振っていたから。

秋田県立大学客員教授という肩書きで語っているが、この客員教授って何だ。さかなクンも東京海洋大学客員准教授だがお客様の教授って神様ですということか。

ワシもこう見えてもネットをサーフィンすることもあるのよ。それにしても、今度の騒ぎはバス騒ぎのときに勝るとも劣らずだわい。

15年前の懸賞金をかけたクニマス探しキャンペーンで、
鑑定委員会に送られてきた西湖や本栖湖の
〝クニマスらしき魚〟は、背部に黒斑があることが決め手で、
ヒメマスだと鑑定された。
論文ではこの黒斑のことにふれていないが、
黒斑はあったらしい。

「クニマス」(クニマス展示館 2016開設)

西湖のクニマスってのは、タイムカプセルか生きた化石か、はたまたよそにもらわれた魚が実家が火事で全滅したが幸い生き延びて子孫を残したということか。

七〇年前に全滅した祖先のDNAは不明のまま中坊教授とさかなクン(本名 Masayuki Miyazawaというらしい)達は日本魚類学会の英文誌にこのクニマスらしき魚は〝ヒメマスと交雑は起こっておらず、西湖と北海道の阿寒湖のヒメマスのDNAを比べると一致するが、クニマスとは異なることも確認した。〟(朝日新聞二月二三日)として、七〇年前に田沢湖で消滅したクニマスが西湖で発見という論文を発表した。

これではもらわれた魚の身元は確認できない。なぜってこの結果は西湖のヒメマスとクニマスらしき魚の由来についてそれぞれの来歴のDNA分析を行わず、ただ現在はこうなっていますよと言っているだけだからである。

これまで見てきたように両方の魚はそれぞれ複雑で多様な人工授精と移殖の歴史を重ねている。DNAの研究者はこわがって初めからそんな魚はいじらない。

「クニマス百科」によれば一五年前の一〇〇万円の懸賞金をかけたクニマス探しキャンペーンで、鑑定委員会に送られてきた西湖や本栖湖のクニマスらしき魚は、背部に黒斑があることが決め手でヒメマスと鑑定された。

中坊らはこの黒斑のことにふれていないが黒斑はあったらしい。それは彼が送ってくれた日本動物分類学会誌のクニマスについての論文からうかがえる。

西湖のヒメマス釣りで一〇尾に一尾釣れる魚、鑑定委員会に西湖産として送られた魚、さかなクンが中坊教授に送った魚、今年になって西湖で打ち上げられ対応に漁協や県が苦慮し、禁漁区を設定したりしている魚、これら〝クニマスらしき魚〟はすべて同じと考えられる。そんな魚をめぐって、みんな騒いでいるようだのう。

みんな好き勝手いっているが、昨今のネットでのデモの呼びかけとちがってそんなのは無視すればよいのよ。朝日もそう。

調べれば調べるほど、わかればわかるほど、西湖のクニマスと言われた魚の正体は不明ということで騒ぎも立ち消えさ。

おっと、あんまりしゃべり過ぎるとワシの素性がばれてしまう。もうこのへんで止めにしようか。とっくにばればれってか。

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『フライの雑誌』第112号
本体1,700円+税〈2017年7月31日発行〉
ISBN 978-4-939003-71-4 AMAZON