新型ウイルス・パンデミック宣言

フライの雑誌-第86号(2009)から

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SLACK JOURNAL
スラックジャーナル
ちょっと一息

新型ウイルス・パンデミック宣言

Dr.  はい、次の方、どうぞ。

患者  よろしくお願いします。

Dr.  どうしましたか?

患者  えぇ…。最近どうも調子がわるくて、とにかくやる気がおきないんです。仕事も家庭もなにもかも…。眠れないし、食欲もないですし…。

Dr.  ん〜。では質問しますが、あなたの趣味は釣りで、しかもズバリ、フライフィッシングという面倒な種類の釣りではありませんか?

患者  エッ? フライフィッシング? なんでわかるんですか?

Dr.  やはりそうですか…(ため息)。じつは先ほどの患者さんもそうなのですが、さいきん急激に多くなっています。この病気が!

患者  病気なんですか?

Dr.  もちろん。ではこれからいくつか簡単な質問をいたしますので、落ち着いてゆっくり、YESかNOかで、答えて下さい。まず、天気が良い日より天気が悪い日、特に雨の日は心が落ち着く?

患者  ん〜。YES。

Dr.  では2問目、天気が良く気温が上がった日は、夕方4時半を過ぎると仕事が手につかなくなる?

患者  ん〜。YES。

Dr.  3問目、夜や夕方の自動販売機に集まっているカゲロウやトビケラなどの水生昆虫を見ると、なんとも言えない良い気持ちになり、一瞬にして釣り場の光景が頭に浮ぶ?

患者  ん〜。YES。あのう先生、この質問でなにかわかるんですか?

Dr.  おちついて聞いてください。事態は深刻で、かなりの重症です。ズバリ、あなたはフライフィッシング依存症の強力な新型ウイルスに感染しています。

患者  エッ? 新型ウイルス!

Dr.  あなたが日常生活のすべてでやる気が出ないのは、ウイルスが心の奥に巣くっているからです。いいですか、これは日本も含めて5月の連休から8月ぐらいまでは北半球を中心とし、12月から3月までは南半球で流行するオソロシイ病気です。毎年死者もでます。今年は新型のウイルスが世界的に大流行しておりまして、WFOは昨日、フェーズ5からフェーズ6にランクを引き上げて、世界的大流行を意味するパンデミックを宣言したばかりなんですよ!

患者  あのう先生、WFO? WHO・世界保健機構じゃないんですか?

Dr.  ご存じありませんか。世界毛鉤釣り機構、略してWFOです。ハッキリ言ってWHOのパクリです。フライフィッシングの世界では適当なアレンジを自分のオリジナルだと主張しておられる方が多いですが、ほとんどがパクリです。それと同じことです。この業界では気にしたことではありません。

患者  はぁ。で、私の病気のほうは治るんでしょうか。

Dr.  この新型ウイルスに対しての有効な薬は残念ながらありません。しかし、病気自体は治ります。

患者  どうしたら治るんですか?

Dr.  釣りに行くことです。緑深き渓でマイナスイオンを浴びながら、おもいっきり釣りをすることです。それが唯一の薬となります。

患者  ですが、休みの日には色々と予定がありまして…。上司とのゴルフとか子どもの保育園の役員会だとか…。

Dr.  そういうストレスが新型ウイルスを活性化させる大きな原因の1つなのです! だいたい、この不景気にゴルフとはいいご身分です! 上司とのゴルフの時は保育園の役員会だといって断り、保育園の役員会の時は上司とのゴルフだと嘘をつき、とにかく釣りへ行くことをお薦めします。

患者  でも先生、釣りに行きすぎると、仕事も家庭も崩壊してしまいます。

Dr.  まったくもって逆です! このまま新型ウイルスを放っておき、病状を悪化させることこそが、生活の崩壊に繋がります。

患者  病気が進むとどうなりますか?

Dr.  この病気が進行すると、ウイルスに心がどんどん侵食され、リンパ節から脳転移を起こし、手の施しようのないステージ4となり、完治不能になります。そうなると常時、都会での生活に疲れきった感じとなり、やがて山奥の田舎にログハウスのようなそれなりの雰囲気の建物を建て、例えば釣りガイドのようなサービス業をはじめることになります。

患者  ガイドさんなら自然の多い土地で毎日釣りをしながらの生活で、心にも良いのではないのでしょうか?

Dr.  たしかに一時的に病状は回復します。が多くの場合、都会からの移住者は田舎生活への免疫がなく、長くて3年でまた都会に逆戻りです。そうなるとすごく恥ずかしい思いをしますし、その土地には2度と足を運べません。いいですか、日本はアラスカやモンタナではないんですよ。自然が年々壊れているのに何も対処していないでしょう。そんな状況で公共の財産である釣り場を個人のカネのために切り売りするなんて浅はかだと思いませんか。ということで最後には釣り自体がつまらなくなり、釣り人としては悲惨な最期を迎えます。

患者  ひゃ〜。それは怖いです。行きます! 行きます! 釣りに行きます

Dr.  ではお大事にしてください。ところで、私は今週末、北海道に釣りに行く予定でして、よかったらご一緒にいかがですか? 知り合いにいい釣りガイドさんがいるんですよ。あなたと2人なら安くなると思って。

患者  だめだこの医者。

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第86号(2009)掲載。「ん〜。YES。」という患者の答えが妙。なんで英語なんだ。最後の「だめだこの医者」はドリフ大爆笑のアレで。当時恐れられていた新型インフルエンザのこと、釣りガイドさんのことなど、8年後の現状で読み直してみると色々違った意味で興味深いかな
フライの雑誌-第86号 特集◎辺境を釣る。(2009)より
フライの雑誌 113(2017-18冬春号): ワイド特集◎釣り人エッセイ〈次の一手〉|各界で活躍中の個性派釣り人に聞きました。あなたの〝次の一手〟はなんですか。川野信之/黒石真宏/碓井昭司/本村雅宏/渋谷直人/平野貴士/坂田潤一/遠藤早都治/加藤るみ/田中祐介/山本智/中原一歩/山﨑晃司
○天国の羽舟さんに|島崎憲司郎
○〈Shimazaki Flies〉シマザキフライズ・プロジェクトの現在
○連載陣も絶好調
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『フライの雑誌』第113号
本体1,700円+税〈2017年11月30日発行〉
ISBN 978-4-939003-72-1 AMAZON