【公開】〈実写版 釣りキチ三平〉公開直前インタビュー(フライの雑誌-第84号掲載)

毎日新聞に白土三平先生のインタビューが載っていました。面白かった。

でも「カムイ伝」について語るのなら、先生御自らの「松山クンのカムイは本物」というPRのせいで、「実写版 カムイ外伝」を劇場へ観に行った読者(わたしのような)へもひとこといただきたかったです。

そんなことで、大人気マンガ実写化のつながりから、「実写版 釣りキチ三平」を観たときの体験がよみがえってきました。

わたしは「実写版 カムイ外伝」の前に、「実写版 釣りキチ三平」も劇場へ観に行っていました。痛い目に遭うのは一度でよかろうものを学習しなかったようです。しかもどちらもわざわざ子を連れて行ったのでした。

「実写版 釣りキチ三平」の公開直前、フライの雑誌-第84号に〈あの名作『釣りキチ三平』が実写化、今春公開! 気になる中身を先行紹介。まさか愛子姉ちゃんが…。〉というタイトルの、ロングインタビュー記事を掲載していました。

このとき、もちろん映画はまだ観ていません。観ていないくせに(観てないからこそ)、「実写版 釣りキチ三平」を応援する気持ちが記事にあふれています。

「実写版 釣りキチ三平」でフィッシング・スーパーバイザーをつとめ、マンガ「釣りキチ三平」にも実名で登場している鈴木康友さんは、このインタビュー中で、当事者ならではのとても興味深い内容を語ってくださいました。もちろん、マンガ「釣りキチ三平」の裏話も。

ぜひご一読ください。

そもそも「三平三平」の「三平」は、白戸三平の「三平」から矢口先生が勝手に拝借したそうじゃないか。その事実をキミは知っているのかい。 (魚紳さん風)

(堀内)

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日本釣り場論60 公開直前インタビュー

『釣りキチ三平』が実写化!

気になる中身を先行紹介。

まさか愛子姉ちゃんが…。

ききて/まとめ 堀内正徳(本誌編集部)

映画『釣りキチ三平』フィッシング・スーパーバイザー
鈴木康友さん インタビュー

株式会社つり人社社長 ※当時。現会長)

※フライの雑誌-第84号(2009年2月発行)掲載

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釣りを題材にしたマンガに数あれど、質の高さと社会への影響力において、矢口高雄氏の『釣りキチ三平』はだんトツである。週刊少年マガジンに連載が始まったのは、1973(昭和48)年。1983(昭和58)年に連載終了となるまで、豊かな地球の自然を背景に活躍する三平くんは、幅広い世代に人気だった。

三平くんは魚紳さんの指導のもとで様々な釣りに挑戦した。三平くんの釣りと対象魚はときに、社会現象となるほど話題となった。滝太郎しかり、湿原のイトウしかり、ムツゴロウしかり。とりわけ、当時まだ一般化していなかったフライフィッシングという「新しい釣り」をとりあげた「ニンフの誘惑」篇(講談社コミックス第51巻/1981年7月)は大評判となった。

’60年代生まれの本誌読者には、『釣りキチ三平』で初めてフライフィッシングの魅力にふれた方も多いのではないか。私事で恐縮だが、わたし(堀内)もその一人だ。小学生に高価なフライロッドが買えるはずもなく、ワカサギ竿に毛糸を結んで前後に振り、これでフライキャスティングは完璧だなやと喜んでいた。背中をポンポン叩いてあげたい。

さて、その『釣りキチ三平』が今春なんと、実写映画化される。マンガ原作の実写映画で傑作は少ない。たいていダメである。かつて『三平』がTVアニメ化されたときは、原作に忠実な話作りが評判だったが、今回の実写化にあたっては、期待半分不安半分が、三平ファン大多数の心理ではないか。

株式会社つり人社社長の鈴木康友氏(59歳)は、映画『釣りキチ三平』の制作に「フィッシング・スーパーバイザー」という肩書きで関わった。聞くところによると、釣りの技術指導ばかりではなく、撮影上でのあらゆる「釣り考証」について、全権を委任されたという。

矢口高雄氏とのふかいおつきあいがあり、日本最古参の釣り雑誌月刊「つり人」の編集長を長くつとめ、「Basser」「Fly Fisher」誌を創刊した鈴木氏が、映画『釣りキチ三平』の制作に関わったのはいわば必然の流れだったろう。

ロケの間じゅう、撮影現場に張りついていたという鈴木氏に、映画『釣りキチ三平』の気になるあれこれを、突っ込んでうかがった。なにしろ「三平」なので、インタビュー中つい必要以上に個人的な思い入れが出てしまった。鈴木氏と読者の皆様におわびします。(編集部)

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「三平」との出会い

─ 矢口先生と最初にお知合いになられたのはいつ頃ですか。

鈴木 先生が1974年に講談社出版文化賞(後に講談社漫画賞)を受賞される前からです。バチヘビ(『幻の怪蛇・バチヘビ』/1973年)が全国的に注目されてツチノコブームが起き、同年に『釣りキチ三平』(以下「三平」)の週刊連載も始まりました。渋谷のサンスイビルの上につり人社が入っていたころから、ぼくは個人的に「三平」のファンで先生の仕事場にずっと通っていたんです。原稿をいただきたい以前に、単にとても好きだった。ぼくは矢口先生とはちょうど10歳違うんです。

─ 1970年代前半は少年マガジン、少年チャンピオンの全盛期ですね。そこへ少年ジャンプがだんだんのしてくる頃だと思います。

鈴木 あなたは「三平」の連載開始のときに、いくつだったんですか。

─ 小学校入学前です。

鈴木 となると「三平」はアニメからかな。

─ 残念ながらマガジンの連載をはっきりと覚えているのは中後期からです。しかし「三平」はずっと憧れでした。だって自分が興味ある釣りを、三平君が次々とチャレンジしていくんですから。

鈴木 同年代のお子さんには刺激が強かったかもしれませんね。

─ 「呪い浮子」篇で、鈴木康友記者の自己紹介がありますね。30代と思われる鈴木記者が一平じいさんにあいさつをするシーンで、「鈴木康友」と書いた名刺が大きく描かれているコマには、びっくりしました。なんてうらやましいんだと。

鈴木 あれは連載も終わりの方の単行本第61巻です(1982年)。ちょっと異様な場面ですよね。ぼくは矢口先生とずいぶんおつきあいをいただいています。先生は作品を執筆する際、釣りの実際で気になることがあると、しょっちゅう電話をくださって、あれこれ聞かれました。当時はビデオもありませんでしたから、釣りのシーンを撮った8ミリビデオを用意してスタッフの方にも見ていただいたり、ぼくは釣り人として、ファンとして、長年お手伝いをさせていただいた。だから「呪い浮子」であんなかたちで登場させてくれたのは、ある意味でぼくへのご褒美だったんじゃないかと思っています。

─ 投げ釣り、ラジコン、イシダイ、フライフィッシング。「三平」にはあらゆる釣りが登場してきます。矢口先生は33歳で週刊連載を始めてずっと人気作家です。ご自身で色々な釣りを経験されるのは、難しかったのではないでしょうか。

鈴木 作品にも描かれているように、矢口先生のつりの原体験は、子どものころのイワナ、ヤマメ釣り、役内川や皆瀬川のアユ釣り。東京へ来てからの釣り。そんな感じですね。週刊連載でいそがしかった中でも、肝となった釣りはすべてきちんと体験されていますよ。キングサーモン釣りでは、高田弘之さんとダービーに出ています。バラしてしまったけれど、先生がヒットさせた魚は、とりこんでいれば優勝の超大物でした。北海道のイトウ釣りも、小社が鍛治英介さんをご紹介して、いっしょに釣られています。すべての釣りをご自身で経験されていなくても、あれだけ素晴らしく作品化していらっしゃるのはさすがです。周りの色々な方から意見を聞いてご自身の作品にしていったんです。見事ですよ。

入念な「釣り考証」

─「三平」のアニメ(’80〜’82)はほぼ原作に忠実でした。アニメ化にあたって先生の意向はあったんですか。

鈴木 大人気の「三平」を連載中にアニメ化するのは当然の流れでした。当時はセル画でしたね。あなたは小学生くらいかな。

─ 終わりのうたも始まりのうたも、歌えます。いま歌いたいくらいです。私の世代で当時から釣りに狂っている人は、「三平」は完璧にうたえると思います。「三平」アニメの力は大きかったと思うんです。三平くんが喋って動くことにインパクトがありました。野沢雅子さんが三平くんの声をやったのもよかった。いなかっぺ大将、えん魔くん、ガンバ、ゲゲゲの鬼太郎、星野鉄郎、ど根性ガエルのひろし、ぜんぶ野沢雅子さんです。三平くんは彼らと同じレベルのヒーローです。実写映画化のお話は、当時からあったんでしょうか。

鈴木 実写化の依頼はかなりあったんです。ハリウッドからも何回もオファーがあった。だけど、たとえば三平くんがよく岩の上でくるくる回りますよね。ああいった動きがどうしてもむずかしいだろうと、先生はお断りしてきたんです。納得できないだろうということでね。いまはVFXがずいぶん進歩しましたよね。「三丁目の夕日」で話題になった白組という世界有数のVFXプロダクションが、映画「釣りキチ三平」制作に参画するなら、実写化できると先生はお考えになったんです。

─ 鈴木さんは、どのような立場で映画制作に関わったんですか。

鈴木 最初は「釣り指導」という肩書きでした。ところが最終の台本(撮影稿)では、「フィッシング・スーパーバイザー」になっていた。最初は一週間くらい現場に来てください、ということでした。だけど釣り人の視線で台本を読むと、どうしても気になることが出てくるでしょう。だからいちいち直してもらったんです。たとえばアユ釣りのシーンで、アユ釣りは高いところから川を見て様子を見る。だからもっと高い位置から撮影したらどうですか、とかね。アユ釣りには、朝瀬・昼トロ・夕のぼりという、アユのつき場所の格言があるんです。それに合わせて役者さんの立ち位置を決めたり。あと、三平が泳ぎますよね。

─ 第1巻「水のプリンセス」ですね。

鈴木 そう。三平がどこの岩に寝てどこから飛び込んで、どう泳ぐのか、アユはどう逃げるのか。そのあたりをアドバイスしていたら、もう少しいてください、と滞在が延び延びになった。地元の釣り人さんたちにエキストラへのお願いもしました。だって素人のエキストラさんたちに、川に立ちこませたら危ないですよ。リアルな「釣りキチ三平」を撮ろうと思ったら、気にしなければいけない点は、本当に数限りないんです。三平くん役の須賀健太くんには竿の持ち方、操作まで、ぜんぶ教えてあげました。スタッフの方は、ぼくが現場にいると釣りシーンの撮影で悩む点が少なくなったようです。いわば方言指導といっしょで、そのうちずっと現場にいさせたほうがいい、となった。

─ 時代考証みたいなものですね。

鈴木 秋田県がメインのロケ地になったんですが、けっきょくずっと張りついていましたね。いまはメールで東京の会社とやりとりができるので、なんとかなりました。映画のスタッフには「ご本業は大丈夫ですか」と心配されましたけれどね。(笑)

愛子姉ちゃんはそれでいいのか

─ 映画のストーリーの流れを教えてください。アユ釣り大会のシーンから始まるそうですね。原作もアユ釣りから始まります。

鈴木 そこは同じです。三平くんが釣っている姿を、橋の上から魚紳さんが見ている。それが二人の出会いです。

─ そこでいきなり魚紳さんですか。矢口先生はもともと映画好きですので、基本的にはもちろんいい映画になると思うんです。ただわたしが引っかかるのが、愛子姉ちゃんの扱いなんですよ。愛子姉ちゃんは「三日月湖の野鯉」篇で登場して、後に魚紳さんと婚約する重要人物ですが、映画では、原作にない三平のお姉さんという設定になっているじゃないですか。これはどうなんですか。

鈴木 愛子姉ちゃんは、三平と年の離れた東京にいる実のお姉さんなんです。三平のお父さんは沖縄へ釣りに行って行方不明になった。お母さんはその心労が元で亡くなった。おじいさんの一平は時代遅れの竿師だ。これでは三平に先端の教育を受けさせられないと、お姉ちゃんは感じている。釣りを憎んでいる気持ちがあるんですね。だから三平を東京へ連れて行くと言い出す。そこで夜泣き谷にいるという幻のイワナを釣り上げられれば、東京へ行かなくてもいいじゃないか、とドラマが始まるんです。

─ 三平のお父さんは三平平ですよね。「呪い浮子」篇で、おぼれた三平を助けるのが、記憶喪失になった三平平でした。私の友人の三平ファンは「三平は〈母を訪ねて三千里〉のお父さん版だ」と、喝破していました。ここは、おおらかにかまえた方がいいんでしょうか。

鈴木 滝田洋二郎監督には家族愛と自然の大切さを表現したいという思いがあります。脚本家さんも原作の味わいを大切にして、しっかりとした人間ドラマ、家族愛の映画に仕上げてくれています。矢口先生も映画と原作の違いをきちんと理解してくれました。だから撮影現場には来られませんでしたね。来てしまったら、ぜったい口出しをしてしまうだろうと。さすがですよ。

─ うーん。とはいえ愛子姉ちゃんに私は惚れていましたからねえ。 そうだ。ユリッペの扱いはどうなんですか。

鈴木 ユリッペについては、矢口先生もとても気にされていました。ユリッペ役の女の子が本当にかわいくて素敵で、これならと喜んでおられました。最終的には、愛子姉ちゃんも自分で釣りを体験して、カラダに電気が走る。素晴らしい自然環境のなかで、こんなに素敵な毎日を送っている三平を、東京へ連れて行くことは…。あとは映画を観てください。「釣りキチ三平」のもともとのファンの人にとっては、異存はあるかもしれないけれど、感動の家族愛のドラマです。そこにたまたま釣りが介在すると思ってくれていいかもしれません。

三平くんのフライキャスティングに注目!

─ 白組のVFXが話題になっています。その点はどのように感じましたか。

鈴木 VFXは本当にすごいですよ。アユの天然魚の表現もまったく素晴らしい。物語では、夜泣き谷の滝壺に潜んでいる1メートル50センチの大イワナに三平くんが挑戦するんですが、このイワナの表現も目を見張ります。ヤマメはね、ぼくらが秋田で釣った天然ヤマメを、東京の白組スタジオへ酸素を入れて持ち帰って、実物を見ながら映像をつくったんです。フライで釣ったんですよ。

─ フライですか。

鈴木 そう。28センチくらいありました。先日、白組のスタジオへ行ったら、まだ大切に育てていましたね。それだけ思い入れをもって映画を作っているんです。そうそう、夜泣き谷のロケをした山形の法体の滝で夜に撮影していたんです。そうしたらライトに寄ってきた虫がたくさん流れてね。なんとライズが始まりました。いい型のイワナがテレストリアルをバシャバシャ食ってましたよ。私たちは色めき立ちましたけれどね。(笑)映画作りにはたくさんの人が関わっています。撮影は朝6時からスタートして夜までやりますでしょう。たいへんな体力を使います。スタッフはみなさん若い方でした。

─ フライフィッシングのシーンもあるのですね。

鈴木 三平役の須賀健太くんは役者魂がすごい。学校が終わって塾に行くまでの2、3時間の練習を何週もつづけて、フライキャスティングを覚えてくれたんです。だから三平くんのフライキャスティングは吹き替えではありません。須賀君はそれまで釣りをほとんどしたことがなかったんですが、いいセンスをしています。「三平」がきっかけで釣りをやりたくて仕方がない、とくに「フライフィッシングをやりたい」と言ってましたね。

─ それはうれしいことです。

鈴木 魚紳さん役の塚本高史さんも、フライキャスティングは最初、吹き替えにしようといっていたんです。『Fly Fisher』の滝編集長(当時)が塚本さんと背格好が似ているので、吹き替え役で準備していました。だけど、塚本さんは自分でフライキャスティングをしたくて、撮影の合間にずっと練習していた。けっきょく監督が吹き替えなしでいこうと判断しました。

─ では吹き替え役の出番は。

鈴木 一切なし。(笑)衣装もメイクもばっちりして、ずっと待っていたんだけどね。塚本高史さんも撮影がきっかけで、フライフィッシングを始めるようですよ。だから須賀くんと塚本さんにはフライキャスティングの教則本やDVDをセットにして、プレゼントしてあげました。

─ 本当にたくさんの方の情熱で完成した映画なんですね。愛子姉ちゃんの件はともかく、公開が楽しみです。

鈴木 私やあなたみたいな原作に思い入れのある人は、どうしても原作のイメージを抱いていますよね。映画はマンガとは別物の作品として、楽しみに観てもらいたいですね。世界はいま不況だと騒がれています。釣りは不況のときにこそ幅広く楽しまれて、人気がでる遊びです。映画『釣りキチ三平』に描かれている素晴らしい自然讃歌と家族愛で、釣りを通じて世の中が明るくなったらうれしいですね。

「釣りキチ三平」まめ知識

(フライの雑誌-編集部まとめ)

●矢口高雄のペンネームは、デビュー当時矢口氏に原作を提供した梶原一騎氏が名付け親。矢口氏は「矢口渡」に住んでいたので、梶原氏が「矢口高雄にしろ」。一騎らしい豪快なエピソードだが、受ける方もかなりのもの。

●三平君は「ズバリ11歳」。

●三平の名は白戸三平から勝手に拝借した。

●魚紳さんは初登場時、「祈願 日本一周釣行脚」と背中に書いたベストを着たアル中の風来坊だった。クールさが女子学生に人気となり、さわやか青年路線へ変更。「鮎川」の姓は横浜在住の美人女子高生姉妹が命名した。

●魚紳さんは鮎川財閥の息子で大金持ち。アメリカのバス釣り大会で優勝。弁護士資格を持っているが職業不詳。緊急時はヘリコプターで移動する。

●愛子姉ちゃんの「ひざまくら」には多くの男子が憧れた。(当社調べ)

●「ニンフの誘惑」篇に登場する魚紳さんの後輩で新婚のフライマン「風来満」(ふうらいみつる)は、首にバンダナを巻いたキザな男だった。風来満にはモデルが実在する。本誌連載陣でFLYイナガキ代表の川本勉さんがその人。

●コミックス第65巻で「三平」は最終章を迎えるが、番外編がさらに2巻ある。古書市場では番外編まで加えた全67巻でないと、全巻揃えにならない。しかし番外2巻は発行部数が少なく入手は非常に困難。(神田・鳥海書房談)

●連載はじめの頃の三平君の顔は、後期と全然違う。「頭をかきむしるほどの未熟さに、あきれかえるしかない」(矢口氏)

●矢口高雄氏は文章家としても評価が高い。なかでも『ボクの学校は山と川』は味わい深い名作エッセイ。中学教科書にも採用された。必読。

出典・参考:「釣りキチ三平の釣れづれの記 平成版」(矢口高雄著/講談社)ほか

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映画のチラシから。三平役の須賀健太くんは『ALWAYS 三丁目の夕日』での名演技が話題になった。『釣りキチ三平』撮影にあたっては、徹底的に釣りを特訓したという。三平くんのトレードマークの麦わら帽子と長靴はもちろんそのまま。赤いシャツが覗いた開襟シャツには、子どものころなぜか憧れたものだ。
釣りキチ三平』(講談社コミックス)第61巻「呪い浮子」より。約20年前の鈴木氏が実名で登場している。若い。「このころはまだタバコを吸ってました」(鈴木氏)
「呪い浮子」篇で一平じいさんに興奮してのしかかる鈴木康友記者。うらやましい。ちょほー。(講談社コミックス)
法体の滝での撮影風景
三平くんの実家のシーンは、秋田県五城目町の馬場目川最上流にある民家で撮影された。
竿師一平じいさんの仕事場でもある。
映画『釣りキチ三平』のチラシ。キャッチコピーは「冒険はいつだって、君のそばにある。」。釣りへ行く前はワクワクして眠れなかった子どもの頃を思い出させてくれる。

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