【公開】釣り場時評 73|川の流れのように ─ 人と魚と水の関係、四半世紀のうつりかわり 水口憲哉(フライの雑誌-第100号)

2013年発行『フライの雑誌』第100号記念号から、水口憲哉さんの「釣り場時評 73|川の流れのように─ 人と魚と水の関係、四半世紀のうつりかわり」を公開します。

この文章が書かれてから5年がたちました。

文中で2011年以降「筆者は空しくなり原発建設反対を言うことはしていない。」と書いている水口さんは、2015年にご自身の40数年間にわたる原発との関わりをまとめた大著、『原発に侵される海 温廃水と漁業、そして海の生きものたち』を書き下ろして注目されています。原発反対の勉強会、講演会へ乞われて出かけてもいらっしゃるようです。

また、外来種問題についての「最近の政治情況とからんで外来魚騒ぎもとんでもないことに大化けするのではないか」という記述については、たとえば2015年の産業管理外来種の登場を想起させられます。

サケ・マス、アユとダムとの問題については、どうでしょう。八ッ場ダム、小国川ダム、石木ダムは止まらず、ウライは今年もサクラマスの遡上を阻んでいます。

皆さんの5年間はどんな5年間だったでしょうか。

そしてこれからの5年間を釣り人としてどのように過ごしますか。

(編集部)

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釣り場時評 73|
川の流れのように
─ 人と魚と水の関係、四半世紀のうつりかわり

水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

もしかしたら最も望ましい未来が予想できるのは、
サケ・マスやアユとダムの問題かもしれない。

「フライの雑誌」という変な名前の季刊雑誌が創刊されて25年、四半世紀を経たことになる。〝思えば遠くへ来たもんだ〟というよりは〝とにかくここまでよくやってこれたな〟というのが創刊号以来つき合っている筆者のいつわらざる感慨である。

というのも、「フィッシング」、「アニマ」、「フライの雑誌」、「アクア・エン・トゥー」等その創刊からかかわって連載ものを執筆したり、創刊号でインタビューを受けたりした雑誌がどれも好調な出だしであった。それぞれそれなりの位置を占めて好ましい存在だったと勝手に自負していた。ところが、本誌を除いた他の雑誌は、時代が変わったのか、早過ぎたのか、または創刊編集人の急な死去などにより現在は発行されていない。であるからこそ、〝一本筋を通してよく持ちこたえているな〟というのが本誌100号に際してのいつわらざる感慨という訳である。

創刊号には、「’87 フライフィッシャーマン」として島崎憲司郎さんが、「フライの雑誌・人物図鑑」として水口憲哉の共にひねたグループサウンズのような風貌の写真が掲載されている。島崎さんとは直接お会いしたことは無いが本誌や手紙のやり取りで、変わることのないシマザキワールドというか、世間とのスタンスの取り方を強く感じている。それは、彼が関心を持っている水生昆虫の生態や自然のヤマメやイワナの生活そしてそれらの関係が何十年何百年と変わりなく続いているのと関係しているかもしれない。

それに対して人と魚と水の関係に関心をもって釣り場時評なるものを担当する筆者の立ち位置は川の流れのように激しく変化する世間や社会に対応して右往左往しているとしか言いようがない。そのことと直接関係は無いのかもしれないが、筆者の風貌も頭髪と髭が長くなったり短くなったり、有ったりなかったりとこの25年いろいろに変わっている。今は去年の秋から60年ぶりの丸坊主である。

それはさておき、ここではこの25年間本誌で関心をもって発言してきた三つのことについてその過去・現在・未来を検討してみる。

まず第一に原発について。

これはチェルノブイリ原発事故の翌1987年の本誌創刊号で中沢編集人が上記の人物図鑑で〝漁民とともに原発に反対する水産資源学者〟というタイトルで紹介してくれた割には2011年までは原発について言及することはあまり多くなかった、というよりは意識的に本誌で原発反対と主張することはなかった。この雑誌をそういうことを発言する場ではないのではないかと勝手に見てしまう遠慮があったのかもしれない。

それはともかく筆者としては第9号の〝原発で事故でもあったのかな〟と中沢さんがタイトルをつけてくれた釣り場時評が印象深く記憶に残っている。少し長くなるが再録する。

〝『海から原発を見てまわる日本一周』のピースボートの旅に唐津から合流乗船した。旅の半分を自由に行動して釣りをしていたのだがそのときの体験。カワムツをさがしだしたが全然みつからず、生かしたオイカワを一尾大事に家に持ち帰る子供に教えてもらった釣り場では、どういうわけかタモロコが釣れた。九州北部ではほとんど姿を消したとされているタモロコを面白がってタモロコシと呼びながら筆者よりもよく釣る子供達と仲良くなり始めた頃、遠くでサイレンが鳴り出した。消火ポンプを積んだ小型トラックやオートバイに乗った火事装束の人々が、あわただしく次々と走ってゆく。しかしまだ煙は見えない。そのとき、釣りのうまい一人の子が浮きを観ながら何げなく、「原発で事故でもあったのかな」とつぶやいた。いろいろ事故もあり問題の多い玄海原発から、十キロちょっとのところでの発言である。原発のある町に暮らすことの恐ろしさをこれほど具体的に感じたことはなかった。この時は幸い本当の火事で、煙を見つけて間もなく子供達はみなそちらに走って行ってしまったが、もし原発の事故であったら、釣りをしながら見えない放射能に私たちは侵されていってしまった訳である。特に子供に厳しく。〟

今から思えば、原発の危険性を知らせるにしてもこれはやや牧歌的過ぎたといえる。2011年3月11日原発の重大事故が実際に起こってしまい、以降筆者は空しくなり原発建設反対を言うことはしていない。

福島県及び周辺の海や湖、そして川では2年以上たった今だもって魚類の放射能汚染が続いているいっぽう、自民党安倍政権は成長戦略に「原発活用」とこれまでの政権時代と同じ過去の亡霊にまどわされているような世迷い言をなお言い続けている。子供の未来はどうなるのだろうか。少子高齢化の社会は暗たんたるものがある。本誌には殆ど書かなかったことを昨年『淡水魚の放射能』にまとめた。

次に外来魚騒ぎについて。

2005年の外来生物法施行以前の2003年に芦ノ湖と共にブラックバスが漁業権魚種として認められていた山梨県の河口、山中、西湖が漁業権一斉更新の今年県内水面漁場管理委員会で大もめ。富士山が世界文化遺産となったことと関係あるとかないとか。

こういった外来魚騒ぎについては本誌で何回も言及し、『魔魚狩り』にまとめた。「環境ホルモン騒ぎ」と同じく政治と科学のお粗末さを示す茶番劇で、もう過去形のものだと思っていたら、またぞろの亡霊がさまよい出て来ている。環境省はこの3月、特定外来生物の「交雑種」の飼育や輸入を原則禁止する外来生物法の改正を求める方針を決めた。

改正内容の主なものは二つある。まず、特定外来生物が交雑して生じた生物についても特定外来生物に指定できることとする。もう一つは、防除のための学術研究にあたっては特定外来生物の個体に発信器を取り付けて野外での放出(放流)を環境大臣などが認可できることとするというものである。調査研究のためであればリリース禁止の湖でも放流調査ができるかというとブラックバスに環境大臣が許可する訳はないか。

この改正のメインは交雑種問題で具体的には和歌山県でのニホンザルとタイワンザル、千葉県でのニホンザルとアカゲザルの交雑種(交雑個体)の駆除をできるようにしたことである。

そこでついでにといった感じで取って付けたようにサンシャインバスなる魚が取り上げられた。この魚は、共に特定外来生物であるストライプドバスとホワイトバスの交雑により生じた生物で霞ヶ浦では1993年にその存在が確認されており、管理釣り場等でも利用されているがとりたてて何が問題ということもないようで今回法改正に際しても巻き添えでクローズアップされたようだ。特定外来生物同士の交雑により生じたということが理由。

サルの場合は純血のニホンザルを守るためにその血を受け継ぐウロンなものを駆除することが目的である一種の純血主義である。この点については本誌第46号(1999年6月)で次のように述べている。

〝筆者は、今から二十三年前に今はなき雑誌「アニマ」の書評で、「外来生物と純血主義について考える─求める自然が人によって異なり、と同時に人によって求め得る自然も異なっている」ということで、外来魚やブラックバスにふれながら、「いっぽう、外国産の魚はもとより日本在来のマス類でも本来ここにいない魚は放流すべきではないという意見がある。一理あるが放流した記録さえ公開保存すればそう目くじらをたてることでもないように思う。動物の側からのみ観て、一つ一つの種についてこれは本来いるべきだ、いるべきでないと決めつけ、あくまで『自然』を追求し続ける一種の純血主義ともいえるものに疑問を感じる。」と書いている。〟

これは1960年代後半に、本来西日本にしか分布していなかったオイカワが琵琶湖のコアユに混入して北海道から台湾にまで侵入、分散したいわゆる国内外来魚(台湾では本当の外来魚)の繁殖生態と侵入の歴史を調査研究したことが言わせている考え方ともいえる。なお、1980年からの琵琶湖のコアユの移殖放流の成功で台湾では30年後友釣りが盛んになっている。

このオイカワについて最近、中国や台湾でも研究が進んでいる。中国にも3種ほど中国固有のオイカワがいるが台湾にも地殻構造変動によって2種のオイカワがおり、そこに日本のオイカワが外来魚として導入された。なお日本のオイカワも鈴鹿以西と以東静岡県までの二つの種類に別けられる可能性もあるが研究が進んでいない。なお、オイカワとカワムツの交雑個体であるオイムツが出現したがこの場合雑種不稔で繁殖できず消えてしまった。しかし、ニホンザルとタイワンザルの交雑個体は雑種強勢となり問題となっている。

ここで重要なことは、

1)種とは何か。それぞれの大陸や島のある生物の存在の仕方がどれだけ詳しくわかっていて多様性とか保全ということが検討されているのか。

2)自然状態で交雑し、繁殖し続けている生物について種というものをどう考えればよいのか。

3)外来種というとき、外国にいるものと日本にいるものとの種における考え方はどうなっているのか。

上記本誌第46号でもふれたように今再生と騒がれている中国からのトキも外来動物とする見方もある。ここまでくると、最近の政治情況とからんで外来魚騒ぎもとんでもないことに大化けするのではないかと心配になってくる。

最後にサツキマス、サクラマスの自然産卵とダム建設について。

ダムをつくるな、マスやアユを遡らせろということについて、長良川河口堰は無用の長物として醜態をさらしながら政治的パフォーマンスの道具として利用されているが、川辺川ダムは建設中止となり、中海の中浦水門や球磨川の荒瀬ダムは撤去された。安家川の桜鱒とウライの問題をきっかけに連載したサクラマスとダムの問題は『桜鱒の棲む川』にまとめたが、その後3・11の東北地方を襲った大津波でウライとふ化場が壊滅した下安家川漁協は、復興予算でそれらを再建した。津波の被害がなくよい川を維持する安家川漁協(中、上流)は一斉更新がらみでサクラマス遡上期だけウライの鉄格子を外すよう主張している。

いっぽう、水産庁の考え方が、サクラマスのみならず、シロザケについても自然産卵に注目する動きが研究面で見られるようになった。原発事故で水力発電見なおしということにまではならないと思うので、もしかしたらサケ・マスやアユとダムの問題が最も望ましい未来が予想できるのかもしれない。

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魔魚狩り ブラックバスはなぜ殺されるのか 水口憲哉(著)|ブラックバスは、濡れ衣だ! 異色のベストセラー
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桜鱒の棲む川 水口憲哉(2010)
桜鱒の棲む川 水口憲哉(2010)
『淡水魚の放射能 川と湖の魚たちにいま何が起きているのか』(水口憲哉=著/フライの雑誌社刊)
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『フライの雑誌』第100号記念号 [特集1]フラット・グリップ・レボリューション Flat Grip Revolution 島崎憲司郎 [特集2]わたしのベスト・フライパターン 渓流・本流用フライ篇
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フライの雑誌 113(2017-18冬春号): ワイド特集◎釣り人エッセイ〈次の一手〉|各界で活躍中の個性派釣り人に聞きました。あなたの〝次の一手〟はなんですか。川野信之/黒石真宏/碓井昭司/本村雅宏/渋谷直人/平野貴士/坂田潤一/遠藤早都治/加藤るみ/田中祐介/山本智/中原一歩/山﨑晃司
○天国の羽舟さんに|島崎憲司郎
○〈SHIMAZAKI FLIES〉シマザキフライズ・プロジェクトの現在
○連載陣も絶好調
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『フライの雑誌』第113号
本体1,700円+税〈2017年11月30日発行〉
ISBN 978-4-939003-72-1 AMAZON
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