釣り関係ではない顔見知りのご夫婦と、東中野の喫茶店でぐうぜん会った。休日は何をして過ごしていますか、から、お互いの趣味がなんでこうで、というお決まりの話題になった。うちよりずっと上品で文化的な先様のご夫婦は、東中野のポレポレでなにやら難しそうな単館上映系の海外ドキュメンタリーだかなんだかを観てきたところだという。
「ご夫婦で休日に映画鑑賞なんて素敵ですねえ」、とうちの妻が憧れるように言った。うちの妻はいいもわるいも思ったことがそのまま顔と口にでる人だ。ふつうに〈ご夫婦で休日に映画鑑賞なんて素敵です〉と心から感動していた。子どもか。
その日のわたしたちは、後楽園ホールでプロレスを観てきた帰りだった。試合開始前に水道橋のプロントで朝からビールを頼み、コンビニで缶ビールを2本買って持ち込み、会場内売店で生ビールをぐいっとやって酔っぱらって、暴走大巨人と宮原健斗選手をぎゃあぎゃあと応援してきた。チケット代は妻の奢りだ。
先様のご夫婦は、わたしが釣り関係の仕事(仕事なの?)をしていることをご存じだ。だからか旦那様のほうがこんな風におっしゃった。とてもにこやかに。
「それではお二人の休日は、釣りとプロレスなんですね。」
きたー、と思った。実際のところわたしは日々を暮らしている時間の、おおよそ七割くらいは、釣りとプロレスのことを考えて過ごしている。家でサムライTVをつけない日はない。ほぼ毎日オイカワを釣っている。人としての組成は釣りとプロレスでだいたい正解かもしれない。でも釣りとプロレスの判子を押されると抵抗感ある。だってなんだかワケわかんないじゃん。たまたま今日はそうだったけど、〝お二人の休日〟を暴走大巨人でくくられたら、うちの奥さんがさすがにちょっとかわいそう。
「あたしたちがさいきん見た映画は、インド映画です」
そこでうちの妻が、うれしそうに言った。「〈ダンガル きっと、つよくなる〉っていうんです。アーミル・カーンさんが娘たちをレスリングのチャンピオンにする映画で、、」。なんとまだ〈ご夫婦で休日に映画鑑賞なんて素敵〉モードのままだった。そのまま〈きっと、つよくなる〉がいかに面白かったかの説明を始めた。
「あ、やっぱりそっち系なんですね!」
我が意を得たりというふうに、先様の旦那さんが膝をうった。興味を持ってくれたと勘違いした妻は、おしゃれな喫茶店の小さな机の上に身を乗りだして、主演俳優さんの肉体改造がいかにすごかったかを熱く語り始めた。おい。
妻はボディガー選手とアーミル・カーンさん好きではあるが、プロレスマニアではないし、釣りもやらない。完全に誤解されたと思う。
それともいつのまにか、〝そっち系〟に行ってしまったのだろうか。
それならそれで。