【公開】ジュゴンの夢 水辺のアルバム5(水口憲哉)│ 「フライの雑誌」第108号より

水辺のアルバム 5

ジュゴンの夢

水口憲哉
(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

(初出 フライの雑誌 第108号 2016年4月5日発行)

・・・

沖縄の自立を考え、
戦争のない世の中をつくるのに
一番真剣に取り組んだ
得難い県知事だった

M.K.(水口憲哉) みなさんは、琉球の人々と同じように何千年の昔、黒潮と共に南の海からやって来たんですよね。

D.D.Dugong dudgeon : ジュゴン) そうだよ、奄美大島あたりまで行っていたんだが、人間に喰われたりして減ってしまい、今は名護市辺野古沖のなかまが北限のジュゴンということでその運命が心配されているのさ。

M.K. 沖縄県は以前は長寿県として有名だったのですが、みなさんはどのくらい長生きですか。

D.D. そうさなー、一七歳で成熟、寿命は七三歳というようなことも言われているようで、殆どオマエ達と同じさ。だからよく言うだろ、ワシ達ジュゴン、イルカ、クジラといった長命の哺乳動物は海の中からオマエ達人間ドモのこれまでやって来たこと、これからの行く末を見守っているということさ。

M.K. みなさんは、アマモなど海草類が好きだそうですね。

D.D. そうじゃよ、だから海牛目などというなかまに入れられてしまうのよ。しかし、オマエ達がワシらを喰っても、ワシらはそのようなことを絶対しないぞ。なにしろヴェジだからな。ところで、琉球のみなさんはコンブをよく食べるそうじゃのう。

M.K. そうですよ、三〇〇年以上昔から蝦夷から取り寄せたコンブを好んで食べていて、三〇年ほど前は日本で一番多く食べる地域として有名で、その頃は男女ともに日本一の長寿県だったんです。日本列島の先住民が北と南の端でコンブを通して結ばれていたとも言えますね。

D.D. そうか、海草と海藻のちがいはあるが我々と同じ草食系か。

M.K. いやそれが最近は一寸ちがうんですよ。特に男性は食事が欧米化して、平均寿命も短くなっているとも言われています。

D.D. それでも、最近のモズクの養殖施設の多さはびっくりするほどだが、そこでできたものを沖縄では食べていないのかね。

M.K. 現在、日本のモズクの生産量は二万トンほどで、その九九%が沖縄での養殖によるものですが、大部分県外で消費されているんです。私も毎朝食べていますがね。

D.D. 海藻の食べる量は減るわ、寿命は短くなるはでは、少し心配になってくるのう。

M.K. いやいやそんなに心配する必要はないんです。昨年の一二月、四二都道府県がまとめた二〇六〇年の人口ビジョンで、増加すると見込んでいるのは沖縄だけで、他はみな五〜四四%(二〇一〇年比)の人口減を予測しています。沖縄県では、一四年の出生率は全国一の一・八六で、国の一・四二を上回る。ビジョンではさらに三五年までに二・三〇に上昇させ、移住者増も含め、六〇年の推計人口は一〇年より二割多い一六八万人としています。

D.D. そうか、そうか元気でなによりじゃ。そういえば、赤土の漁への心配をしてくれた人もこっちの人と結婚して、子どもが2人いると聞いとるからのう。

M.K. そうですが、何で知っているんです。

D.D. 沖縄では六〇年ほど前から沖縄本島や八重山諸島の国頭マージ(酸性土壌)地域においてブルドーザーなどによるパインアップル畑地開墾を行なった頃から赤土の海への流出が目立ち始めたんだよ。サンゴは死滅するし、我々の生命の糧であるアマモは枯れるし大変なんだよ。二〇年ほど前、本島北部にお前んところの学生もなんか調べに来ていたんで見守ってたのさ。

M.K. 沖縄にほれた学生が、国頭村漁協の漁獲資料を詳細に検討したら、東海岸のパインアップル栽培のさかんな地域で赤土流出による漁獲量減少が起こっていることがはっきりしたんです。

そのことを、マスコミを通して公表することも考えたが、環境保護団体から赤土問題で裁判を起こされている大田昌秀県知事を鞭打つようなことをしたくはないのでそれはしなかった。今から思うとそれは適切な判断だったと思う。

だって、沖縄の自立を考え、戦争のない世の中をつくるのに一番真剣に取り組んだ得難い県知事だったから。

・・・

気にいらないマスコミは潰してしまえという声が
ここのところ安倍政権周辺から次々に発せられる。
チョムスキー達に批判されて当然だな。

D.D. ところで、イルカを守れ、クジラを殺すなと言ったケネディ駐日米大使が昨年一二月一七日、日本記者クラブの記者会見で普天間飛行場移設について、辺野古への移設が最善だと言ったらしいが、我々ジュゴンはどうでもよいということかな。

これに対し、オリバー・ストーンやノーム・チョムスキーら米国の識者ら七〇人が「激しく反対してきた沖縄の圧倒的多数の人々に対する脅威、侮辱、挑戦であり、同時に法律、環境、選挙結果を軽視する行為だ」と批判したと琉球新報が報じているよ。

M.K. 知らなかった。さすがチョムスキーだな。言語界における発見というかやったことはすごいということしか分からないけれど、世界およびその中でアメリカのやっていることをきちんと見きわめている人ということで私が今最も尊敬し注目している人なんだ。

それにしても、私たちが知らないそのような情報をすぐに沖縄県民に知らせる新聞が有るというのは大事なことだね。それなのに、この琉球新報や沖縄タイムズの二紙を、気にくわんから潰してしまえと声高に発言する人もいるんだよ。

この二紙は、地域の声、県民の声を発信する地方紙であり、県紙でもある。県民の支持があり、購読者があるゆえに維持されている。この二紙を潰してしまえということは、沖縄県民の声を無視しろ、圧殺しろと言っているに等しい。

このような気にいらないマスコミは潰してしまえという声がここのところ安倍政権周辺から次々に発せられる。チョムスキー達に批判されて当然だな。

D.D. そういえば、名護市辺野古地先の公有水面埋め立てについて、君は沖縄タイムズの「海上基地・政府案、識者の分析」ということで何だか小難しいことを書いていたのお。

M.K. はい、一九九七年一一月に「明確でない〝水域〟変更、問われる軍事優先か否か」ということで、米軍用地強制使用と同じ強制収用によるのか、漁業権放棄、県知事の埋め立て許可という民主的な行政的手続きを踏むのか明確にせよと述べている。

D.D. そうか、白保もそうだけど漁業権と埋め立てとの関係で相談に乗った訳だ。

M.K. その二〇年以上前の金武湾における、CTS埋め立て訴訟で漁業権について取り組んだ照屋寛徳弁護士が衆議院議員になっていたので相談に行き質問主意書を出してもらったのがこの問題へかかわるきっかけだった。

D.D. そうかね。今でもその問題は続いているようだが一体どうなってしまっているんだ。

・・・

漁協が埋め立て同意しても、
県民の意を汲んだ知事が真剣に取り組めば、
大変だがやれることもある

M.K. 米軍のための特措法による強制収用はやらないし、出来ない情況になったので、国は法的小細工をしたり、御しやすい県知事になるのを待ったりしてここまで来てしまったんだ。しかし、ついに強行手段に出ざるを得なくなって、現在、国と翁長雄志県知事が矢面に立つ沖縄県との間で三つの裁判が行われている。

D.D. 漁協が埋め立て同意しても、県民の意を汲んだ知事が真剣に取り組めば、大変だがやれることもあるんだなー。

M.K. この沖縄タイムズの寄稿の最後を、「石垣島白保において、迎里清さんたちの『軍事空港化を許すな』という思いをアオサンゴと政治家の土地ころがしが支援し、サンゴの海を埋め立てての空港建設は中止となった。軍事優先か民主主義かということが再び問われている。」と結んでいます。

今沖縄では、海の埋め立てをめぐって軍事優先か民主主義かということが三度目に問われている。ジュゴンと安倍政権の暴走が支援し、埋め立てが困難になるという希望を私は持っています。

D.D. わし達は、暖かいところ、餌のあるところと、国境や県境とか関係なく動いているが人間は漁業権とか漁場とか、もっとせせこましい枠の中で右往左往しているようだの。

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「珊瑚礁の島」と呼ばれた琉球が
現在は「基地の島」と呼ばれている。その基地の網が、
陸上だけではなく海にもかぶされていることは
あまり知られていない

M.K. 確かに本州などでは江戸時代から線引きが厳しく、境界争いが絶えなかったようです。例えば、外房の小湊と天津の漁協には、大岡裁きの文書が今もって大事に保管されています。しかし、漁業法の神様と言われた水産庁の浜本幸生さんから昔言われたことだが、「北海道と沖縄にはもともと現在の漁業権制度のようなものは無かった。」ということがあります。「復帰」前後、古宇里島の漁民が沖縄各地のウニを獲り歩いていたのを調べたときにそれがわかったのだが、かなり解放的で、開放的な漁場使用でやってきていたようですね。

D.D. そうそう。白保等でも、浜辺で貝を採ったり、アオサを摘むのを、入浜権とか難しいことは言ってない。海遊びといっているんだ。海とのつき合いってのはもともと楽しいものなんだよ。

かつては「珊瑚礁の島」と呼ばれた琉球が現在は「基地の島」と呼ばれている訳だが、その基地の網が島、いや陸上だけではなく海にもかぶされていることはあまり知られていないようだが、我々にとってはこっちのほうがまさに命の問題なんだよ。

M.K. 二〇年ほど前に漁業への影響ということで沖縄県庁に基地や海の訓練域がどうなっているのか聞きに行ったら、確かにそのような一枚の地図を見せてくれた。わけてもらえないかと言ったら一部しかないということで防衛施設庁に行ってもらったのを覚えている。今は「沖縄の米軍基地」という詳細な県のまとめたその地図もありネットで見ることができるようになっています。

D.D. 確か平成二〇年に照屋寛徳さんが、米軍訓練制限水域および射爆撃場の返還に関する質問主意書を出し、当時の麻生太郎首相が答弁しているね。県のまとめをくり返すというより、それよりも実態をぼかし何も答えていないんだよ。

M.K. そうですね。「沖縄の米軍基地」の第8章基地の概要、第2節米軍訓練水域および空域の現状には次のような厳しい現実が書かれている。

「訓練水域では、水対空、水対水、空対空の各射撃訓練及び空対水射爆撃訓練、空対地模擬計器飛行訓練、船舶の係留、その他一般演習等が日常的に行なわれている。また、それぞれの区域に応じて、常時立入り禁止、使用期間中立入り禁止、船舶の停泊、係留、投錨、潜水及び網漁業並びにその他すべての継続的行為の禁止等の制限・禁止が行なわれている。」

そして、米軍訓練水域一覧には陸上施設関連と沿岸射爆撃場の水域二六カ所一一八六平方キロと、東から東南の海上五〇〜三三〇キロ沖合にあるホテル・ホテル、インディアン・インディアン、そしてマイク・マイク訓練区域など三カ所合計五三七五五平方キロの訓練水域について使用目的と訓練内容が述べられています。

D.D. 漁業関係者等には立入り禁止区域とか使用期間の通知はいっているのかもしれないが、わし達は、いつ爆撃されるか分からず、常時戦場にいるような情況で非道いもんだぜ。

M.K. 報道されることもなく、人知れず失われている命があるんですね。

・・・

県外の広い支持のもとに完全中止、
県外移転という強い流れを
再度つくり上げることができれば
県民にとっての新たな展望を切り開ける

D.D. この三月五日に、辺野古訴訟、国と県和解、工事中断、再協議へと新聞に大きく出ているようだがこれはどういうことかね。

M.K. 一月に裁判所が提示した「根本案」:知事が埋め立ても認める代わりに国が米側と返還期限などを設けるよう交渉する。と「暫定案」:工事を中断して国と県が再協議する。という二案の「暫定案」に両者が同意したということだが、首相は移設方針は変えないと言っているし、今後の協議次第で次の新たな訴訟に突入ということも考えられるので県としては気をゆるめる訳にはゆかない。

ただ、工事強行ということは一時中止なので、ここで県外の広い支持のもとに完全中止、県外移転という強い流れを再度つくり上げることができれば県民にとっての新たな展望を切り開けると思うんですが。

対米従属内閣のもと、属国意識丸出しの国会議員が次々と登場してきて、琉球独立のりの声も発言されないどころか、アメリカの五〇番目の州になったらどうなるかといった発言も飛び出しています。

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沖縄が自分の意見を主張し続けると
困ったことになるという見方や考え方ばかりが
声高に主張されている

D.D. それはそうじゃろうが、肝心のお前さん達の動向というか世論はどうなっているのじゃ。

M.K. これが難しくて、きちんと話せることが少ないんですよ。沖縄の米軍基地を減らせというマスコミや世論というものは殆ど見られず、沖縄がこのまま自分の意見を主張し続けると困ったことになるという見方や考え方ばかりが声高に主張されているんですよ。

D.D. 沖縄が自分の意見を言うと困ったことになるとはどういうことじゃ。

M.K. 石原都知事の都民の金で尖閣列島を買い上げる発言が火を点けて始まったんですが、『危険な沖縄』とか『尖閣ゲーム』は、まず中国を敵国視して、日本や米国に批判的で反発する沖縄の人々や県知事が、中国に与するものであるとして、批難し危険視しているんです。そして、中国が軍事的につけ入るスキを与えるものとしています。

しかし、沖縄県は憲法をないがしろにする政府に対して合法的に立向っています。民主的、合法的、かつ合憲のこの行為を利敵行為として批判する滅茶苦茶な意見や本がそれなりに受け入れられるという異常な情況にあります。

D.D. ヴェトナムでは、米軍の爆撃機や戦艦の発進する沖縄を四五年前には「悪魔の島」と呼んでいたもんだ。『危険な沖縄』の副題は〝親日米国人のホンネ警告〟というものだが、親日本政府ではあっても、親沖縄県では全くないな。

M.K. いっぽう、「琉球独立論」に共感する人々もいますが、対米従属内閣のもと、属国意識丸出しの国会議員が次々と登場してきて、琉球独立のりの声も発言されないどころか、アメリカの五〇番目の州になったらどうなるかといった発言も飛び出している。

D.D. 何をか言わんやというところだの。そんなのは無視してもっと夢のあることを考えたらどうじゃ。ワシは今、沖縄が、一国二制度の中で若者の元気な台湾と香港という地域と連合体というか共同体をつくって、将来東アジアの政治経済的なセンターになるという構想を真剣に考えておる。

M.K. そうか、ベネルックス同盟というのは小たりとは言え、現在のEUの核であり、重心とも言える存在になっていますよね。

D.D. 人魚の夢ならぬ、ジュゴンの夢じゃ。

(初出 フライの雑誌 第108号 2016年4月5日発行)

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