沢田研二さんのさいたまアリーナすっぽかしについて。
ジュリーのファンでもアンチでもなく、ただのネット野次馬にすぎないわたしもひとこと言いたい。プロレスのことです。
先日、サムライTVで最新のプロレスリングノアの後楽園ホール大会を観戦した。さいきん悪い人になった中嶋勝彦選手が繰り出すヒールファイトを、チャンピオンの杉浦貴選手がすべて受けきったあとで、フェアプレイで爽快に退けた。平日なのにお客さんがたくさん入ったのが杉浦選手にはとてもうれしかったらしく、試合後のリング上のマイクでも、試合後のインタビューでも重ねて客入りに言及していた。杉浦選手のあんな晴れ晴れとした表情を見るのは久しぶりな気がする。
顔面もファイトスタイルもごつごつした岩のような杉浦選手だが、以前パーソナリティをやっていたサムライTVの番組で明らかなように、プロレス界で棚橋さんとはりあえるのはこの人かなと思うくらい、基本的に陽性のキャラクターをもっている。
三沢さんが健在だった頃、サムライTVの番組で、銭湯の床一面にソープの泡をまいてその上をノアの選手たちがスライディングして滑った距離を競うという下品でくだらない企画があった。喜んでいるのは下ネタ好きで有名な三沢さんくらい。他の選手の皆さんはさすがに恥ずかしがっているなかを、平然として全裸でうつぶせになってピューッと滑っていったのが杉浦選手だ。後ろ姿の超筋肉質のひきがえるのような鍛えられた見事な尻を忘れられない。この人は本気(マジ)だ、男だと思った。
鈴木軍の一員だったころの葉巻をくわえたヒールでニヒルな杉浦選手は、たしかにおっかなかったことはおっかなかったが、あの尻を知っている者としては微妙ではあった。
三沢光晴が亡くなったあとのプロレスリングノアは苦戦が続いた。
2010年、空席の目立つ武道館大会のメインに立ったのは、杉浦選手と潮崎豪選手だった。自衛隊上がりの中年と、イケメンの誉れ高い若手のエースの対決だ。激闘の末にイケメンをくだした後、マイクを握った杉浦さんは言った。
「三沢さんのいない武道館は物足りないですか?小橋さん、秋山さんが欠場でいない武道館は物足りないですか?僕はそういうのとも戦っています。武道館でも、田舎の小さい体育館でも伝わることを信じて戦っていきます!」
カッコいいとはこういうことだ。沢田研二には沢田研二の矜持があるんだろうけれど。
わたしはインディー好きなもので、今まで客がガラガラの後楽園ホールをはじめ、色んな場所で客入りの少ないプロレスを観てきた。どんなにガラガラでも、リングの上で闘っている選手が熱ければ、客席から声を張り上げて応援して会場を盛り上げる。選手と一緒に闘っているようなものだ。
会場ガラガラなら興行的には悲惨かもしれないが、チケットを買って入場しているただのお客にはそんなの知ったことじゃない。ただし、寒々しいプロレス会場で一番槍を掲げて応援の声を張り上げるのは、なかなかに勇気と慣れが必要だ。
1998年、ネオレディース(新日本女子プロレス)の後楽園大会で、メイン終了後に代表の井上京子選手がマイクを握った。客席を指差して、「おいフロント! なんだこのザマは!」と叫んだ。〈京子のフロント批判〉という有名な事件だ。
その日わたしは、お客が半分も入ってない寂しさ満点の後楽園ホールの南側観客席にいた。(おれはザマかよ)と思ったものだ。当時追いかけていたチャパリータASARI選手の試合をはじめ、熱の入ったいい興行だった。たしかに少なかったお客もいっしょうけんめい応援した。その夜ホールを包みこんでいた〈がんばれネオ〉というプロレス生観戦ならではの余韻を、興行主本人の京子がぶち壊したわけだ。ほどなく団体ごと崩壊した。あたりまえだと思う。
ネオ・レディースと京子さんのこの話、前にもしつこく書いたことがあるのを、いま思い出した。沢田研二にからめてもっと書きたかったけど。
人それぞれで、いろんな矜持のかたちがある。それはその人が通って来た道、抱えているものと地続きになっている。