水辺のアルバム 3
イルカ、捕鯨問題をどう見るか
水口憲哉
(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)
大企業による資本の論理に基づいた大規模捕鯨は、
鯨の資源を潰し、さらには、海の中の生き物の
繋がりをも断ち切るものであり、やめるべきである。
ここ一、二年、太地のイルカ追い込み漁や日本の調査捕鯨がメディアやネットをにぎわしている。
二〇一四年一月: ケネディ駐日大使がツイッターに〝太地のイルカ追い込み漁の非人道性を深く懸念する〟と投稿し、米国務省もそれを追認したとか。広島、長崎への原爆投下、ベトナム北爆、そして中東での無差別爆撃。現在も続行中のこれら非人道的行為を米国は正当化し、決して非を認めわびることはしない。
二〇一四年三月: ハーグの国際司法裁判所が、南極海での日本の調査捕鯨が国際捕鯨取締条約に違反するとして不許可とした。その結果日本は中止することにした。
二〇一五年五月: 世界動物園水族館協会(WAZA)はイルカの追い込み漁は残酷と非難し、その太地のイルカを購入するなら日本動物園水族館協会(JAZA)の会員資格を停止するとした。 実は、筆者が東京水産大学に就職した一九七二年は、ストックホルムの世界環境会議で捕鯨問題が初めて大きく取り上げられた年でもある。
それから二五年間のイルカやクジラの事件や問題、そしてそれらでのかかわりを下の表にまとめた。それから二〇年間、本欄執筆に至るまでは、殆どイルカ、クジラ問題には発言してこなかった。
日本の捕鯨問題について印刷物になる形で社会的発言をしたのは雑誌「アニマ」(一九七四年、六月号)であった。
「水産研究者が〝科学的に〟MSY論争をやっている間に、現実は二歩も三歩も先に進んでいる。水産会社にとって捕鯨は全体の事業の一部でしかない。捕鯨禁止後の備えはすでに十分できているというし、注目されているオキアミ漁業も企業化のメドがついたといわれている。しかし、この鯨の餌であるオキアミも獲り尽くしたとき、その先には太陽と海しか残らないだろう。暗澹とさせる動きである。
このような未来を想像するまでもなく、鯨捕獲の問題については乱獲が明白な現在、全面禁止すべきだと思う。ただしその場合、捕獲禁止になって最も困る人、乱獲の実態や殺すことの悲しみを知っている人々、すなわち捕鯨業に直接携わっている人々の声が尊重されるべきだと思う。そういった立場の人々に、鯨捕獲の問題が集約されているがゆえに、その立場から問題を考えていくことが必要なのである。
鯨に依存して生活している人々が現実に何万人といる時に、即時禁止を軽々しくはいえない。単に鯨を保護しようと叫ぶのではなく、このような捕鯨業を維持して来た、水産会社と水産庁に労働者の生活の場を保証させながら、明確な方向転換をはからせることが必要だと思う。」
これを読んで東京12チャンネルが夕方の報道番組での労働者の視点からの発言を求めた。また、NHKは水産関係者で明確な捕鯨禁止やむなし発言をしているのは筆者一人なので、いやいやながら「明るい漁村」でのコメントを求めて来た。
なお、〝朝まで生テレビ〟からも出演依頼が来たが、捕鯨業界もグリーンピースも厳しく批判するので、視聴者が混乱するという理由で依頼を断った。
手元に印刷物として発言内容が残っているもの十篇についてはその発言媒体名に、表中では下線を付記した。この表はある意味で、古いアルバムとも言える。
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表に見られるように、筆者はグリーンピースとのかかわりというかつき合いは長い。一九九四年まではイルカや捕鯨の問題で、そしてそれ以降現在までは海の放射能汚染で。後者ではその活動をお互いに注目しながら直接の接触はない。
次の文章は杏原弥のペンネームで一九七九年「漁村」(七月号)に書いたものである。
「グリーンピースの考え 四年前、カナダのバンクーバー、アメリカのサンフランシスコから来たグリーンピースの人々と捕鯨の問題で何回か話し合う機会があった。彼等および彼女たちは、太地の捕鯨、広島市およびその近くの海田湾の埋立てや水俣の地などをまわった。そしてその中で日本の漁業や漁民そして昔から沿岸各地で行なわれている捕鯨の実状を知った。
話し合う中で出て来た一致点は、大企業による資本の論理に基づいた大規模捕鯨は、鯨の資源を潰し、さらには、海の中の生き物の繋がりをも断ち切るものであり、やめるべきであるということであった。太地の鯨の墓に御参りし、川奈のイルカ漁の話を詳しく聞く時、彼等個々人の心情としてイルカや鯨を殺してほしくないという気持ちはあっても、それがそのままそれらの土地で行なわれている鯨やイルカの漁を非難するということにはならなかった。
そして、反捕鯨の具体的な行動として最後にやって帰ったことは、捕鯨船の従業員に会いに、その多くの人の出身地である下北を訪ねることであった。捕鯨をやり続けることで本当に得をするのは誰で、止めることにより真に苦しむのは誰かを知る必要があったから。このような言い方は適当ではないかもしれないが、人間がこの地球上で生き続けることを考えた時、鯨を殺すことよりもっと問題にすべきことが多くある。その一つとして世界各地に造られている公害地帯や埋立そして原子力発電所や核兵器がある。
そのようなことを話し合ったことが関係あったのかどうかはわからないが、アメリカやカナダに帰った彼等そして彼女達の何人かはその後反公害、反核兵器、反原発の運動に参加している。」
グリーンピースとのつき合いは長いが、おかしいものはおかしいと批判するので、それはつかず離れずと微妙な関係である。
例えば、一九八九年にその集まりで話したと思うと、一九九三年には、長崎県の漁協青年部の集まりで、グリーンピースは中年の政治をやっていると皮肉った。これは、イカ漁場の真ん中にロシア船が放射性廃液を投入する映像がNHKにも含めて世界中に流れたのはグリーンピースとロシア政権の出来勝負だと話したことをみなと新聞が紹介し、グリーンピースジャパンの事務長から抗議の電話が来た。
そんなことも関係してか、一九九四年の研究集会のスピーカーとして、両極端の水産庁とグリーンピースが欠席した。
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イルカを軍事用とすることについて。
「一九七五年、シャチの研究家であるポウル・スポング氏がグリーン・ピースの一員として来日した際、大洋漁業の会議室で多くの水産会社の人々と会い彼と話したことがある。アメリカで軍事目的にイルカの訓練がなされていることを問うたところ、やめさせる強力な運動を起こし得ていないとのことであった。それをやらずして日本の捕鯨をやめさせに来日するのはおかしい。
このスポング氏がテレビで三菱情報システムの宣伝に出演しているのに最近気がついた。
十数年前、グリーン・ピースの一部の人々がアメリの右派議員からの資金で日本製のオートバイやテレビの不買運動をやっているといううわさを聞いたことがあるがそれを思い出した。現在、日本製のコンピュータや通信機器が日米貿易摩擦のタネとなっており、そういったこともアメリカの反捕鯨運動の背景の一つとしてあると聞いているがそのこととこれはどのような関係になっているのか。
競争相手の宣伝に手を貸し摩擦を激しくすればアメリカ国内の反捕鯨運動はより激しくなるという作戦なのか、そうだとすれば捕鯨を守る人々はこの宣伝番組を中止させたほうがよいといったばかげたことも考えてしまうほど理解に苦しむスポング氏の行動である。」(「水産世界」一九九〇年二月)
このような指摘は「アニマ」(一九七六年四月号)でも行なっているが、最近では、ネット上で太地町から軍事用イルカが輸出されていると、和歌山県や太地町への大批判が起こっている。そのことにふれている〝犬達のSOS〟や〝韓流研究室〟は日本の人々が軍用に供される法案をつくろうとしている安倍政権の批判はしていない。
太地町の人々を非難することのみに集中して日本の未来などどうでもよいのだろうか。ケネディ大使のツイッターと共にネット上では無茶苦茶なことが言いたい放題ということか。そんなことを今さら言って見ても仕方ないが、だからきらいだ。
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人とイルカやクジラとのつき合い方は、
殺して食べたり、飼いならすのではなく、
海を自然に泳いでいる彼等、彼女達と
共に泳いだり、船上から観察するものなのだろう。
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一九八〇年十二月二四日、静岡県川奈の追い込み漁で捕獲したイルカをグリーンピースのメンバーが蓄養網を切り裂き逃がした、パトリック・コロンブス・ウオール事件の裁判についての意見。なお、この年、年表では「漁村」にイルカ裁判について書いているがそれは前々年の壱岐イルカ事件のことで、この川奈の裁判については「水産世界」(一九九〇年二月)で次のようにややこしいことを発言している。
「被告は、イルカが水銀で濃く汚染しているので食べないほうがよいと主張した。確かに肉食性のイルカや鯨は栄養段階の高次に位置するが故に水銀やPCBの汚染はきつい。それゆえ、イルカを友と考えるのなら、人間の目にはよくは見えないかもしれないがそれらの有害物質で侵され苦しんでいるイルカのために原因であるPCBや水銀の問題にも、逃がすことと同じかそれ以上に力を入れて取り組んだほうがよいように思う。」
しかし、そうは言っても本当に汚染しているのなら食べないほうがよいことは事実である。この水銀汚染問題はその後深刻な結果となってゆく。 二〇〇七年八月一日のジャパンタイムスは、次のようなスクープを報じたが他のマスコミは全く無視。
「地元のスーパーで売られ、学校給食でも食べられている追い込み漁で捕獲したゴンドウクジラの肉を太地町議二人が検査機関で調べたところ、厚生労働省が警告している基準の十~十六倍の水銀含有量であった。」
これを受けた研究者の調査で、鯨肉消費の多い太地町の住民の毛髪水銀濃度が平均値の約十倍と報告された。(二〇一〇年共同通信)
なお、このことは捕鯨国ノルウエーでは二〇〇三年頃より問題となっている。 二〇〇八年十一月二八日イギリスのニューサイエンティストは、デンマーク自治領のフェロー諸島で、首席医務官が、島民が常食としてきたゴンドウクジラの肉や油は余りに多量の水銀を含み、もはや人間の消費には不適と考えられると勧告した、と報じている。
これを受けて、翌二九日、シーシェパードのポール・ワトソン船長が出したコメントには考えさせられる。
〝フェロー諸島民らは彼らの罪過をつぐなっている(Ferocious Islanders Paying for Their Sins)〟というタイトルの内容では、─ 一九八五、一九八六そして二〇〇〇年にくり返し、水銀汚染のゴンドウクジラを食べ続ければ影響が出ると警告してきた。二〇〇〇年には、フェローのメディアに、私の干渉することではないが皆さんの子供たちの健康が害されているといったら皆さんはお前の知ったことではないと言った。それに対して私は子供を虐待(abuse)することは私達みんなの問題だと答えた。─ と述べている。
これは非常に重要でもっともなことを言っているのだが、三回にわたる妨害行動のうち、一九八六年には警備艇に向けてライフルを撃つなどの行動も含まれているというから、その真意は伝わりにくい。このあたりが、パタゴニアのシーシェパード支援に異論のでる理由かもしれない。
日本は調査捕鯨も中止し、シーシェパードの日本での活動目標は現在太地町に集中している。しかし太地町は隣町の原発建設に議会が反対決議をした全国でも貴重な町であり、町議が水銀汚染調査をする等グリーンピースとは昔から話し合える町なので、シーシェパードとしてはもう一つ批判の焦点がしぼりにくいのかもしれない。
しかし、映画「ザ・コーブ」を始めとする世界的批判の流れがWAZA経由でJAZAに太地のイルカを購入するなという一種の不買運動となった。
結局、日本としては、IWCを脱退して商業捕鯨や調査捕鯨を強行するほど遠洋捕鯨を重視していないし、WAZAを脱退しても太地の追い込み漁のイルカを購入し続けるというほどの根性も世論の支持もないということのようである。
要は、人とイルカやクジラとのつき合い方は、殺して食べたり、飼いならすのではなく、海を自然に泳いでいる彼等、彼女達と共に泳いだり、船上から観察するものなのだろう。日本でも欧米におくれて、野鳥ではそうなっている。
次は野生の魚かもしれない。
(了)
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