【公開記事】 釣り場時評88 | 風と光とせせらぎと 風力・太陽光・水力、自然エネルギーの今と未来 | 水口憲哉(フライの雑誌第115号掲載)

【公開記事】
釣り場時評88

風と光とせせらぎと
風力・太陽光・水力、自然エネルギーの今と未来

水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

フライの雑誌ー第115号(2018年9月発行)より



今夏の異常な暑さでも、停電は心配されなかった。
原発の世話にならなくても停電は起きない。


この夏(2018年)は少し暑さがゆるむと蚊が出てくるという、異常な暑さに苦しめられた。三五度以上に気温がなると、蚊も発生しにくくなると初めて知った。

その暑い日々をクーラー(エアコン)があって当然という、かまびすしい熱中症対策の呼びかけもものともせずクーラーの世話にならずに耐え抜いた。もっとも深夜になると外気が冷たいので窓を閉めざるを得ないという外房の田舎ずまいだからそれも言えることだが。

しかし、〝すべての高校に公費でエアコンを〟という投書(週刊金曜日八月三日号)が高校教師から寄せられるのも千葉県ではある。

文部科学省の昨年四月現在の調査では、東京都一〇〇%、神奈川県九九・五%の高校に公費でエアコンが入っているが、千葉県では八七・五%だという。しかし、千葉県の場合公費では〇%が実情で、エアコンが入っているのはすべて保護者が年一万円程度のリース代などを負担しているとのこと。さらにその内訳を分析すると、生徒の授業料減免率(「進学校」で低く、「困難校」で高い)と高校別エアコン利用率は逆相関にあり、裕福な保護者の多い高校にはエアコンがあるというシビアな結果が出た。

県が貧乏で、さらに県内でも経済力の弱い地域ではエアコンが無いという資本主義社会の冷たい現実が示された。また八月の末には、岐阜県の病院で、エアコン故障で入院中の八〇代の男女五人が死亡し、病院は冷房についての責任を否定しているという事件も起きている。まさに人間社会の冷たさを示している。

以前は、夏の甲子園での高校野球の試合をクーラーをつけて視聴している時期の電力使用量が最大になると言われていたが、今夏好試合も多いのに停電が心配されることはなかった。それは、東日本大震災後に定着した「節電」や太陽光発電等による再生可能エネルギーの普及により、電力需給関係に余力があることが理由らしい。原発の世話にならなくても停電は起きないということである。

とはいえ、世の中そう望ましい方向にすらすら進む訳ではない。

その一。原自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)という超党派の「原発ゼロ論者」が集った民間団体がある。

中川秀直元自民党幹事長や小泉純一郎元首相らも参加する原自連が原発反対の世論を追い風として素案を作った「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」を本年三月、立憲民主、共産、自由、社会民主の四野党が衆議院に提出した。しかし、この議員立法は自民党が難色を示し、通常国会でつるされたまま七月に継続審議となり見送られた。

その二。政府は七月三日、「エネルギー基本計画」を四年ぶりに改訂し閣議決定した。その中で、太陽光や風力等の再生可能エネルギーを「主力電源化」すると明記し、二〇三〇年度の発電割合を二二~二四%にする目標は維持するとしているが、原発の発電割合も二〇~二二%に据え置いている。

この基本計画改訂を念頭において、六月中・下旬に日本経済新聞が〝エネルギー日本の選択〟をクールに五回連載している。第二回では、「再エネ活用、欧州の背中遠く 環境後進国脱せるか」という見出しで見劣りする日本の動きを、この七年間のコスト変化の図で示している。

二〇三〇年度というと、その倍の年数を経た後の世界でどうなっているかを考えると恐ろしい。デンマークや中国を始めとする世界の企業により、東京電力などは死に体になっているかもしれない。連載の最後は時代遅れの体制という小見出しで、次のわけのよくわからない文章でしめくくっている。〝日本には強権も、資金も、資源もないが健全な競争の徹底という選択肢はある。〟

これまでに、再生可能エネルギーのほかに自然エネルギーというのも出て来たがこれらの言葉についてここで少し整理しておく。

再生可能エネルギーというのはrenewableの和訳と考えられ、石油や石炭の化石燃料やウラン鉱石については埋蔵量ということが言われるように利用すればある年限で枯渇してしまう。

それに対して太陽光や風は人類が地球上に存在しなくなっても照らし吹き続ける。これまで利用して来た、石炭や石油に替わる新しいエネルギーという意味で国は公的に新エネルギー法をつくり再生可能エネルギーの利用を管理しようとした。しかし、この新エネルギーというのは日本だけで用いられる言い方で、海外では代替エネルギーという言い方をし、日本でも民間ではそのような言い方をしている。

もう一つややこしいのは、再生可能エネルギーと殆ど同じことを言うのに自然エネルギーというのがある。

再生可能エネルギーには、植林を続けて得られる木材によるバイオマスエネルギー等も含まれるが、自然エネルギーという場合は、人手をかけずに自然に存在するものを利用し続けられる太陽光、風力、地熱、そして小河川の流れ等を言うことが多い。筆者はこちらがしっくり来て好みなので以下自然エネルギーで話を進める。といった訳で、〝風と光とせせらぎ〟というらしくないタイトルを採用した。

ところで、再生可能エネルギーといった場合にややこしく誤解を招きやすい言葉として再処理工場というものがある。

青森県六ヶ所村で建設が中断し、殆ど立ち腐れ状態になっている再処理工場というのは、各地の原発から出てくる使用済み核燃料と言われるウランの燃えかす(死の灰)をリサイクル(再生)して、ウラン燃料と核兵器の原料となるプルトニウムをつくり出すというものである。

再処理工場は運転中は国が認めて大量の放射性廃液を海に流すは、プルトニウム生産には米国から待ったはかかるはと、自然エネルギーとは全く縁の無い、存在してはならないものである。




福島県では海上における風力発電計画が次々と進んでいる。
沿岸漁業や沖合底曳き漁業が、原発事故後七年半にわたって
自主休業していることの意味が大きい。


それはさておき、沿岸漁業の維持や釣り場の確保を考える立場からすると、発電に用いるこれらのエネルギーと海・川との関係は様々に変化して来ている。それを福島県を例にとって考えてみる。

まず、山奥に巨大なダム湖を造成し、そこから流下する水力のエネルギーを発電に利用することから始まった。群馬県の尾瀬に源を発し、福島県で只見川、阿賀川の流れとなり、新潟県で阿賀野川となる水系における水力発電開発は日本の水力発電史そのものともいえる。特に一九五九年から翌年にかけて建設された田子倉ダムと奥只見ダムの発電所はそれぞれ三八万kwと三六万kw発電した。

その際に起こった村ぐるみの移転補償や漁業補償は全国で話題になり、漁業補償は電源開発方式として有名である。城山三郎の黄金峡など小説もいくつか書かれた。結局阿賀野川水系で二〇ヶ所のダムと発電所が建設され、三七○万kwの電力がつくられた。非常に多くの渓流が、銀山湖(奥只見湖)など巨大なダム湖等で大きく区切られ変えられた水流の集積に変えられたのであるが、釣り場としてどうなったのかを総括した人はいない。

なお、往時の漁業補償のからみでだと思うが、現在でも福島県の歳入として渓流魚等増殖基金として一億八千五百万円ほどが毎年計上されている。その内容として、〝阿賀川水系に渓流魚等を増殖するための資金(内水面水産試験場の運営に要する資金に充てるため)〟とある。

県内水面水試は右のような総括をぜひ行なってほしい。

次に、いわきの常磐炭鉱等があったので港湾の近くに火力発電所が建設され、最後に人口の少ない沿岸地域に原子力発電所が次々と計画され、建設され、運転されてゆく。その結果としての温廃水と放射能汚染の漁業への影響については拙著『原発に侵される海』の第Ⅱ部第1章に詳しく述べた。

このように、漁業は山奥の川の上流から、河口域そして沿岸域いたるところで発電事業といやでもつき合わされているとも言える。そして、福一原発事故があって福島県はいちやく、自然エネルギー県になるのだがその前に筆者の福一原発事故前の自然エネルギーについての経験を紹介する。

発端は、一九八○年第一原発周辺でのホッキガイ放射能汚染調査をもとに海にたれ流させないよう監督せよと福島県に対して漁民と共に申し入れたときの話。副知事の隣りでメモをとっているのが大学の同級生、以前はいわきの県水試でスルメイカの調査をやっていた。それから数年後、有楽町駅のホーム上でばったり会った。地熱発電のことで官庁に来たとのこと。

日本にはマグマは各地の地下に存在するが、国立公園だったり、近くの温泉業者の反対が強くあまり利用されていない。福島県でも現在殆ど利用されていない。漁業とは全く関係ないのでこれが唯一の地熱発電の話である。

自然エネルギーと漁業との関係を考える前に、再生可能エネルギーのこれからの導入拡大をめぐる現状を整理する。

①エネルギー基本計画等に見られるように、政府と経済界の怠慢というより種々のいやがらせが見られる。

②個々の制度や送電システム等の問題点。

③世界各国や日本各地での取り組みから学ぶべきことは多い。

④今できる大事なこととしては、省エネの推進と地域主導による再生可能エネルギーの普及がある。

福島県では、各地での太陽光発電への取り組みがさかんである。また、海上における風力発電も国や企業の計画が次々と進んでいる。その理由として、東日本大震災の復興ということもあるが、福島県の沿岸漁業や沖合底曳き漁業が、原発事故後七年半にわたって自主休業していることの意味が大きい。

というのは、山口県下関における洋上風力発電に対する山口県漁協下関ひびき支店の共同漁業権漁場のど真ん中に十五基の発電所をたてようという問題いっぱいの計画の実例がある。アマ漁を中心とする地元漁民が猛反対しており、この運動が洋上風力発電を目論んでいる関係者にとっては大きな教訓となっている。

ただこの場合は、漁協合併がらみで、山口県漁協や下関外海共励会なるものそして経済産業省や山口県が準ゼネコンの前田建設工業とたくらんで地元漁民の考えを無視しており、現在二つの裁判で係争中である。

あまりにも非道く参考にはならないのだが、共同漁業権漁場内への建設は無理だということは充分に伝わっている。

それゆえ、福島では、共同漁業権漁場の沖合等、地元漁協の了承を得られる海域で実証試験を行っている。ただ、長崎県五島市沖でうまくいっている浮体式洋上発電について、福島沖では一番大きい出力七千kwのものが、「洋上風力発電不調」(七月十四日朝日)と設備利用率二%で実用化は困難と報ぜられている。理由はいろいろあるようだが、要は大き過ぎたようである。

大切なことは、水力でも風力でも大規模なものは自然、再生可能、代替と名のついたエネルギー生産において適格性を欠くということである。これは次に述べる太陽光エネルギーについてもあてはまる。


大切なことは、水力でも風力でも太陽光でも、
大規模なものは自然、再生可能、代替と名のついた
エネルギー生産において、適格性を欠くということである。


今回なぜ自然エネルギーに関心をもち、時評で取り上げたかというと、この夏メガソーラー建設が沿岸漁場に悪影響を与えることについて、漁民と共に取り組んだからである。メガソーラーというのは出力が千kw(1メガワット)以上の大規模な太陽光発電所のことである。

この事件は、メガソーラーを製造販売する韓国の企業ハンファの子会社である日本法人が出資して設立した伊豆メガーソーラーパーク合同会社が伊豆半島の東岸にある伊東市の南端八幡野地区で山林を買い取り大規模太陽光発電所建設を計画し、着工を強行しようとしているものである。

大きいと言っても五万kwの発電量だから九月六日の震度七の地震で停止した苫東厚真火力発電所が三基で一六五万kwだから原発や火電に較べたら可愛いものではある。

とは言え、そのために一〇〇万㎡(東京ドームの面積の二〇個分以上)という広大な敷地の約半分の山林を伐採し、そこに十二万枚にもなるソーラーパネルを設置する。山の中のその用地は昔ゴルフ場用地として買い占められ漁民も反対する中で中止となった。筆者がかかわった三件の漁民によるゴルフ場建設反対運動も、バブル後の経営破綻で沙汰止みとなったがこの八幡野もそのようなゴルフ場建設計画地が目をつけられた。

メガソーラーもこれからは開発の進んでいない安価で広い土地を次々と狙っているので似たようなことが各地で起こる可能性がある。原発建設への漁民の反対運動は祝島以外にこの二、三〇年殆ど見られないが、自然エネルギー発電所建設をめぐっての動きは各地で始まっているのかもしれない。

この夏かかわった具体的な事件というのは、大規模な立ち木伐採等の土木工事による環境改変により八幡野海域の漁業権やダイビングの営業権が侵害されると、伊豆メガソーラーパーク合同会社の開発行為の中止命令を求めて、この三月二八日に漁民ら二〇名が静岡地方裁判所沼津支部に仮処分命令申立を行なったものである。代理人の弁護士事務所から準備書面での意見書を求められた。

山林伐採と海との関係において、森は海の恋人というが森が殺されることにより保証人であった海がその森の借金を背負わされて泣きを見ることになるかもしれないということで海に生きる人々としては黙っている訳にはゆかない。

これに対して、債務者である会社は、計画を中止したら一日当り四八八万円の売電収入を失う、どうしてくれると年収がその位の漁民たちをおどかす。

しかし、日銭一億円といわれるのをものともせず原発の建設計画を阻止した漁民が日本各地にいたから、まだましな今がある。

八月三一日の沼津地裁での打ち合わせにより、次回の話し合いは再度双方が提出した書面をもとに検討ということになったので、地裁からの最終的な決定は年内に出されるかどうかということになりそうである。その決定を踏まえて今後の成り行きなど詳しい内容の紹介は次号(第116号)でということになる。

(この回 了)

※本稿内でとりあげているメガソーラーの問題については、本誌第116号、第117号でその後を追いかけて記事にしています。第118号では現地調査も含めてさらにくわしく記事化する予定です。(編集部)

釣り場時評88 風と光とせせらぎと 風力・太陽光・水力、自然エネルギーの今と未来 水口憲哉(フライの雑誌第115号)

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