フライの雑誌-第117号(2019年6月30日発行)から、巻頭記事「メガソーラーの危険が迫る:伊豆・八幡野MS(メガソーラー)計画、房総・鴨川MS計画の現状」を公開します。筆者は、東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰の水口憲哉さんです。
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『魔魚狩り ブラックバスはなぜ殺されるのか』(2005)
『桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ!』(2010)
『淡水魚の放射能 ―川と湖の魚たちにいま何が起きているのか』(2012)
水口憲哉|フライの雑誌社刊
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釣り場時評90
メガソーラーの危険が迫る
伊豆・八幡野MS計画、房総・鴨川MS計画の現状
水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)
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国、県、市の対応は後手後手にまわっている。
メガソーラーの危険性に気づいた人々の動きや発言がいたる所で
あわぶくが煮え立つように、次々と起こっている。
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前々号の釣り場時評「風と光とせせらぎと」において紹介した伊豆の八幡野メガソーラー(以下MSと省略)事件は決定の判決が出るのが予想以上に長引き、本年五月になった。この件は最後に報告する。
というのは、伊豆半島の八幡野MSより前から動きは見られたのだが昨年はあまり大きな変化はなかった、房総半島の鴨川MS建設計画が今年に入ってから大きく動き出したので、これについてまず考えてみる。
その前に鴨川市漁協の現組合長である松本ぬい子さんとのかかわりをまず紹介する。
松本さんが東京水産大(当時)の研究室を訪ねてこられたのは三〇年ほど前のことだった。漁協の組合員だったが、海を埋め立てるフィッシャリーナ建設計画に反対するサーファー(女性)が鴨川市長選に立候補したので応援した。そうしたところ、同計画を推進している漁協組合長が市長選に立候補しているのに、とんでもないことをすると、漁協の理事たちが松本さんを組合員として除名処分にすると言い出した。東京の弁護士にも相談し、大学に相談に来たという訳である。
その時に大学に相談に来るのはためらったと言われていたこともあって、相談しやすい窓口として自宅に資源維持研究所の看板を出すことにした。その後、この研究所は、目黒から品川そして現在の太東へと転居することになる。
そして、無理やり作ったフィッシャリーナは赤字続きで、その借金の負担が鴨川市民と鴨川市漁協に重くのしかかった。
そういう流れの中でイセエビの木綿網で有名な太海のある隣りの江見漁協と合併した漁協の組合長に松本さんがなるというとんでもない、ある意味で当然とも言えることが起こったのである。この漁協の自営大型定置網は、産卵に南下するイシダイを日本で一番漁獲していることもありその後何度かお世話になっている。
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鴨川MS事業は、県も市も認めているように、正体不明の
どう転ぶか分からない、とんでもなく大規模な事業と言える。
こんな恐い話はない。
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その鴨川でのMS建設計画の件は、昨年五月八幡野MSの訴訟の相談が持ち込まれる前から、新聞の千葉版で見て関心をもっていた。しかし、こちらから鴨川市漁協に連絡することはしなかった。八幡野MSの判決が出れば、その報道を知って連絡があるとは思っていた。
ところが今年の三月一日の朝日千葉版に、「鴨川の山と川と海を守る会」が鴨川市長に、メガソーラー反対を県に言うべきだと申し入れたとの記事が載り、その中に次のことがあった。
「申し入れには『守る会』と、水害時に海への影響を心配する鴨川市漁業協同組合の松本ぬい子組合長ら二六人が参加。松本組合長は組合員ら八八八筆の反対署名簿を提出し、『漁業者の心配を受け止めて欲しい』と訴えた。」
これを読んですぐに松本さんに電話した。そして、「守る会」のメンバーも一緒に現地を見て、漁業への影響を検討することになり三月九日に鴨川市に出かけた。
二月四日の東京新聞が〝原発のない国へ、再生エネの岐路2〟でメガソーラー建設に反対の声が上がっている主な地域六ヶ所の表を作り、出力一三・〇万kW、事業面積二五〇・〇haと共に最大の鴨川市の現場をルポしている。ちなみに、二位が長野県諏訪市と茅野市にまたがる霧ケ峰高原近くで、三位が伊豆高原の八幡野MS(出力四・〇万kW、面積一〇四・九ha)である。
広大な山地で何カ所か様子の分かりそうな場所に連れていってくれたが、二本の川に挟まれている事業計画の問題どころか、どこをどうしようとしているのかも全く見えなかった。谷の部分を、山の部分を削った土砂で埋めて平地をつくるということらしいが、その過程で生ずる土砂や伐採樹木は事業予定地内で始末し、周囲の住民や環境には影響ないとのことである。
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海へ流入する河川は、八幡野に較べたらケタ違いに大きく、海への影響も予想すら出来なかった。この建設計画について業者が提出した林地開発許可申請を審議した千葉県森林審議会森林保全部会の中で、委員からの質問に、県の担当者が「やってみなければわからない」と繰り返した、と三月七日の毎日千葉版は報じている。
この県の言い分は、この海のものとも山のものとも分からない山と森林大改造計画にうろたえての、責任放棄でしかない。しかし、この場合そう対応して事業計画を承認しているのだから、始末におえない。事業が進み、重大な環境や海での漁業被害が起こってから、「だからやってみないとわからないと言ったでしょ」と責任逃れ出来る話では全くない。
その結果、三月二二日に、鴨川市漁協、安房淡水漁協、鴨川サーフィンクラブ、鴨川里山を守る会、鴨川の山と川と海を守る会の五団体はこの点を批判し、県の慎重審査を森田健作知事に要望した。
しかし、県は四月二五日森林法に基づき、違反した場合は許可取り消しもある四項目の条件付きでこの林地開発を許可した。また鴨川市も着工一〇日前に、事業体の具体的な構成と資金計画を市に提出するなど五項目について事業体と協定を結んだという。
鴨川MS事業は、県も市も認めているように、正体不明のどう転ぶか分からない、とんでもなく大規模な事業と言える。こんな恐い話はない。
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ここで八幡野と鴨川のMS建設問題の類似点と相違点を見てみる。
①反対運動の表面に共に漁協が出ているが微妙に違う。八幡野は伊東市にあり、いとう市漁協という大きな漁協の一支所であるが鴨川市漁協は天津小湊町漁協との合併話には乗らなかった。しかし、行政的には天津小湊町は鴨川市に合併した。そして天津小湊町漁協は鴨川市を挟んで南西にある南房総市の東安房漁協に合併した。その結果、漁協では珍しい飛び地というややこしいことになっている。
②なぜこんなことを言うかというと、水産大学の実験場もあった旧小湊漁協の漁場に流入する大風沢川の上流に福島第一原子力発電所の事故後に大した反対もなくMSが出来てしまい、漁業被害もうやむやのままに現在に至っている。
いっぽう、八幡野漁港に流入する小さな八幡野川では、上流部で一昨年から昨年にかけて小さな二つのMS事業の工事がありイセエビ漁にも被害が出ている。このことは、八幡野MSの裁判でも別件工事による漁業被害として工事差し止めの理由になっている。
③八幡野では、漁業者と共にダイビング業者も営業権が侵害されるとして裁判に参加している。伊豆半島の東岸、相模湾の西奥は水が澄み生きものも豊富で東京に近いということもありダイビングの歴史も古く、沖縄県と共に静岡県はダイビングスポットの集中県である。裁判にも八幡野が掲載されているマリンダイビング誌のカラーコピーが参考資料として提出されている。
いっぽう鴨川では、三月二二日の県知事への申し入れ団体の一つに鴨川サーフィンクラブがあったように、サーファーの環境問題への関心も強い。筆者も「六ヶ所村ラプソディ」の上映会をサーファーが企画した時に呼ばれて話しに行っている。なお先に述べた鴨川市長選にフィッシャリーナ反対で立候補した女性サーファーは、サーフライダー・ファウンデーション・ジャパンの初代代表の大久保友美さんである。
④八幡野はイシダイ狙いの磯釣りのよいポイントが多く歴史も古く、磯釣り発祥の地とも言われている。また熱海から伊東にかけての温泉付き別荘も多く、八幡野の最寄りの駅は伊豆急の伊豆高原である。漁民やダイバー達の訴訟とは別に現在二つの行政訴訟等が進行しているが、それを担っている人々の中心は昔からの伊東市の住民ではなく、新しく移住して来た人々が多い。
いっぽう鴨川のほうは、温泉もなく、時々野菜をつくりにくる加藤登紀子親子や昔からこの環境が好きということで通っているいわゆる文化人が多い。それもあって、東京から定年退職後に移住する人も多い。それゆえ、先に述べた五団体の内訳は、漁業関係の昔から住んでいる人々の二つと、新しく移住して来た人々を主体とする三つというように分けることができる。
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リゾート法の制定は昭和の終わりだった。
平成という時代はゴルフ場建設ブームで始まり、
MS建設ラッシュで幕を閉じるということなのかもしれない。
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松本さんと電話で話したとき、最初に大学に来られたのは平成の初めということで、まさにリゾート法制定(一九八七年 S六二)の後にフィッシャリーナやゴルフ場の建設ブームが起こり、リゾート・ゴルフ場問題全国連絡会の第一回全国集会は一九八八年一一月に開かれている。
本誌第一五号(一九九一年早春号)の本欄で〝道志村ゴルフ場建設阻止訴訟の意味について〟を書き、森林破壊による水源かん養機能低下、集中豪雨による土石流発生そして農薬等による人体、川魚への被害等を問題にしている。これは、八幡野MS訴訟において農薬ではなく土砂の海域への流入を問題にしていることを考えれば、本質的には変わりのない環境破壊であることがわかる。
それゆえ松本さんに聞いたと、御宿岩和田漁協の畑中さんが青年部員と共に、ゴルフ場建設反対について資源維持研究所太東分室へ相談に来られたのも当然と言える。その畑中さんも御宿岩和田漁協の組合長になっており、昨年は視察に行かれた長崎県の洋上浮体風力発電所について意見交換をした。
このゴルフ場は、海に接した高台の建設予定地内で、絶滅危惧種のミヤコタナゴを漁師が見つけたり、反対運動が盛り上がる中でゴルフ場会員権の値下がりなど経営不振で、事業計画は沙汰止みとなった。
実は、八幡野、鴨川、小湊の三ヶ所のMS建設地や予定地は、平成の初めのゴルフ場建設ブームの時代に漁民等の反対運動やバブル崩壊(一九九一〜九三の景気後退)で事業中止となり、その後塩漬けとなっていた買収済みの土地を、新たに利用してのものだということがわかった。
岩和田の場合は、ゴルフ場建設企業が外房線沿線の自治体に複線化のための活動費を寄付したとは聞いていたが、鴨川の周辺の漁協に一億円ずつ企業が配ったとのことでもある。全国MS問題中央集会の第一回が二〇一八年一〇月長野県茅野市で開かれ、第二回が今年一月東京であった。平成という時代はゴルフ場建設ブームで始まり、MS建設ラッシュで幕を閉じるということなのかもしれない。
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冒頭の八幡野MS事件において工事差し止めを求める漁師やダイバー達と相談し、筆者が意見書を静岡地裁沼津支部に提出したのは昨年五月末であるが、それから一年間に起こった事柄を各種の新聞等を参考に整理してみた。
二〇一八年
六月一日:伊東市がメガソーラー規制条例を施行。
七月一日:静岡県知事四回の審議を経た森林審議会の審議を受け、林地開発を許可。
七月九日:伊東市は宅地造成法に基づく工事の変更許可を出す。しかし、六月施行の市の規制条例を適用し、「市長の同意」を与えない。
八月二〇日:伊東市が経産省に条例違反を文書と説明で報告。
八月二二日:市民団体、衆院議員(二名)、県議(一名)と共に経産省に要請。
八月三一日:住民ら工事差し止め請求。これを山の差し止めと呼ぶ。三月のは海の差し止め。
九月一七日:いとう漁協、経産省に認定取り消しを要望。
一〇月一六日:事業者が重機作業開始、市が中止要請。
一一月七日:市と県が現地調査。工事進み残念と談話。
一一月一九日:県と市が行政指導。
一一月二九日:伊東の海を守る会、伊東市に対し経産省への報告を要請。
一一月三〇日:地区住民四二名、静岡地裁へ(伊東市を相手取り)行政訴訟を起こす。
一二月一五日:伊東市、条例違反の事業者名を公表し、経産省に通知。
二〇一九年
一月一七日:経産省、FIT法違反で事業者に改善命令。
二月一四日:伊東市、市道における架橋工事を認めず、本体工事中断する。
三月一五日:行政訴訟第一回口頭弁論。
三月二二日:八幡野漁師会、事業者に抗議文、その記者会見に八幡野区長同席。
四月八日:「アートで守る森と海」展、伊東市役所で開始。
五月二八日:五月二一日の大雨による海への土砂流入に対する漁民らの要請を受け、県と市が建設現場に立ち入り調査。
なお、これらの他に事業主が韓国の企業ということで関心を持った産経ニュースが二〇一九年三月一七日には「太陽光発電は人を幸せにするか」(30)発電所の土砂が家屋を流したと報じ熱心に取り組んでいる。
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このように、事業主を支援する者は皆無に近く可哀想とも言える状況だがそんなことも言っていられない。海の差し止めで漁師たちが警告したように、大雨による土砂災害の発生が目前に迫っている。梅雨を前にした五月二一日の大雨はその前触れである。
しかし、国、県、市のメガソーラー建設に対する規制やアセス法の制定等は常に後手後手にまわり、泥縄式に対応している。
いっぽう、その危険性に気づいた人々の動きや発言がいたる所であわぶくが煮え立つように次々と起こっている。右にあげた以外にも、伊東自然歴史案内人会や日本自然保護協会なども反対の声をあげている。
中でも強烈なのが、三月二二日にあった、八幡野漁師会の記者会見である。漁師会というのはどこの漁協にもある船主会と同じものだが、八幡野では一番若い鈴木崇浩さんが、オマエヤレ、ということで会長をやっている。鈴木さんは海の差し止めの原告グループのサブリーダー的存在である。
同席した区長は旧八幡野村の村長的役割だが、前々日に事業会社の職務執行者が地域貢献うんぬんで自宅を訪問した際に「地域貢献は事業を中止することです」と明言したという。
現在、海と山の工事差し止め請求に対する静岡地裁沼津支部の決定を待つまでもなく、伊東市が架橋道路工事を不許可にしたことにより、メガソーラーの工事そのものが二月より中断している。そして、行政訴訟に対する静岡地裁の判決ですべてが決着する可能性がある。
この結果を当事者以外で最も関心をもって注目しているのが、千葉県と鴨川市である。
(2019年6月30日 フライの雑誌-第117号掲載)
「ムーン・ベアも月を見ている クマを知る、クマから学ぶ 現代クマ学最前線」