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ちまたで話題の信州の管理釣り場を
1泊2日で巡ってみた
文 堀内正徳(本誌編集部)
※取材時(2011年)と現在の状況は違っている可能性があります。
〈オトナの管理釣り場〉特集をやると決めたはいいものの、正直なところなにが〝オトナ〟なのか曖昧だった。分からないときは釣りするしかない。
そこで昨今ちまたで話題になっている、オトナが集まってるらしい管理釣り場を自分でまわってみることにした。じつは個人的に管理釣り場の釣りは大好きだ(ウキ釣りは苦手)。ワクワクしてきた。
信州蓼科方面にそれらしき管理釣り場が集中しているのは、以前から気になっていた。東京から日帰り圏内だが、せっかくだから1泊2日のお泊まりで、管理釣り場をめぐる旅とオトナっぽくしゃれこむことにした。
槻の池フィッシングエリア(蓼科)
11月初旬、早朝に都内を出てまず最初に、長野県茅野市の〈槻の池フィッシングエリア〉へ向かった。約三時間のドライブだ。意外と近い。
池の畔に着くと、秋の高原の香りが胸いっぱいにひろがった。現地で待ち合わせていた川本勉さん(FLYイナガキ代表)はすでにダブルハンドロッドをつないで、来年に出す予定のDVDの撮影をしていた。針葉樹の林をバックにオレンジ色のフライラインがのびる。美しいと素直に思う。重力がコントロールされている。
槻の池管理人の加藤ヒロシさんによると、別荘地内の池を別荘地でのアクティビティの一つとして、釣り場に利用しようと考えたのが約10年前のこと。水質・水温・魚、レギュレーション管理など、まったくゼロからのスタートだったそうだ。
基本的に自分が釣り好きでないと、管理釣り場の管理人は勤まらない。自分が釣り好きだからこその苦労もたくさんあることは、すぐに分かる。タフな仕事だ。
山形出身の加藤さんは、子供のころから筋金入りの釣り好きだそうだ。山形はいいですね、鳥海月光川の月光ダム下は渓相いいのになぜ釣れないんですかね、などのマニアな質問をして、初対面なのに盛り上がってしまった。
一日券を買ったのに自分が釣りを始めたのは、もう午後になってからだった。川本さんは風切り音が立たない独特のゆったりしたスペイキャスティングで、桟橋から長いラインをのばしている。その先には#10のスタンダード・ドライフライ。以前、風磊人名義での本誌連載(風来満逍遥)でも語られていた〝きちんとプレゼンテーションして魚を出す〟釣りだ。
「この釣り方なら自分が使いたいフライを使えます。ほら」
ふわりとフライをプレゼントし、ほんとに魚を出す。ハッチはないのだが。
「魚は水中でフライの落ちてくるところを見ています。大切なのはプレゼンテーションです」
クロスオーストリッチで入れ食い
私は#5にDTフローティングラインをセットして、この季節の止水に効く、ドライのマドラーミノー#12を結んだ。出なかったらピクピクさせたり、強く短くジャークして潜らせて誘う。水面が軽く波立っているとさらにいいはず。
…出ない。じゃあ移動だ、移動だ。プレゼントを繰り返しながら池の周囲を回った。対岸の流れ込みで最初の1匹。ピンシャンの40㎝級ニジマスだった。川本さんがここの魚はすごいと絶賛していた。むかしと比べるとまったく最近の管理釣り場の魚の質は、全般におそろしいほど素晴らしい。
マドラーがよくないので、戻ってきて手前の一番大きい流れ込みの桟橋に陣取った。こういうときはクロスオーストリッチである。
考案者の島崎憲司郎さんが本誌90号で言っていたように、クロスオーストリッチは万能フライではない。だがクロスオーストリッチはその釣り場の状況と魚により、劇的にはまる。そしてはまる安定度と確率が抜きん出ている。やはり〈簡単に巻けてよく釣れるフライ〉なのだ。
流れ込みでクロスオーストリッチ#16を20ヤードキャスト。ゆっくり沈めてからミミズが這うくらいのスピードでリトリーブした。これじゃ鉄板すぎる。案の定入れ食いになった。
いいニジマスがかかったので、50mほど離れた隣の桟橋で釣っていた川本さん同行のM嬢に、「すいません、おれのカメラ持ってきてくださ〜い」と大声で頼んだ。カメラを持って来てくれたので、ついでにシャッターも押してもらった。すいませんね。婚姻色の浮かんだほれぼれするようなニジマスだった。
それから夕方まで、三人でいい釣りをした。おだやかな秋晴れ、木立を肌寒くなる寸前の風が抜ける。ときどきシカの啼く声が遠くに聞こえる。今年福島で原発が爆発したなんて信じられないシアワセだ。釣り人でいたから生きていられる。
陽がとっぷりと暮れた。でも川本さんが帰らない。「時間ですよ」と何回も言っているのに、「あともうちょっとだけ…」と言って、一人でしつこーくロッドを振っていた。M嬢と顔を見合わせた。
オトナですねえ。
ひとりかもねむ
宿は白樺湖畔の伊藤園ホテルグループ、白樺湖ビューホテルにとった。一泊二食飲み放題で、年中いつでも6800円均一。安い。本当はしっとりした湖畔の旅館などで気取ってみたいが、オトナの事情で伊藤園。
大広間のバイキング会場に行くと、平均年齢65歳のお客様でにぎわっていた。伊藤園的な食事をいただいた後、ロビーから自宅へ電話(それもオトナっぽい)。パパは今日いい釣りをしましたよ。
部屋へ戻ったらやることがない。持ってきた本を読む気も起こらない。だいたい私は旅先へ本をたくさん持っていくくせに、読んだ試しがほとんどない。バッグからiPadをとり出して先週のインタビューの文字起こしを始めた。
本誌第38号の特集取材でも、私は巻頭記事で東北の管理釣り場を巡った。あの夜はホテルの部屋で迷わず、オトナのビデオのボタンを押していた。いつのまにオトナになってオトナを卒業したんだろうなあと、仕事をした。
らんかぁポンド(白樺湖畔)
白樺湖畔には、岡谷のプロショップ、らんかあ倶楽部さんが運営する管理釣り場がある。コンビニで聞くとすぐに場所を教えてくれた。
湖畔を土手で仕切るようにして「らんかあポンド」はあった。午前9時、駐車場から覗くと一人のフライフィッシャーが釣りをしていた。ちょうど魚をかけたところだ。ロッドがぐいぐいのされている。カメラを持って池まで駆け下りた。さっそく声をかけると、伊奈市から来ている20代の爽やかな青年だった。まだフライを始めて1、2年とか。
「こういう釣り雑誌を作っているんです」と自己紹介したら、「じゃあキャスティングを教えてください」と言われた。ひぃ。誤解されたかもしれない。びびりつつ、青年のロッドを振らせてもらった。
東海地方のショップのオリジナルロッドだった。いいロッドだがウルトラマニアックなスペックだ。こういうロッドをほぼ初心者の最初の一本にすすめるのはどうかと思った。オリジナルのフライラインもいっしょに売られそうになったとか。
タイイングも始めたばかりの青年は、手持ちのフライがあまりないとのこと。大きなお世話かと思いながら、車から自分のボックスを持ってきて、いくつかフライをあげた。青年は渓流は相当やるものの、止水ではドライかウキ釣りしか経験がないとのこと。
そこで不肖私のヘンテコなユスリカフライを結んで、ウキを外し、リーダーの糸ふけであたりをとる釣り方を教えてあげた。するとなんたる幸運か、でかいニジマスが食いついた。青年は「この釣り方面白いです、ウキよりずっといい!」と大喜び。こっちも興奮した。
青年と私とでは20歳近い年齢差がある。こっちは釣り師としては背中にコケが生え始めていて、だいぶスレてきた。時には自分が釣るよりも、いっしょにいる誰かが釣った方が、よほど釣りを楽しめる。管理釣り場ではその傾向が顕著だ。調子にのって別れ際に、さらに自分のフライをあげてしまった。恥ずかしい。でも別れた後にハンドルを握る自分の顔は、にやけていた。ああ楽しかった。
家族連れには白樺湖観光とセットで面白い釣り場だ。池の中でニジマスが自然繁殖もしている。水がいいのだろう。
フライリゾート蓼科(蓼科)
「フライリゾート蓼科」は関東や東海のフライショップでよく話題に出て名前を知っていた。蓼科の高級別荘地内を、小さな焦げ茶色の道標に導かれるように小道を分け入った山裾に、ひっそりと水をたたえていた。会員とその友人しか立ち入ることのできない、文字通りのプライベート・ポンドだ。標高は約1000m。大きい池ではない。中央の桟橋からスペイでロングキャストすれば対岸にも届くだろう。
創立メンバーの佐藤収一さんから、池の成り立ちをうかがった。別荘地内の農業用水のため池を、レジャー目的の管理釣り場にできないかと計画したのが約15年前のこと。しかし観光的に運営するには自然条件もきびしく頓挫。営利目的をやめ、有志会員が最低限の費用を出して維持する会員制の釣り場にしたという。非営利な釣り場ならではの味わいが池ににじみ出ている。
池の畔には小さなキャビンが建っている。常連の中には、経営するフライショップの閉店時間後に仲間と都内を出発して深夜に到着。このキャビンとテラスで大宴会をして、自分は朝だけ釣って東京へとんぼ返り。翌昼の開店時間には、平然と英国風なフライショップのジェントルなマスターに戻る猛者もいるとのこと(武蔵野市の横田さんのことだと直感)。
この日の池には、やはり会員で本誌第82号のグリップ特集にも登場してくれた川村直樹さんが、ロッドのテストを兼ねてたまたまいらしていた。さらに午後からは『フライフィッシング用語辞典』著者の川野信之さんのご一行も登場して、皆さん楽しげに釣りをしていた。
池にはここ最近マスを新しく放流していない。50㎝ほどに大型化したニジマスが悠々と水面を泳ぎ、静かなライズリングを作っていた。あれを水面で釣るのは相当難しいだろう。ちなみに佐藤さんご自身は釣りをされない。だからこそこのゆるやか感が保たれているのかもしれない。釣り師はどうしても脂ぎる。
池から歩いたすぐ近くには、雰囲気満点の露天風呂とレベルの高い手打ち蕎麦店がある。信州ではあまり出会わないタイプのソバだ。誰にも邪魔されずひとりでゆったり、もしくは気の合う仲間と釣りした後の温泉とソバ。このゴールデンコースを楽しみに通う会員は多いらしい。まさにオトナの楽しみだ。
来年1年間は池の改修工事のためにお休みになる。現在の会員は40名。今後会員を増やす予定はない。会員にはフライ業界関係者も多い。
メルヘンな道をドライブ
昨日から三つの管理釣り場をまわった。でもせっかくだからもう一つ、八ヶ岳の山腹にある「八千穂レイク」へも行く。あの田渕義雄氏も通っているらしい。このあいだ釣りの雑誌に書いてあった。
蓼科から国道299号線、俗称メルヘン街道に入る。なんで日本には西洋の安直な物まねネーミングが多いんだと、ぶつくさ言いながらひとりでメルヘンちっくにドライブする。ツーリングのバイク集団が私の車を追い抜いて行く。バイクはせっかくひとりになれる乗り物なのに、なんで君たちはわざわざつるんで走るんだと、いつもの文句を口に出して言う。我ながらめんどくさい。
国道標高日本第2位(2127m!)の麦草峠へ至る道は、いやになるほどのワインディングだった。私にとってクルマは釣りへの行き帰りのアシであって、できれば運転はしたくない。どこでもドアがあればすぐに欲しい。そこらへんはあんまりオトナじゃない。
八千穂レイク(佐久穂町)
麦草峠を越え、松原湖への分岐を見送ってさらに下ると、八ヶ岳東面の山腹に八千穂レイクの巨大な湖面が望めた。湖と呼ぶにふさわしい規模だ。東山湖よりひとまわり大きい。芦ノ湖などをのぞいて、ここまで巨大な釣り堀は初めてだ。
湖の周囲の山々は紅葉の終わりを迎えていた。この景色をなんと表現すればいいのだろう。標高1500mの冴えきった空気が、高原の木々の一本一本、葉の一枚一枚をエッチングしたかのようにくっきりと浮かび上がらせる。晩秋の野反湖の雰囲気にも少し似ている。
湖畔に建つ立派な管理棟へ入り、名前を名乗って管理者の方へ撮影の許可をお願いした。すると奥の大きなテーブルでくつろいでいた三人連れのフライフィッシャーのお一人から、「『フライの雑誌』のひとですか?」と声をかけられた。見ればビール瓶がポンポンポンと楽しげに並んだ向こうで笑っている。「今日はなかなか難しいですよ。僕らはもう飲んじゃったけど(ニコニコ)」。
釣りのいいところの一つに、互いに釣りを趣味としていれば初対面でもすぐに仲良くなれることがある。それがフライフィッシャー同士なら、マイナーなジャンルだけになおさらだ。さらに言えば自分の関わっている超マイナー雑誌の読者さんに、こんなところで偶然お会いできるなんて、編集者的には何よりのシアワセだ。このまま湖へさかさまにな沈んでもいいくらい。
夕暮れ近い湖畔へ出た。一定の距離をおいて桟橋が点々と設置されている。事前の噂では、常連が桟橋を占拠して困ると聞いていたが、そんなことはなかった。広大な釣り場に釣り師はルアーとフライ半々でわずか10人ほどだった。経営的に大丈夫なのか心配になるが、佐久穂町の運営だそうでそれなら問題はない。
八千穂レイクではウェーディングの釣りもできる。この日も寒い中、流れ込みに胸まで浸かってがんばっているフライフィッシャーがいた。湧水があって大物がさしてくる由。料金は一日3500円、年券あり。フローター可。レギュレーションもほどよく、釣りをよく分かったキーマンが管理側にいるのだろう。
でかいニジマスをミッジで
湖を半周まわった南端のエリアで、スペイキャスター二人が釣りをしていた。こういった取材ではざっと見回して最も上手そうな人に声をかけるのが常道だ。フライフィッシングはキャスティングがあるので、腕のレベルは一目で分かる。
雑誌名を名乗って「写真を撮らせてください」とお願いしたところ、お一人が、「ヘンタイの平野君は元気ですか」と来た。〈ヘンタイの平野君〉といえば、前号のフライボックス特集でもヘンタイっぷりを発揮してくれた平野貴士氏しかいない。
「どういうご関係ですか?」と聞くと、「上客です」と自分で言って笑っていたから、この方も平野氏と似た者同士のヘンタイさんなのだろう。もう一人の方にも挨拶すると、「去年桂川の禁断のプールで会いましたよね」と言われ、たしかにそうだった。ここでもまたヘンタイ雑誌の数少ない読者さんにお会いできた。ありがたい。世界は狭い。ていうかフライフィッシャーの行動範囲狭すぎ。
釣りの方は午前中はしぶかったが、午後はミッジのドライフライで型のいいのが入れ食いになったそうだ。今日初めて来られたそうだが「いやあ面白い。景色も魚も釣りもいい」とおっしゃっていた。
他のフライにはほとんど反応しない50㎝級のピンシャンなニジマスが、ミッジドライにだけは入れ食いだなんて、ある意味では止水のフライフィッシングのひとつの究極である。しかもこのロケーションの中でのフライフィッシングは、まるで日本ではないみたいな浮遊感がある。
今年の営業期間は11月6日まで。来年は4月下旬のオープン予定だ。もうすぐ八ヶ岳には雪が降り積もる。湖も半年間の眠りにつく。
帰路はいったん山の斜面をのぼり、松原湖へと抜ける道を下った。松原湖近隣には宿泊施設が多い。以前泊まったことのある松原湖高原オートキャンプ場の近くには「八峰の湯」というふざけた名称の日帰り温泉施設とフィールドアスレチックがあり、なかなか良かった。八ヶ岳・松原湖観光と組み合わせての八千穂レイク釣行は楽しそうだ。
楽しみ方は自分次第
管理釣り場では、魚はまちがいなくそこにいる。いるのは分かっているから、ことさらに魚の大きさだとか数だとかの釣果を追い求めなくてもいい。追い求めてもいい。何かを試すのでもいいし、ただボーッとしてもいい。楽しみ方は自分次第。それを自分で考えるのがオトナだ。
フライフィッシングは他の疑似餌釣りと比べ、マスを釣る手練手管に長けている釣りだ。ストリーマーやらミッジやら、リトリーブもドライも水面直下もシンキングも、キャストとリーダーも総動員してあれこれ工夫できる。そこにいるマスを、色々な方法であれこれ楽しむことに集中できる管理釣り場は、フライフィッシングと相性がいい。フライフィッシングをある程度やりこんでいる釣り師が、いるのが分かっているマスを本気になって釣ろうと思えば、たいてい何とかなってしまうものだけれど。
釣りする以外のあれやこれやを深く楽しめるのも、フライフィッシングである。釣りは一人でやるものだが、管理釣り場では気の合う仲間といっしょに遊べば、また異なる面白さが見えてくる。誰かと「おいしいね」と言い合いながら食べる食事は、よけいに美味しい。魚だけじゃなくてニンゲンと交流しつつ休日を過ごすには管理釣り場はとてもいい。
今回はたった一泊でもゆったりと濃い時間を楽しめた。けっきょく自分はわずかしかフライロッドを振っていないが十分な満足感がある。
水辺を巡り、魚と遊び、人と出会った。上質のオトナの釣りの旅だった。
(了)
フライの雑誌 117(2019夏号)|特集◎リリース釣り場 最新事情と新しい風|全国 自然河川のリリース釣り場 フォトカタログ 全国リリース釣り場の実態と本音 釣った魚の放し方 冬でも釣れる渓流釣り場 | 島崎憲司郎さんのハヤ釣りin桐生川
フライの雑誌-第116号 小さいフライとその釣り|主要〈小さいフック〉原寸大カタログ|本音座談会 2月14日発行