【公開記事】竿をつくるしごと。「ロッド・ソムリエ」の提案(フライの雑誌-第85号|2009年)

フライの雑誌-第85号(2009年5月25日発行)より、
〈竿をつくるしごと。「ロッド・ソムリエ」の提案〉を公開します。

竿をつくるしごと。

「ロッド・ソムリエ」の提案

マッキーズは、日本のカスタム・フライロッドメーカーの先駆けだ。マッキーズの店主、宮坂雅木氏はかつてコマーシャルの世界で最先端のグラフィックデザイナーだった。自ら手がけてきたマッキーズの広告は独特の雰囲気があり、ファンも多い。

1980年の開業から29年目を迎えた今年、そうしたファンからの声を受けて、マッキーズは自社の広告と制作物をアーカイブ化し、ウェブサイトで公開をはじめた。

本誌ではこれまでも執筆やインタビューなどで、たびたび宮坂氏にご登場いただいている。先日は完成した広告アーカイブについて取材するつもりで伺ったのだが、ふと気がつくと話題がずれていた。

宮坂氏は「僕は常に感覚的です。」と笑う。天衣無縫に広がっていく会話の断片がいちいちおもしろい。こちらは突っ込む。さらに飛ぶ。これは楽しい道理である。

今回はそんな無数の断片のなかからひとつを紹介する。

題して、「ロッド・ソムリエ」。

…… 竿は誰が作っても竿の形にはなるんです。よく「竿になっている」、「竿になっていない」という言い方があります。あれは曖昧な言い方です。なぜ竿になっているのか、いないのかを言わないといけない。テーパーがついているから竿になっているというなら、こんなに簡単なことはない。

ワインのソムリエがワインを表現するときに、800種類もの言葉があるらしいんです。あんな曖昧なものを表現するのに、いや、曖昧だからこそそれだけ言葉が必要なのかもしれません。800もあるとね、もう何でもいいんですよ、きっと。そして800もあるなら、それらを完全に理解して飲んでいる人は多分いない。

それで僕は思うんです。「ワインに800もあるんだから、フライロッドの印象を表現する言葉が20や30あってもいいんじゃないか。」ってね。

竿だって、「この竿はちょっと甘いよね。」とか「この竿はしぶい。」とか、もっと感覚的に言ってしまっていいと思うんです。朝のバラの薫りみたいにやわらかい竿が欲しい、とかね。意味がないのは分かっているけど、言葉遊びとして面白いじゃない。ワインも竿もロジックじゃないですよ。もっとずっと曖昧で、感覚的なものです。

竿の基本は、硬いか柔らかいか、長いか短いか。強い、弱い、甘い、辛い。竿の表現項目をずらっと書き出してみる。長い短いは物理的ですけれど、甘い辛いとなると、センスが問われます。

つまり、竿の個性を翻訳してやるということです。意外に発展していって、生命の木みたいになるかもしれません。ストレートで素直な竿とか、性格の悪い竿とかありそうですけど。「じゃじゃ馬みたいな竿だけどそこがいいんだ。」とかいう人がいたりしてね。うちには女性のお客さんが多いんです。女性がいると華やかになりますね。

持ち重りする竿ってあるでしょ。あれはたぶんグリップの問題です。ぶれる、ぶれないと言いますね。本当はぶれない竿なんてないんだ。どんな竿でもぶれるんですが、真ん中でぶれるのはそこが弱いからです。でも人によっては「真ん中がぶれるのがいい。」とかね。感度がいい、わるいを翻訳すると、ティップの硬さの問題になります。

とにかく竿の世界はあまりにも抽象的だから、何を言っても竿の表現にはくっつけられそうな気がします。

「しぶい竿」とはなにか。禅問答みたいだけど、それから類推して、それぞれが勝手に考える印象に留めればいいんじゃないですか。人間でもしぶい顔、甘い顔と言えば、分かりますでしょう。

甘い竿といったら、グラスのやわらかい竿かな。うちの竿ならスムースは甘いかもしれない。G7はしぶい。ロングリフターは素直です。

物理学をやっている人なら、竿の性格を数式にできるのかもしれませんが、数字にしたから面白いってものじゃないですからね。甘いとかしぶいとか言ってる方が面白いでしょう。

どうです、30くらいすぐに出てきませんか。 ……

なくしたメモ

「うーん、どう言ったらいいかなあ…、」

宮坂氏の口癖である。

言葉にするのがもどかしいとばかりに、ペンを持った手が動き出す。描いては破り、また描いては破り、次々とあたらしいメモ用紙がめくられていく。

見ればフライフィッシングにまつわるアイデアが描かれたメモが、大きなテーブルのあちらこちらに散らばっている。広告も、たくさんの個性的なフライロッドたちも、おそらくそうして生まれて来た。

「あのメモ、どこ行ったかな。ちょっと待ってくださいね。」

ごそごそやりだした。コーヒーカップを脇に置く。雑誌をひっくりかえす。ブランクの切れ端をよいしょとよける。

「どこかへ行っちゃいました。ハハハ。」

29年間やりつづけても形になっていないアイデアが、この工房にはまだまだ隠されている。

(編集部/堀内)

第85号より

仕事途中のフライマンがふらりと顔を出す。「完全に工房だけにしようかと思った時もあったけど、こういう場も必要かなと思って。」とは宮坂さんの弁。

たった5.5フィートのマッキーズ・ミニ。グラス。ブランクの色は赤。

無造作に立てかけられたブランク、テストロッドたち。島崎憲司郎氏の『新装版水生昆虫アルバム』付録が額装されて飾ってあった。

第85号より

第85号より

|①『フライの雑誌』第13号(1990年6月)掲載・表4広告。秋田/役内川、新潟/魚野川、福井/黒河川、北海道/札内川、福島/高瀬川、静岡/山川、福井/耳川、栃木/大芦川、新潟/中継川、山形/温海川。渓流の写真に川の名前のキャプションがついているだけ。「やることなくてでっちあげた広告」と作った本人は言うが、当時この広告を見た私(堀内)は大いに興奮した。ここに載っているいくつかの川へ自分で出かけていき、同じ風景を目にしてさらに興奮した記憶がある。もう20年も前のことだ。
②『フライの雑誌』第14号(1990年10月)掲載・表4広告。原寸大のシズル感あふれる広告。機能美という言葉も想起させる。
③④新製品「パラボリック」発表時の広告(『フライの雑誌』37/38号掲載)。「よく曲がる竿ですと言いたくて、実際に竿を店の中でむりやり曲げて撮影した」。2号とも同一写真だが、印象が異なるのはデザイン力の勝利だろう。
⑤『フライの雑誌』49号広告。112頁上写真に写っている「ARTIST」の文字(『フライの雑誌』51号広告)もそうだが、商品のロゴ・タイポグラフィはすべて宮坂氏の手書き。誰もがグラフィックデザイナーになれるわけではなかった時代に最先端のデザイナーだった人だからできること。
⑥『アングリング』第14号広告。挑発的なキャッチコピーがいい。
⑦⑧好評だった「釣り人は工夫する」シリーズ広告。『フライフィッシングジャーナル』(1984/1986年)掲載。「今、これのロッドビルディング版をやったら面白いと思うんですが、時間がなくてねえ。」(宮坂氏)。そんなこと言わずにぜひ。

フライの雑誌-第85号

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島崎憲司郎 著・写真・イラスト「新装版 水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW」
〈フライフィッシングの会〉さんはフライフィッシングをこれから始める新しいメンバーに『水生昆虫アルバム』を紹介しているという。上州屋八王子店さんが主催している初心者向け月一開催の高橋章さんフライタイイング教室でも「水生昆虫アルバム」を常時かたわらにおいて、タイイングを進めているとのこと。初版から21年たってもこうして読み継がれている。版元冥利に尽きるとはこのこと。 島崎憲司郎 著・写真・イラスト 水生昆虫と魚とフライフィッシングの本質的な関係を独特の筆致とまったく新しい視点で展開する衝撃の一冊。釣りと魚と自然にまつわる新しい古典。「新装版 水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW」
新装版 水生昆虫アルバム(島崎憲司郎)
『葛西善蔵と釣りがしたい』
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