釣り場時評89
漁業法改変に突っ込む
小手先の漁協つぶしと企業優先ではないのか
水口憲哉
(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)
フライの雑誌-第116号(2019年2月発行)掲載
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前号で紹介した伊豆八幡野のメガソーラー事件については、その後仮処分の申し立てに対する地裁の決定が大幅におくれているので、その結果報告は先送りする。
昨年十二月は、改正漁業法の成立もあって〝漁業の民主化〟、〝養殖業企業参入に道〟〝漁場企業に奪われる?〟といろいろ取沙汰された。今回はそのことを突っ込んでみる。
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せいぜい漁業法改変である。
まず、漁業法改正とは言えない。せいぜい漁業法改変である。改悪と言うにはまだ変えた結果が出ていない。二〇二三年の第十五次漁業センサスの集計結果が出れば、改悪が適切ということになるだろう。
改変した新漁業法は十二月八日未明、参院本会議で可決・成立した。時を同じく十二月七日発売のFRYDAY(フライデー)十二月二一日号は「農水事務次官が女性部下へ粘着メール&キモい電話」と二〇一八年のセクハラ・パワハラのトドメとばかりに大きく取り上げた。
実は右の漁業法づくりはこの末松広行農林水産事務次官と内閣官房(菅官房長官)との密接な連携のもとに行なわれ、水産庁(長谷水産庁長官)は殆ど無視されっぱなしと言われている。そのことには全くふれないフライデーのスクープ(?)は出し遅れの証文とも言えず、全く意図不明である。
定置網などの沿岸漁業と養殖業でどうにかもっている日本の漁業を元気にするためと称して法律を変えたところで、3Kと少子高齢化にあえいでいる漁業がどうにかなるものでもない。まして小手先の漁協つぶしと企業優先をやっても何もよいことはない。
でも仕方がないのでこの改変漁業法を三点にしぼって考えてみる。
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漁業における民主化の安倍政権的色なおし
漁業法改変の第一の目的は漁業における民主化の安倍政権的色なおしである。保守的とも言えない。それははっきりと、総則、法の目的第一条で旧法の〝あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする。〟という条文を削除したことにも明らかである。こうしないと以下の改変に都合が悪いからと考えられる。
まず、海区漁業調整委員会の公選制(漁民が委員を投票で選ぶ)を都道府県の知事の任命制にした。投票率が低下し漁民が関心をもたないのは漁調委の働きに問題があり限界があるからである。それは、一九八七年五月の漁業経済学会報告「裁定と指示─漁業調整委員会の機能と限界─」で指摘し、それをもとに月刊「漁協経営」が特集を組んだように、漁業管理の主内容である漁業調整において漁調委が全くの機能不全であることに原因がある。水産業の地域ボスと学者など有識者が行なうセレモニーを漁場を守るのに日夜苦労している漁民が相手にしないのも当然である。
ここでややこしいのは、内水面漁場管理委員会は昔から知事による任命制である。その結果どういうことが起こるかというと、外来魚騒ぎの時に長野県の田中康夫知事は筆者を内水面漁場管理委員の一人に選んだ。全国内水面漁連の息のかかった内水面漁協組合長たちと何回もの会議で議論が続いた。その結果、一部の湖沼ではリリース禁止をしないという、少数の漁協や釣り人の意見が通り、知事へ答申された。これはダム反対の田中知事が漁協組合長たちの言うがままになることを面白くないと思っていたからだろう。
この知事頼りというのにも怖いところがある。宮城県の場合は水産復興特区でとんでもないことになったし、長野県では外来魚問題という大部分の県民、国民にはどうでもよいことだからこれですんだ。しかし、国は知事におまかせと言いながら、沖縄県では県民や県知事の反対を全く無視して辺野古埋立てを、国が強行している。こういう筋道の通らない滅茶苦茶がもっと怖い。
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漁業の現場を知らない知事が、漁協や漁業者団体より、お友達の企業を優先して漁業権を免許するのをどうぞおやりなさい、と言っているようなもの。
漁業法改変第二の目玉は、養殖をやるための区画漁業権や定置網の漁業権がこれまでの地域の漁業協同組合を中心に免許されていたのを、そのたがを外し、企業にも取得しやすくするよう法的に誘導したことである。
東日本大震災の後に宮城県知事主導のもと、石巻市桃の浦に水産業復興特区制度を適用し水産卸の仙台水産の関与のもと、桃浦かき生産者合同会社をつくり、かき養殖を始めたのが今回の法改変の目指す方向をよく示している。しかし、この会社が起こした混乱と地域漁業への悪影響は宮城県議会や河北新報で明らかになっている。なにも今さら企業が養殖業に参入しやすいよう法を変えることもない。
もうかれば企業が養殖業に参画した例がこれまでに宮城県で見られる。それは、岩手県漁連発行「ぎょれん」の羅針盤四〇で一九九八年に「ギンザケ養殖で言っておきたいこと」として筆者が報告している。
内容の企業側骨子はマルハニチロのサーモンミュージアムに述べられているように、一九八〇年代日魯漁業㈱が志津川(現南三陸町)で、漁協は区画漁業権の設定された海面で生産業務を行ない、日魯は種苗の供給、餌(配合飼料)の供給、技術提供を行ない、同社の販売網を通して全国に生産品の提供を行なった。リスキーで3Kの部分を漁民が請け負い、儲けの多い美味しい部分を企業が受け持った。
そして漁場悪化、病気の多発で沖に場所を変えざるを得なくなった一九九〇年代には日魯は撤退し、チリでギンザケ養殖をやり日本の市場に出荷し、志津川の漁民を苦しめた。二〇一一年の津波被害の後、志津川では現在でもギンザケ養殖を続けている。海と漁業権そして地元漁協(漁民)の関係はそういったものである。
今号の〈水辺のアルバム13〉でも明らかにしたが、三重県で見られるように漁協や大敷生産組合を漁業権免許取得者や経営組織にするのではなく地域漁民の団体を株式会社化しているのは、このような状況を敏感に先読みしての対応ともいえる。定置網漁業では大洋漁業や網会社などの企業が商売になると思えば漁協と共同経営したり、単独で漁業権免許を取得したりしている。また養殖においては日魯の例がある。
これまでの制度でもやりたければ企業はやりたいことをやっている。その結果として企業は大きくなってマルハニチロホールディングスにもなる。
今一番問題なのは、第七三条で都道府県知事は、同一の漁業権についての免許の申請が複数あるときは、次に定める者に対して免許をすると定め、その判断基準として、〝その者がその漁場を適切かつ有効に活用していると認められる場合〟と、〝免許の内容たる漁業による漁業生産の増大並びにこれを通じた漁業所得の向上及び就業機会の確保その他の地域の水産業の発展に最も寄与すると認められる者〟とが挙げられている。
こんなあいまいなことでは、何も漁業の現場を知らない知事が、うるさい漁協や漁業者団体より、お友達の企業を優先して漁業権を免許するのをどうぞおやりなさいと言っているようなもの。
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無差別・大量漁獲・大規模漁業の横行を水産庁は黙認してきたがこれからは少し文句を言いますよ
漁業法の手直しの第三の目的は、漁業規制のやり方をこれまでのTAC(総許容漁獲量)によるものからIQ(個別割当漁獲量)に変えてゆくということである。
別の言い方をすると日本の総漁獲量減少はこれまでの遠洋漁業や沖合漁業の乱獲による食いつぶしによるものなのだが、それの主な担い手というか元凶である大型まき網や沖合底曳網といった無差別・大量漁獲・大規模漁業の横行を水産庁は黙認してきたがこれからは少し文句を言いますよということである。自己責任で衰退しつつあるこれらの漁業の形式的回復作業ともいえる。クロマグロの漁獲規制に見られるように漁獲量減少に殆ど関わりのない定置網やひきなわ釣りなど沿岸の選択的・少量漁獲・小規模漁業をも巻き込みながらである。
TACは一九八二年の国際海洋法施行以降日本のEEZ(排他的経済水域)周辺における外国漁船の過剰漁獲を防ぐために過大に設定された。その結果日本の漁船はTACの半分も消化しきれていない。にもかかわらず設定魚種の殆どで漁獲量の減少が起こっている。これは漁獲圧力以外の原因、例えば海洋条件の変化など自然現象の影響も考えられる。にもかかわらずIQにするという。
筆者は一九九〇年の漁業経済学会での報告〝漁村における資源維持の論理〟の要旨で次のように述べている。
『共有資源の経済学的管理は、仮定にもとづく精緻な数式をいくら用いようとも、ゆきつくところは個人による分割所有か国家の管理、または両者になる。N.Z.のITQの試み(Dewees,1989)はそのことを如実に示している。なお、ここでは市場と資源の変動に対する長期的検証がなされていないことがこの先問題となろう。』
ITQというのは割当量を交換できるということで、〝割当取引制度〟とも言える。しかし新しい漁業法の二一条では、漁獲割当割合は、船舶などと共に譲り渡す場合とあって、CO2排出量の国際取引のように漁獲枠を取引きするものではない。そうであればこれまでも、大臣許可である沖合底曳網の許可船数は大枠の総量で決まっており、その枠内であれば海区せき数という枠間での交換(売り買い)は行なわれてきており、漁獲量規制代わりに使われてきた。
日本の総漁獲量の変動に大きく影響したマイワシは、獲り過ぎや乱獲といった漁獲圧力の増加によって減ったのではなく、海況など自然環境の変動によって資源量(漁獲量)が減ったことが明らかになっている。禁漁を三年間やって漁獲規制による「資源管理」の見本のように言われている秋田県のハタハタについてもこの点を現在検討中でそのうちまとめて報告する。
沿岸漁業において、漁獲規制を実行しても、漁獲量が減少し続けるものがある。これは漁獲規制の基本となる考え方や数式が適切でないことが原因として考えられる。それらの多くは長期的な、予測不可能な自然環境の変化が強く影響している可能性がある。
まき網や沖合底曳網の漁獲量減少や消滅は今さらTACやIQがどうのこうの言っても遅すぎるというかどうしようもない状況と言える。しかし、このまま何もしないよりはましなのではないかということらしい。それゆえ、TACからIQへと先に移行した、クロマグロの日本各地における漁獲規制に対するいろいろな動きの持つ意味は大きい。
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〝クロマグロ漁業における漁獲量変動〟という伏魔殿
クロマグロの漁獲規制について考えた本誌第一一二号の釣り場時評「マグロを釣るのは罪なのか─クロマグロ資源低下への処方せんを提案する」以降に起こったことから見てみよう。
まず、一昨年の暮れからのクロマグロ漁獲規制関連の記事の見出しを見る。③が読売の一面トップだが他は全て朝日で気づいたもの。
①マグロとりすぎたら罰則 水産庁が基本計画 来年から適用(二〇一七・一二・一三) TAC法による。
②マグロ完全養殖に商機 参入続々 生存率に課題(二〇一八・三・八) マルハニチロ 一〇ヶ所で六〇〇トンを。
③小型クロマグロ枠ゼロに水産庁 来期北海道と鹿児島漁獲上限大幅に超過(三・一八)
④クロマグロ漁獲枠水産庁拡大提案へ 国際機関調査「資源量回復傾向」(五・二二)
⑤クロマグロ新規制 募る不満 沿岸漁業来月から都道府県枠 大間の漁獲大幅削減案 取り過ぎると全国で漁自粛も 資源は回復傾向(六・二七)
⑥クロマグロ漁獲枠 来月に追加配分へ 水産庁都道府県別の設定(七・六)
⑦沿岸クロマグロ漁獲枠を1.5倍に水産庁案(七・二一)
⑧クロマグロ漁獲枠増 先送り 日本の提案合意できず(九・八)
そして、最後に朝日がよい記事をまとめた。
⑨大間 マグロが消えた 制限と不漁 漁獲三分の一に 価格低い夏の自粛効果薄(一二・一一) と大間漁協大型マグロ漁獲量が昨年はそれまでの六年間平均の三分の一にもならなかったとしている。
昨年七月からは三〇キロ以上は青森県に四〇二トン割当てられ、大間漁協にはその中の一九六・九トンが当てられた。そこで大間では単価の安い夏場の漁日を半減し、年末に向けての漁に期待した。しかし、十一月までの累計は昨期の三分の一ほどしかなく、割当量すら消化できないと先行きを心配している。
そして同じ記事の左下段で〝国の管理迷走 漁獲枠見直し続く〟と農林水産相の「都道府県間の漁獲枠の融通を促進する仕組みを検討する」を引き出している。これは日本版ITQをやるということである。
本誌第一一二号の時評で述べたように二〇一〇年の宮原追求は結果としては大間漁協へのあぶり出しに終わったが、その時の心配の種は①まき網による乱獲と②原発温廃水の影響。②は原発建設中断でなくなったが集会までして反対した②が原因で大間の漁獲量減少は起こったのかもしれない。それともこの人為的原因によるものではなく、③自然環境(海況)の変化が漁獲量減少の原因とも考えられる。
これまで水産庁の研究者はこの三つの要因についてまともに研究してこなかった。〝クロマグロ漁業における漁獲量変動〟という伏魔殿に踏み込んで徹底的に究明する必要がある。
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マグロ三億円 初セリ最高
これで今回は落着と思っていたら年初に三億円マグロが飛び込んできた。
⑩マグロ三億円 初セリ最高 豊洲で初 平成最後 津軽海峡不漁(朝日一・六)と⑨を受けたり、
⑪三億三三六〇万円 大間産マグロ「桁間違っている?」漁師びっくり「海底に針がかかったかと」(毎日一・六)と釣り記事もどきもある。
なんせ、大物と並んでの写真付きである。ジャンボ宝くじに当たった人の名前は公表されないのにこちらは氏名ばっちり。税金は国にがっぽり行くことだけは確かである。
それにしても一九六八年の三億円(現在の貨幣価値で約一〇億円)事件や日産自動車のゴーン前会長にかかわる事件など金銭的直接被害者がよくわからない億単位の金の動きとはちがうことだけは確かだが、どっちにしても年収二〇〇〜三〇〇万円をうろうろしている年金生活者にはこういった話はどう考えればよいのかよくわからない。
という訳で釣りの話に戻る。
○初セリに合わせてよく釣れたと思うが、釣り人が大物を釣って税金を取られる話でもあり、選択的少量漁獲・小規模漁業の釣りがもたらした年初のボーナスの話でもある。
○それではという訳で津軽海峡でクロマグロを釣ろうと思う人は自由にできる。ただし、大物を釣ろうと思うのなら生命と稼ぎを棒にふることも覚悟しなければならない。⑨の記事にあるように船の燃料代だけで操業一日あたり一五〇〇〇円ということだから、私に無理なことだけは確かである。
(了)
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フライの雑誌社では、ここに来て日々の出荷数が増えています。「フライの雑誌」のバックナンバーが号数指名で売れるのはうれしいです。時間が経っても古びる内容じゃないと認めていただいた気がします。そしてもちろん単行本も。
島崎憲司郎さんの『水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW』は各所で絶賛されてきた超ロングセラーの古典です。このところ突出して出荷数が伸びています。