まっすぐに夢を語る〈29歳、家無し、職無し、彼女あり〉

朝食前に新聞を開いて、原発事故関連の記事を探す。すると紙面のどこかには苦しんでいる被害者や農家、漁師の話題が扱いは小さかったとしても載っている。それを見て「ああやっぱり原発が爆発したのは現実だったんだ」と胸が痛い。朝から襟首を背中側へ引きたおされる思いだ。

10数年前のこと、ニュージーランドの田舎町で会ったフィッシングガイド氏は、朝は新聞もテレビも見ないんだと言っていた。なぜかと聞いたら肩を揺すっていかにも楽しそうに笑いながら、「世の中はいやなことが多すぎる。釣りに行く前にそんな話を知りたいかい?」。まったくそのとおりだと思った。だが僕はフィッシングガイドではない。

ちなみにその翌々年、このガイド氏の奥様が家を出た。日本から電話をかけて、奥様はどこへ行ったのか、いつ帰るのかと聞くと消え入りそうな声で「I don’t know…」。ワイルドを絵に描いたようなキウイの巨漢が泣きべそをかいていた。釣り師の最後の楽園といわれるニュージーランドにおいても、楽しいことしか見ないで生きてゆくのはなかなかむずかしいようだ。

『朝日のあたる川』の舞台は、原発事故が起こる以前の日本の国土である。終末的な事故が現実に起こり、収束の見込みもいまだない。

しかし『朝日のあたる川』の物語に描かれた市井の人々の暮らしと、旅を続ける若者の視線に思いを寄せるならば、こんなことになった日本の風土と日本の人々もまだまだ捨てられはしないのだと、なんとか信じられるような気がする。ぎりぎりの崖っぷちに立てば、脳天気なほどまっすぐに夢を語る著者と同じ夢を見られるかもしれない。

真柄氏と出会ったのも、『朝日のあたる川』が去年の夏に発行されたのも、不思議な旅の物語に呼ばれていたせいなのかもしれないとすら思う。本のちからで世の中がほんの1ミリでも気持ちのよい方へ動いてくれたらいい。

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29歳、家無し、職無し、彼女あり。こんな僕にも朝日はのぼる!

上京10年、ミュージシャンの夢はかなわなかった。仕事もアパートも捨て、新しい夢─日本縦断釣りの旅へ出た。僕に残っているのは、釣りと仲間と彼女のエミ。 ─恋あり涙あり冒険あり。崖っぷち無職男の夢は覚めるのか!?

「旅に行かないで!」(エミ)
「みんな、お前の夢に乗ってるんだよ」(先輩)
「お前とうとう漁師になったんが!?」(山形のじいちゃん)

『朝日のあたる川 赤貧にっぽん釣りの旅二万三千キロ』

真柄慎一(著) カバーイラスト:いましろたかし