いよいよ、オイカワとカワムツのフライフィッシングの最盛期に突入してまいりました。
この世のものとは思えない美しい婚姻色を身にまとった小魚が、そこらへんの川にたくさんいて、フライフィッシングでいつでも気軽に釣れて、しかも釣りはメチャクチャ奥が深いと思うと、心からワクワクしますね。
フライの雑誌-第106号(2015秋)の「オイカワ/カワムツ特集」は、あっという間に品切れになってしまいました。ご迷惑をおかけしていることをお詫びします。
そこで今回は、フライの雑誌-104号(2015春)より、「水辺のアルバム(一) オイカワ」(水口憲哉)を公開します。
筆者の水口憲哉氏の博士論文(1969年)のタイトルは、「オイカワの繁殖生態と分布域の拡大に伴う二、三の形質変異」。筋金入りのオイカワ好きです。
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水辺のアルバム (一)
オイカワ
水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)
アメリカの魚類研究者が採集した淡水魚の名前を
近くにいた子供に訊ねたら、ざこと答えた。
だから雑魚が学名となってしまった。
まさに正真正銘の雑魚といえる。
雑魚、ざこという言葉があるがこれはどんな魚のことを言っているのだろうか。実は学名にざこという名前がついている淡水魚のなかまがいた。過去形になっているのは、オイカワとカワムツというそれらの魚は現在でも日本中に普通にいるのだが、最近それらの魚の属名zaccoが、他の名に変えられてしまったので日本にこの属名をもつ淡水魚はいなくなってしまった。
前世紀の初めアメリカの魚類研究者が採集した淡水魚の名前を近くにいた子供に訊ねたら、ざこと答えたので属名をzaccoとすることにしたという。だから雑魚が学名となってしまった、まさに正真正銘の雑魚といえる。
しかし、ごく最近、台湾の研究者達によってこのオイカワ属ともいえるzaccoからカワムツ二種がカワムツ属とも言うべきなのかNipponocyprisという新属に入れられた。そしてオイカワはハス属ともいえるOpsariichthysに入れられた。そのように考える人たちは、日本にzaccoはいないことにしてしまった。
朝鮮半島と日本にしかいないカワムツ属は
日本列島が大陸と陸続きであった三〇〇万年位前に
第二瀬戸内海湖の名残である
琵琶湖で発生したとも考えられる
しかし、今だもってオイカワの学名としてZacco platypusを使う人もいる。これでもややこしいのに、中国大陸の広大な揚子江流域にはこのZacco platypusが六つ位の多様な遺伝的グループとして広く分布しておりこの多様性に関する欧米および中国の研究者による多くの研究報告がこの二〇年近く出されていることである。
祖先の地でのオイカワに関するこのような研究が進めば、日本のオイカワにまたzaccoの属名を使うことになるかもしれない。というのは中国や台湾にいるOpsariichthys属の魚はハスを除いて口が小さくオイカワそっくりだからである。
なお、朝鮮半島と日本にしかいないカワムツ属Nipponocyprisは日本列島が大陸と陸続きであった三〇〇万年位前に第二瀬戸内海湖の名残である琵琶湖で発生したとも考えられるのでまさに日本のコイ科の魚と言ってもよい。
雑魚券としてざつぎょは釣りの世界で
ますます巾をきかせている
このように学名では消されかけているが、雑魚としてのオイカワは健在である。どういう訳か筆者の魚の量的変動の研究は、淡水魚ではオイカワで、海産魚ではウマヅラハギという雑魚で始まっている。これと関連して、二五年ほど前に神奈川県藤沢市の小学校で家庭科の公開特別授業として、〝どこにでもいる普通の魚の大切な役割〟というのを筆者はやっている。
この内容は、名取弘文編『おもしろ学校公開授業、雑には愛がいっぱい』(農文協人間選書一五九)の中で、雑穀(阪本寧男)、雑菌(小泉武夫)、雑煮(小林カツ代)と共に雑魚としてオイカワとウマヅラハギが紹介されている。共に、「公害魚」と呼ばれたり、「公害に強い魚」「公害で増える魚」と言われているのは筆者の研究内容や発言ともからんで皮肉なことである。
雑魚はざことも読むが、ざつぎょとも読む。ざこのほうはだんだん死語に近くなりつつあるが、雑魚券としてざつぎょは釣りの世界でますます巾をきかせている。試しに雑魚券で検索すると五〇万件以上遊漁券に関する説明が出てくる。
アユ、ヤマメ、イワナを除くいわゆるハヤ(ウグイ、オイカワ、カワムツなど)やコイ、フナその他もろもろを雑魚として扱い入漁料(遊漁料)を漁業協同組合がそれらを釣る人々から徴収するのである。
これは第五種共同漁業権の漁業権魚種としてこれらの魚種が認定されているからである。このいわゆる増殖漁業権が認められた魚種については、漁業組合に放流等の増殖事業が義務づけられている。
川の環境が富栄養化やダム造成によって
オイカワの増えやすい状態になっていた。
さらにそれを加速することが全国の川で行われていた
筆者が東京都の秋川でオイカワの調査研究を始めたのはこのことと関係している。大学院の指導教官であった桧山さんが都釣連に関係していたためか、秋川でオイカワの増殖方法を研究してみないかということになった。しかし、オイカワの場合は、特別の増殖策を施さなくても川の環境が富栄養化やダム造成によってオイカワの増えやすい状態になっていた。さらにそれを加速することが全国の川で行われていた。
ダムがつくられ、アユの天然遡上の途絶えた河川では琵琶湖のコアユをさかんに放流していた。その結果コアユに混入してオイカワ(後にはハスやカワムツも)がそれまで分布していなかった東北地方の川にまで〝移殖放流〟され爆発的に繁殖していた。
そこで、北は青森県から南は長崎県(川棚川はシーボルトの採集した川)までオイカワを採集し増えるメカニズムを究明しようとした。その結果明らかになった形態面での地域的分化の一つとして、脊椎骨数と水温との関係に見られる琵琶湖のオイカワの特異性がある。
環境省の外来魚問題小委員会で
水産業界で行っているアユの放流にも
いろいろ問題ありですよと皮肉った
ところで、「漁業者の川から釣り人の川へ」(『フィッシング』初出。『魔魚狩り』に再録)ということで秋川を後者の代表例として書いてから四五年、内水面漁業と釣りの関係はどうなっていったのか。アユの冷水病と外来魚問題でてんやわんやの状態であった。冷水病はオイカワにも水平感染するとか、オイカワは国内外来種であるとか雑魚もそれなりに問題にされた。
例えば、後者について言えば、環境省の外来魚問題小委員会で、水産業界で行っているアユの放流にもいろいろ問題ありですよと皮肉ったせいか、国立環境研究所の高村健二さんが『見えない脅威〝国内外来魚〟』(東海大学出版会二〇一三)の中で第六章琵琶湖から関東の河川へのオイカワの定着を書いている。
四五年前に形態学的に明らかになっていることを遺伝子解析でより詳細に明らかにしようとしたものである。それが明らかになったからといって今さらどうということもないのだが。
国内外来魚という見方をするならば、オイカワ、カワムツ、ヌマムツ、ハスどの魚にとっても琵琶湖のコアユ放流開始の一九二五年以前のそれぞれの分布域以外の地域では国内外来魚と見なされる。
これらの魚は日本中の河川や湖沼においてさがせば見つかる状態になっている。それゆえ、一〇〇年前の自然分布のせまい魚種ほど現在は国内外来種と見なされる地域が多数あるということになる。
ハス、ヌマムツ、カワムツ、オイカワの順で。
雑魚ですら、だからこそか、
数カ国の人々と地域によって
いいようにもて遊ばれている。
そういうこととは全く関係なく今でもオイカワは漁業権魚種として各地で大事な魚として増殖の研究が内水面水産試験場等で行われている。
例えば、福岡県では二〇〇八年より、〝オイカワ増殖手法に関する研究〟、〝オイカワ産卵場造成手法に関する研究〟、〝オイカワ種苗生産効率化に関する研究〟と合計二〇ページの研究報告がある。そこでは、岐阜県の一九七一年から三年間の研究報告を引用している。これはこの四五年間変わってないなあというしかないが、オイカワが国内外来種にあたる東北地方の県ではどうなのかと気にかかる。
それはそれとして、福岡県では、同じ研究報告にオイカワと同じ研究者が、〝福岡県に移入・繁殖したハスの生態に関する研究〟と、〝ハスの効率的駆除手法に関する研究〟を報告している。コイ科唯一魚食性を示し、アユやオイカワへの食害が確認されたというのが研究の理由である。琵琶湖ではこれまで述べた四種中で最も賞味され値段も高いのだが。
雑魚ですら、だからこそか、数カ国の人々と地域によっていいようにもて遊ばれている。
(フライの雑誌-104号 水口憲哉2015)
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