【公開】フライの雑誌-106号「釣り場時評79 ダムをつくるとアユはどうなるか 多摩川、球磨川、長良川、小国川とそれぞれのアユ」(水口憲哉)

フライの雑誌-106号(2015秋)より、「釣り場時評79 ダムをつくるとアユはどうなるか 多摩川、球磨川、長良川、小国川とそれぞれのアユ」(水口憲哉)を公開します。

水口憲哉氏の単行本『桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ!』と併せてお読みいただけると、日本のダムと利害関係者をめぐる背景がさらに見えてきます。

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釣り場時評79

ダムをつくるとアユはどうなるか
多摩川、球磨川、長良川、小国川とそれぞれのアユ

水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

ここ数年、東京都多摩川のアユがよく話題になる。今年五月のアユ遡上期にも「江戸前アユ」復活へ、と新聞やテレビで取り上げられた。これは、多摩川でも汲み上げアユをいよいよ始めることになったということである。

マスコミやお役所はこの汲み上げアユという言葉をあまり使いたがらないが、内水面漁業関係者にとってはあたり前のことである。海から遡上して来た稚アユが下流にあるダムにさえぎられてその下に溜るのを、採捕して上流域にまで車で輸送し放流するということである。

現在多摩川には一七、支流の秋川に一六の堰等が存在する。堰等といっても様々で全部が全部アユの遡上を妨げている訳ではない。

ただ最上流の小河内ダムのように難攻不落の要塞のような、太平洋戦争後にできた巨大なコンクリート製の構造物もある。また、羽村取水堰のように江戸時代初期につくられ一九〇〇年に現在の形状になったものや、秋川との合流点下流にある昭和用水堰は一九五五年にコンクリート製になった。また、一九三六年につくられた調布取水堰や一九四九年につくられた二ヶ領宿河原堰のように東京都と神奈川県の水需要の変遷にふり回された堰もある。

今回はアユの汲み上げを入り口として、ダムとアユをめぐる現況を見てみる。

国は、ちゃんとした魚道をつくればダムを建設しても
アユやサツキマスには何ら影響しないということを証明しようとした。
しかし二〇年後の現在、そのことがうまく証明できず、
アユは汲み上げます、となった。(多摩川)

ただ、戦前まではこれらの堰の多くが木製だったり、洪水で流されたりということが起こりアユにとっての障壁として常に立ちふさがっていた訳ではない。しかし、戦後これらが皆コンクリート製となりいくつかの堰には形式的に魚道がつくられてはいたが、東京湾も多摩川も水質汚染のひどい年代には上流の奥多摩と秋川での琵琶湖からのコアユ放流以外は、天然アユを釣るのは全くの夢という時期が続いた。

しかし、水質汚濁への対応が開始され、東京湾で過ごしたアユの稚魚の多摩川への遡上アユも一九七五年頃より細々と見られ始めた。これは、一九七〇年前後最悪だった多摩川の水質が、一九七五年頃にそれまでの半分のレベルまで改善されたことと関係しているのかもしれない。そして、その後に更なる水質改善の大きな変化が見られるのは一九九〇年代後期である。しかし、東京都の水産試験場が一九八三年より調布取水堰の下流に設置した定置網によるアユ遡上量推定調査の結果とこの水質改善経過とは一致していない。

実は、ここ二〇年近く国土交通省等がダムのアユ遡上を促進するべく行っている事業がアユの遡上量の変化に微妙に影響しているようである。

本流にダムのない長良川で河口堰という強大なダムの建設工事が始まったのは一九八八年であるが、その前後から建設反対運動が起こり釣り人を始め多くの人々の関心を集め全国的な運動へと拡がった。結局は、その運動は政局の迷走もからみ一九九五年の河口堰運用開始を止めさせることが出来なかった。

しかし、全国に拡がった河川のあり方への人々の関心のたかまりが国の河川行政に大きく影響し、建設省(後の国土交通省)の役人達もまがりなりにも川の魚のことを考えざるを得なくなった。すなわち、つくるだけつくってしまったダムも、何か魚のための手なおしをしないとそれをもたせることが出来ないような情況になった。

一九九一年(平成三年)から始まった、国の「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」による魚道整備が全国で始まった。これは過熱化する長良川河口堰反対運動への対応であり、ちゃんとした魚道をつくればダムを建設してもアユやサツキマスには何ら影響しないということを証明しようとする事業でもあった。

しかし、二〇年後の現在、そのことがうまく証明できず、アユは汲み上げますというのが今回の結末である。河川における魚の生活史を完結させることを目的とし、横断工作物(ダムや堰等のこと)によって遮られず遡上・降下できる河川の実現を目指すこの事業に、多摩川・秋川は平成四年三月にモデル河川として指定を受けている。

二〇〇七年、国からの要請で都が、
アユの遡上期に限って調布取水堰を開放したことの意味は大きい
(多摩川)

それまで八ヶ所の横断工作物に一応魚道と呼ばれるものがつくられており多摩川で部分的にアユは少しではあるが移動していた。そしてこの事業によって新たに九カ所の横断工作物に対して国土交通省が直轄で魚道の新設や改修の整備を行った。その結果、お役所のつもりでは河口から小河内ダムの直下までアユが移動可能な範囲ということになった。

それでは、このような事業によってアユにどのような変化が起こったのだろうか。

東京都の水産試験場の本場に相当する島しょ農林水産総合センター監修の「江戸前アユの復活をめざして」(海洋と生物一九七別冊・二〇一二年発行)等を参考にその経過を見てみる。一九八三年よりガス橋近くの定置網による採集調査による毎年のアユ推定遡上数は二〇〇二年には一〇〇万尾を超え、二〇〇七年には二〇〇万尾を超え、二〇一二年には一一九四万尾となった。以後五〇〇万尾前後を維持して推移している。二〇〇七年、国からの要請で都が、アユの遡上期に限って調布取水堰を開放したことの意味は大きい。

いっぽう、定置網で採取した稚アユ、四千尾から九万尾の脂ビレ切除による標識放流調査を行ない、平均再捕率〇・六%の再捕魚の移動を確認した。羽村および小作の取水堰より先の最上流まで遡ったアユも非常に少数だがいる。二〇〇〇年昭和用水堰に新魚道設置後秋川での再捕魚が増加した。しかし、大部分が二ヶ領宿河原堰の下流域に溜り小型化しているので汲み上げせざるを得ないということになって、江戸前プロジェクトという次第である。

下流の多摩川漁協は目の前の小型アユを汲み上げての販売事業となる。また、奥多摩、秋川両漁協は、富山や宮城から人工生産稚アユをこれまで買っていたのを、天然アユ、それも自川のものに切り替えられるということである。〝漁業者の川から釣り人の川へ〟(水口1972/『魔魚狩り』所載)というこの四〇年の流れのトップランナーである秋川漁協については、また機会をあらためて検討したい。

漁獲量が三三%に、アユ遊漁証販売数は
年券で四二%に、日券で二四%と惨憺たるものである。
毎年一二〇〇万尾以上、放流し続けているにもかかわらずである。
(長良川)

多摩川水系の魚道改修のきっかけとなった長良川河口堰は現在どうなっているのだろうか。政治家のパフォーマンスもからめてお粗末なゴタゴタは相変わらず続いているがアユに限って見てみる。

水資源機構の長良川河口堰管理所が運用開始以来二〇年間調査したアユの河口堰遡上数を公表している。五万から二七〇万尾、平均六九万尾である。多摩川でも国土交通省の京浜河川事務所が調布取水堰におけるアユ遡上数調査を行っており、昨年まで九年間の年平均遡上数(推定値)を約二一九万尾と発表している。長良川の三倍である。

長良川は河口堰ができる前は今の十~二〇倍くらい遡っていた可能性がある。そのことは昨年公表された「岐阜県の水産業」という公式統計からも読み取れる。

河口堰建設反対運動がさかんだった一九九二年(平成四年)前後三年が岐阜県のアユ漁のピークで、その二〇年後には、漁獲量が三三%に、アユ遊漁証販売数は年券で四二%に、日券で二四%と惨憺たるものである。運用開始の一九九五年の一五三・六トン(約一五〇〇万尾)をピークに毎年一二〇〇万尾以上放流し続けているにもかかわらずである。

建設に同意していた組合長達の代理人が
国の補償額では同意できないと言い出し、
県収用委員会は途中で空中分解してしまった
(球磨川)

アユが川を遡り始めるこの春、もう一つ汲み上げで話題になったのが熊本県の球磨川である。三月六日の朝日新聞が、〝球磨川アユ、懸念の春 放流資金メド立たず〟という見出しで報じていることの裏事情は次のようなものである。

川辺川ダムの建設が中止になったのを受けて、熊本県は県営の荒瀬ダムの廃止を決定し、この三月にダム撤去工事の主部分が完了する。その結果自然な川の流れが回復し、アユが遡上できるようになるとして、荒瀬ダムが建設された一九五四年以来球磨川漁協に熊本県が毎年支払っていた「アユ遡上損害補償」を今年度で打ち切ることにしたのである。当たり前のことである。

球磨川漁協はこの一〇六〇万円の補償を下流にある球磨川堰でのアユ汲み上げ費用に当てていた。しかし、荒瀬ダムの約一〇キロ上流に一九五七年に建設された魚道のない瀬戸石ダムがあるのでこれまで通り汲み上げをやり続けなければならない。しかし、その費用が打ち切られた。

そこで球磨川漁協は瀬戸石ダムを運営している電源開発(現Jパワー)と〝アユ遡上阻害補償〟の交渉を新たに始めた。そうしなければこれまで六〇年近く続けて来た汲み上げての上流や支流川辺川への放流が出来なくなってしまう。これを書くにあたり球磨川漁協に問い合わせてみたところ、交渉の結果、ほぼ同額近いものが出るようである。電源開発としても新たに何億かかるか分からない魚道をつくるよりはという考えなのだろう。

球磨川では、川辺川ダム建設に当り漁業権の強制収用を国が目論み、熊本県収用委員会でその補償額の検討をすることになった。筆者は建設反対の漁協組合員の代理人として、国の提示している補償額はあまりにも低過ぎるということを理詰めで証明したら、建設に同意していた組合長達の代理人が国の補償額では同意できないと言い出し、県収用委員会は途中で空中分解してしまった。

今になって、よくわかることだが、球磨川漁協の組合長以下国交省との漁業補償交渉に応じた人々の腹の内は次のようなものだったのではないのだろうか。

「荒瀬ダムや瀬戸石ダムが下流にはあり、本流の上流には市房ダムもある。天然遡上はなく、汲み上げアユに頼っている川だから、川辺川ダムが支流に出来たとしても今さらどうということはない。ダムが出来たら、アユの放流先の配分の仕方がいくらか変わるかもしれないがたいしたことではない。それより、国が払うというのだからしっかりと受け取るべきだ。しかし、水口の言うところによればもっと取れるようだ。ここは一つ県収用委員会を利用してもっとねばったほうがよい。」

その結果、農民が起こしていた別の裁判での福岡高裁判決もあって、川辺川ダムの建設計画は中止となってしまった。建設同意の組合員はひと稼ぎ仕損なった。

建設反対の組合員はそれまでの汲み上げ依存の川にもどっただけで何も変わりはないはずだったのが、世の中の流れを動かし、荒瀬ダム撤去ということになった。

パタゴニアや全国の支援者がその金額を
小国川漁協にカンパしていたらどういうことになっていただろうか
(小国川)

これまで見てきたアユをめぐる話を整理してみる。

多摩川:中、下流で稚アユを汲み上げて、上流に放流するという事業をこれから始める。

球磨川:川辺川ダムができてもできなくとも下流に瀬戸石ダムと荒瀬ダムがあるので、球磨川漁協は毎年下流の球磨川堰で稚アユを汲み上げるという六〇余年の歴史がある。

長良川:二〇年前につくられた河口堰の魚道を遡る分と人工生産アユの放流とでまかない、昔も今も汲み上げはやっていない。しかしアユ釣りは衰退の一途である。

一番早くにダムが出来て、天然遡上が無くなり、東京都産のアユの人工種苗放流もやっていなかった多摩川がおくればせながら球磨川のようなことを始めようというのである。

ダムのない川と言われた長良川が魚道付きダムと人工ふ化放流で対応しようとしているのを、山形県の小国川ダムは穴アキダムという奇異なダム(魚道付きダムの変異?)と人工ふ化放流でアユをまかない長良川の後を追おうという訳である。

四月二二日朝刊の朝日新聞に掲載された意見広告『〝失うものは美しいもの〟パタゴニアは「石木ダム反対運動」を支持します。パタゴニア日本支社』に接し考えたこと。

(一) 石木ダム問題のことを全く知らなかったので、事実を報せるという重要な役割を果たしている。内容的にも、水余りのムダなダム。ダム建設の費用負担二八五億円を長崎県と佐世保市が負担し、そのうち一二六億円を国(国交省と厚生労働省)が補助する。千葉県在住の筆者も一〇〇円以上負担することになる。川棚川の洪水対策にも役立たず。行政代執行により住民六〇人の土地を強制収用し追い出す。とほぼ完璧。

(二) 土地の強制収用は、その上に建っている十三軒の家を取り壊すことでもあり、共同体としての村落ぐるみ根こそぎにして水没させようということであり、まさに基本的人権の侵害としか言いようがない。アユが遡上するか、アユ釣りが楽しめるかといったことは問題外の大問題と言える。

(三) ビジネスを手段に一企業が反対運動をするということ、シーシェパード支援もからみ異論もあるようだ。この点は「水辺のアルバム」(本号125ページ参照)で。

(四) 一面十五段のこの意見広告の費用というか、定価は朝日や読売の場合四千万円前後とのことである。本誌一〇三号の六六ページで、山形県、舟形町、最上町からの漁業振興の助成金が合計約四千万円であり、それがダム建設同意の交換条件としての漁業補償の前払いでもあると述べている。パタゴニアや全国の支援者がその金額を小国川漁協にカンパしていたらどういうことになっていただろうかとつい考えてしまう。山形県小国川ではダム問題がそれほど厳しい。

ダムをつくって清流をとりもどすという考えは、
原発をつくって明るい未来というのと殆ど変わりがない。

現在、その山形県では、ダムをつくって川をよくし、アユをふやすという時代錯誤のことがまじめに語られている。多摩川、球磨川そして長良川のアユをめぐってこの夏起きていることを見て来た。それは内水面漁業制度の泥沼の中で右往左往しているダムとアユをめぐる一幕の喜劇ともいえる。

しかし、そのことの意味もわからずに山形県のダムマフィアがでっちあげた最上小国川振興機構というのは、ダムをつくって清流をとりもどすということをさかんに言っている。

どう考えても一時代前の何もわかっていない、日本や世界の情勢を全く見ていない人々の考えとしか言いようがない。原発をつくって明るい未来というのと殆ど変わりがない。

どこかの国にアンダーコントロールされているウソつきおやじが、戦争法をつくって平和な日本というのも全く同じである。この夏は特別に暑い日が続いたが実は血も凍るような状況が進行している。

もしかしたら、アユがどうのと言っている場合ではないのかもしれない。

(フライの雑誌-第106号 2015年9月掲載)

桜鱒の棲む川 水口憲哉(2010)
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