フライフィッシングの一年

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フライの雑誌社、初の単行本

黒石真宏(著) 斉藤幸夫(絵)

四六判 352ページ 並製本 表紙4色 本文1色 税込価格2,447円(本体価格2,330円)


内容紹介『フライの雑誌』誌上で「フライフィッシング中毒」を連載していた黒石真宏さんによる12編の書き下ろしと、おなじく「優しき水辺」を連載中の斉藤幸夫さんの22葉のイラストを収録しています(斉藤さんは『フライの雑誌』誌上ではカラーでの作品発表が多いですが、この本のモノクローム作品もまた格別の深みがあります)。

実体験と空想を織りまぜ、さまざまな題材、さまざまな視点から新しい世界をつむぎだしている黒石真宏さんの文章は、誰もが一度は経験したはずの「熱狂の時」を圧倒的なリアリティをともなって思い起こさせます。

※ただいま品切れ中です。


目次

春の匂い/冬の夜の自閉的遊びについて/回帰/森村さんへの手紙/四月の釣りを巡って/川茂堰堤の釣り(太郎と花子のこと)/モンカゲロウ予報/バッタのいた川/奥多摩通い/一泊二日/風太郎が来た日/禁漁カタルシス/あとがき

抜粋

171ページ「奥多摩通い」より
奥多摩通いその年の夏は暑い日が続いた。梅雨の末期に大雨が降って各地で川が氾濫したが、八月に入ってからは、夕立のほかに雨らしい雨はなかった。

健二は夏に入る前にクルマを買った。自立して金を稼ぐようになってからの二年間に、ようやく格好のついた貯金をはたいたのだ。走行距離五万キロのライトバンで、四段マニュアル・シフト。色は白。中古車屋から、ナンバーがついたからいつでも取りに来ていいという連絡をもらって、大雨の中をその日のうちに引き取りにいった。その夏に、仲間たちと一緒に毎週奥多摩へ通い詰めるようになったのは、健二がこの白いバンを手に入れたのがはじまりだった。

クルマには、ラジオはついていたがステレオはなかった。釣りの帰り道ならば、AMラジオだけでもよかった。野球のナイター中継が聞ければそれで満足だったのだ。けれども、釣りにいくときはステレオがほしかった。ピーター・ポール&マリーのハーモニーだとか、スコットランド民謡やアイルランド民謡を一緒に口ずさみながら、朝、釣り場に向かってドライブしたいというのが、かねがね自分のクルマを買ったらそうしたいと思っていたことなのである。

それで、健二は釣り仲間のヒロに電話をした。

「そういうわけでさ、安いヤツでいいんだよ。どうせエンジンの音がうるさいんだからさ、高いのつけても意味がないと思うんだ」
「わかりました。とにかく今度の土曜日に店まで来てくださいよ。どれでも最低二割は引けますから」

ヒロは東京都下・東久留米市にある自動車用品を扱う店でアルバイトをしていた。

「あ、それでさ。いま思いついたんだけど、そのあとで奥多摩までいってみようと思うんだ。どうせ釣れないだろうけど、夕方だけ、イブニングライズ狙いで」

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