百匹釣り男の本

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釣られちゃった私。ユーモアとウィットの、極上エッセイ

渡辺貴哉(著)

B6判 224ページ 並製本 表紙2色 本文1色 とじこみ2葉 税込価格1,890円(本体価格1,800円)

ISBN 9784939003042


内容紹介フライフィッシングを始めたばかりのチミに。フライフィッシングに疲れちゃったアナタに。雑誌で好評をいただきました連載原稿の数々を一冊の単行本にまとめました。

都会に棲むフライフィッシャーマンの悲喜こもごもの日々を綴った「百匹釣り日記」、ハウツー本にうんざりの諸兄姉も納得の「百匹釣り男の鱒釣り場テク」、老フィッシングガイドとの交流を描いた「アイスプラントと老ガイド」(写真多数収録)、さらに書き下ろ
し「スパルタン星人」「小さな夏休み」を含む全15編でお送りいたします。ヒーリング効果もあり!?


目次

第一章 百匹釣り日記 
釣られちゃった私 ある日の鱒釣り場で 混んでんなー 百匹釣り男に春が来た 
親切なボート屋のおじさん 花咲か爺さんズ

第二章 百匹釣り男の鱒釣り場テク
エッグを持って鱒釣り場へ行こう まだまだあるよ、エッグの使い方
雨の日の鱒釣り場 あなたの釣果をグググイ~ッと上げるソフトハックル・フライを使った釣り
真冬でも百匹釣りをしたい貴兄姉に 百匹釣りを達成しちゃったアナタに

第三章 百匹釣り男の日々
スパルタン星人 百匹釣り男誕生前夜
アイスプラントと老ガイド 
小さな夏休み

抜粋

22ページ「百匹釣り男に春が来た」より
百匹釣り男に春が来た翌朝は午前中に東照宮を訪れたあと、キャンプ場に戻って早めの昼食を取り、ちょうどお昼頃、ハーリングをするためにふたたび湯ノ湖に向かいました。

湖岸には手漕ぎボートが何捜も裏返しにされて並べられています。

「あのー、手漕ぎボートを夕方まで借りたいんですが~」
「ハイ、いらっしゃい、お二人ですね」

ボート屋のオヤジは昨日の私たちのことなど憶えているわけもなく、まるで手のひらを返したような愛想の良さです。前金を払い、オールを受け取ると、彼女と二人で荷物をボートに積み込みました。ロッドを二本つなぎ、それぞれにラインを通して新しいティペットを結びました。

彼女はハーリングをするのはこれが初めてです。そこでボートに乗り込む前に、魚のアタリを教えることにしました。彼女にロッドを握らせてラインをのばし、私はティペットの先をつまんで虹鱒ちゃんの役です。

彼女の持っているロッドに「コツン!」とアタリが出るようにティペットをちょっと引っ張りました。彼女は「ン?」といった表情で私の方を見ています。

「今、竿先にコツンって感じただろ!? その瞬間に竿を引いてアワセるんだよ」
「ウン!」
「いいかい、行くよ~、ハ~イ虹鱒ちゃ~ん」

そう叫びながら今度は二、三度「グッグッ」と引っ張ると、彼女はそっとロッドを持ち上げました。

「ダメダメ、もっと『パシッ』って感じでアワセてみて、大丈夫竿は折れないから。じゃもう一回、ハ~イ虹鱒ちゃ~ん!!」

ロッドが空を切る音が聞こえました。今度のアワセはタイミングといいその鋭さといい文句なしでした。虹鱒になりきっている私が中腰のままで右に左に逃げまどうと、彼女は、

「華のお江戸は八百屋町~御用だ御用だー」

と歌を唄いながらガリガリとぎこちなくリールを巻いていきます。ふだんなら恥ずかしくて人前でこんなことできなくても、人間「二人の世界」にひたっているときはこんなもんでございますハイ。

ボート屋のオヤジが唖然として私たちを見ています。

ボート屋を出てすぐに二本のロッドを出し、タイプ2のシンキングラインでハーリングを始めました。一本には3グラムの小さめのルアーを、もう一本には12番のマドラーミノーを付けて、ゆっくりと流して行きました。

流れ込みを過ぎた所でアタリがあったらしく、彼女は大きくロッドを跳ね上げました。私はもう一本のロッドを取って、彼女のシカケにからまないように急いでラインを手繰り始めました。

魚とのやり取りまで説明していなかったせいか、彼女は私を真似て同じくらいのスピードでラインを手繰り始めました。

「も、もっとゆっくりでいいから」

魚は、強引に寄せられたのと、私がラインを手繰っている間ボートを止めてしまったために、ボートに向かって走る格好になりました。そうなると今度は私の指示通りにスピードをゆるめた彼女のリトリーブが裏目に出ました。

「あれっ?」
「バレちゃった? まだ魚ついてる?」
「えーわかんない」
「とにかく糸手繰ってみて、なるべく早く」

ボートの底にラインがどんどんたまっていきました。
「付いてないみたい」

やがて短めのリーダーに続いてマドラーミノーが水面に浮いてきました。

「残念、いいところまでいったのに」

ハーリングなんて二、三年やっていなかったので、私もかなり焦ってしまいました。彼女は「ゆっくり」と言われたかと思うと、その後すぐに「早く手繰れ」といわれてすっかり混乱してしまったのでした。
『ロッド二本じゃ惑うわな、そりゃ。俺も焦るし』
「じゃあ竿を一本にしよう」

ルアーが付いている方のラインを巻き取り、マドラー一本で勝負です。それからしばらく岸に沿ってゆっくりボートを漕いでいきました。

82ページ「雨の日の鱒釣り場」より
雨の日の鱒釣り場巨乳、じゃなくて巨鱒を釣るならビーズ

濁った水の中で魚にアピールするフライの色は何か? 私の経験で言えば、まず黒、それから蛍光色のグリーン、イエロー、オレンジ。あとはヒカリモノの金や銀などでしょうか。これらの色で巻いたウーリー・バガーは、濁った水の中でじつに効果があります。それからアセテート・フロスをアセトンで溶かしてボディを作る試験管ダワシ。ブナの木に何年かに一度大量に発生するといわれるブナ虫にそっくりですが、毛虫の類一般を意識していると考えていいでしょう。私が使う色は蛍光のグリーン、イエロー。タイイングのときには太目のレッド・ワイヤー(鉛線)をたっぷりと巻き込んで沈みやすくしておきます。

それにもうひとつ、濁った鱒釣り場での私の定番フライ、それはビーズ・フライです。これは手芸などに使われるビーズを使ったフライです。私、このビーズ選びにはちょっと時間をかけました。

渋谷の東急ハンズにブラリと立ち寄り、マテリアルになりそうなものを探しに行ったとき、教科書はおろかナーンモ入ってなさそうなペチャンコの鞄を下げて騒いでいる女子高校生のグループがいました。希有なことにその三人が三人とも面食いの私の視線を釘づけにしてしまうほど女の子たちです。

『か、かわいいジャン、みんな』

と思わず目が真ん丸になってしまいましたが、三人のなかでも、丸ぽちゃでひときわ人目を引く私好みの女の子が、高校生とは思えない豊満な胸の前に手首をかざして、

「みてみて、コレッテ~、けっこうイイッショ~」

と仲間の女の子たちに何やら見せびらかしています。

「なにソレ~、いいじゃん、いいじゃん」

彼女たちの話題になっているものは、何色ものビーズでできた綺麗な細めの腕輪でした。(それはちまたで「バントゥ」 と呼ばれ、その頃大流行りしていました)。私の目は思わずその子の手首にくぎづけになってしまいました。みなさん、はっきり言っておきます。私は巨乳も大好きですが、そのときは手首にくぎづけになったのです、手首に。何秒間かじっとその腕輪を見つめていましたが、ふと我に返り慌てて視線をはずすと、軽く鼻歌なんか歌いながら女子高校生たちに近づいていきました。

「その曲線、むっちりした悩ましいボディ、ウ~ン、いいよ、いいよ~、なかなかいいよ~」

私の胸は高鳴り、思わず、ナマ唾を飲み込んでしまいました。そうです、そのとき、私はビーズをフライのボディに使うことを思いついたのです。

彼女たちはそのまま階段を上ると、手芸のコーナーに入っていきました。私はこのフロアだけは、それまで一度も足を踏み入れたことがありませんでした。なぜって、ここにいるお客さんたちはほとんど女性で、店員さん以外は私のような三十過ぎのムサ苦しい男は一人もいないからです。しかしその日ばかりは何かに取り憑かれたようにフラフラと女の子たちにくっついていきました。

140ページ「アイスプラントと老ガイド」より
アイスプラントと老ガイドその年の八月、ぼくの釣りはかなり煮詰まっていた。

上京してフライフィッシングを始めてから一〇年たっていたが、学生のときも社会人になってからも車を持っていなかったので、釣りに行くときは、たいてい友人たちの車に同乗させてもらい、友人たちが選んだ釣り場に行くことがほとんどだった。それはそれで楽しいのだが、いつもと違う釣り場に行ってみたいというときもやはり遠慮してしまうし(だいいち、釣り場選びをすっかり他人まかせにしていたから、どこに行けばいいのか見当もつかなかった)、それに気心が知れているとはいえ、たとえばイブニング・ライズのときに「もう少し釣っていたいな」と思っても、友人たちが帰りたがっているのではないかと気が気でなかった。

釣り場にも不満が出てきた。東京近郊の釣り場では、ここ数年、釣り人の数が急激に増えた。だから釣り場で魚と向かい合うためには、まず人と先を争わなければならなくなった。これがどうにも性にあわない。それに東京から日帰りで行ける釣り場には、ごく限られた所にしか魚はいないし、ハッチの内容やライズが起こる時間などの細かい情報まで前もって知っていないと、なかなか満足がいく釣りはできない。場当たり的に釣りをしている者に釣れるほど、釣り場に余裕はないのだ。

東京で何年かそんな釣りを繰り返しているうちに、なんだか出かける前から釣れる気がしなくなって、ますます自分の釣りに広がりが感じられなくなってしまった。

ちょうどそんなとき、ニュージーランド(以下NZ)から一本のビデオ・テープが送られてきた。NZにはそれまでに三回、釣りに行っていた。その三回とも世話になったフィッシング・ガイド、アーサー・グレーからのものだった。

ビデオを見終わり、ぼくは、

「やっぱり、これがほんとの釣りだよなー」

とため息をついてしまった。アーサーが撮影したそのビデオには、前回、二年前にぼくがNZを訪れたときの釣りの様子が映っていた。ぼくもそうだったが、自分が釣りをしている姿を動画で見たことがある人は少ないのではないだろうか。

海外に出かけるたびに、何百枚という写真を撮った。写真は帰国後の愉しみでもあった。確かに、写真にはシャッターを押した瞬間に感じた何かが映し込まれているし、旅先での出来事をひとつひとつ思い出すための手がかりにはなるのだが、アーサーが送ってくれたビデオは、写真を眺めているときの「あのときはあんな感じだったなー」というぼくのイメージを圧倒して、釣り場で起こったことのすべてを再現していた。

そこに映っていたのは、ぼくがNZでいちばん好きな釣り場、ハウエアー湖の「ハンター」での釣りだった。

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