【品切れ】丹沢物語 -ビッグセッジ、魚止め その他の短篇
たおやかな丹沢を舞台に、山と渓、生きものを巡る連作短篇集
碓井昭司(著) 斉藤ユキオ(絵)
四六判256頁 税込価格1,800円(本体価格1,714円)
ISBN 9784939003103
“丹沢”は関東三県にまたがる雄大な山の連なりです。山並みは深く入り組んで多くの沢を擁し、都会に近いにもかかわらず四季ごとに美しい表情を見せてくれます。著者は釣り竿を一本持って、山奥深くへ入ってゆきます。山に身をおきそこから街を振り返ることで、人の営みのはかなさと愛おしさが浮かび上がります。
季刊『フライの雑誌』掲載の連作に書下ろし作品を編みました。瑞々しい筆致と爽やかな読後感をお楽しみ下さい。生きものが生きる喜びに満ちた一冊です。
目次
丹沢物語
- 春風ヤマメ
- ビッグセッジ
- Sの夏休み
- 解禁日探検隊、出動
- 大ヤマメのいる川
- 幻の谷
- 玄倉の蛙
- 泥酔の夜
- オーパーツ
- ユーシンの冬
- 怪飛行物体に遭遇す
- 夏の日の小さな嵐
- 魚止め
- 月の川
忠類川サケ釣り紀行
里川へ
秘密のヤマメ・ダービー
住みこみ校長
ツバメ
雨のち晴れ
抜粋
突然、耳元で川の音が炸裂した。釣りをしているときは忘れていたが、改めて川に注意を向けると、それは思っていたよりもはるかに強い音をたてて流れていた。見ると、ビッグセッジが風に吹かれてピラピラしていた。ヤマメをバラシたにも関わらず、なんだか楽しそうだった。リーダーをたぐると、テールのファーを激しくフレアーさせたビッグセッジが、風に吹かれているせいとばかりはいえない感じで、空中を行ったり来たりした。…「ビッグセッジ」
麦藁帽子の隙間から、そっとその人を見た。静かだけれど、熱心にウキを見つめていた。陽に焼けた顔と、丸い麦藁帽子。夏草に覆われた川をわたる風が、ぼくの鼻孔をくすぐっていた。Iも気になるらしく、ときどきその人を見ていた。
…間をおかず女性の声がした。「でもナマズって見かけは悪いけど、食べると美味しいのよ。わたし、大好き」 対岸にいるとばかり思っていたあの人が来ており、タモに納まって体を丸めている黒い塊を大切そうに眺めていた。…「夏の日の小さな嵐」
…間をおかず女性の声がした。「でもナマズって見かけは悪いけど、食べると美味しいのよ。わたし、大好き」 対岸にいるとばかり思っていたあの人が来ており、タモに納まって体を丸めている黒い塊を大切そうに眺めていた。…「夏の日の小さな嵐」
「何ヶ月も前から計画する釣りもいいけど、今日みたいな急な釣りもいいっしょ」とTが開口いちばんに言った。彼は人が良さそうに笑いながら、私に独善を押しつけているのだが、実を言うと、私はこのような突然の釣りが嫌いではなかった。海を泳ぎつづけて疲れているところに、突然に空から降ってくる浮き袋のような気がするのである。「どこから電話したの」Tは二十メートルくらい先にある清涼飲料水の自動販売機を指さして言った。「あそこ」
- 読者からの声
- 購入して四ヶ月。やっと読み終えました。後半の「ツバメ」は良かった。どの作品にも「わかるなー」と思う所があり、ビギナーの域を脱しない自分にも同じ感覚があることがうれしかった。碓井さんごめんなさい。あとがきが一番印象に残りました。『フライの雑誌』は毎号碓井さんのページが一番楽しみです。次はカブラーさんですけど。(I/愛知県)
- 久しぶりに夜を徹して読んだ。丹沢でなく丹後の田舎の山々におきかえて自然の内にとけこんだ。昨今は釣りも技術論主体の本が多いが、釣りに詩をうたわせてくれた碓井昭司氏。あとがきで氏が“人を信じる”と言っておられるが、私も人を信じることが自分の根底にあるのでうれしくなり、酒を一杯おかわりした。ありがとう。(K/京都府)
- 久しぶりに釣りに行きたいと思い二年ぶりにフライを巻きました。トゲのない(バーブレスな)内容で安心して読めました。碓井さんの書き下ろしをもっと読みたいと思いました。PS.カブラー斉藤さんの本も出して下さい。斉藤ユキオさんの絵が大好きです。(I/群馬県)
- 『フライの雑誌』は創刊以来すべて愛読させて頂いてます。碓井さんの文章も今まで誌上で拝見していましたが、単行本として読み直してみると、また格段の良さがありました。ぜひとも今後の続刊を楽しみにしております。釣り文学は数百冊読んできましたが、久しぶりにいい本と出会いました。(O/大阪府)
- 桜が咲くこの時期にようやく読み終えることができ、やっと渓に行くことができます。私が出かける岐阜の渓はここ数年大水害が頻発し、いくつもの谷が水路と化しており、年令も加わって足が遠のく一方でした。『丹沢物語』と一緒に釣りミステリー傑作選という文庫本も手に入れ、釣りという文化に一層の親しみを再確認しました。釣りという行為は単純でも目的は人さまざま。生態系の破壊まで考慮しなければならないとなると、ただ釣ってばかりもいられないとも思います。『フライの雑誌』も頑張って下さい。(M/愛知県)