『フライの雑誌』第91号〈特集◎ただ一本の竹竿(バンブーロッド)〉より、〈バンブーロッド私感 意志を持ったライン〉(2010)を公開します。
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バンブーロッド私感
意志を持ったライン
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本誌創刊編集長の中沢孝氏(故人/敬称付)のキャスティングは独特であった。グラファイトロッドもうまいがとりわけ、やわらかい竹竿のキャスティングが絶品だった。
力を入れずに、バックへ送り出すようにしてラインを伸ばす。スピードはないがラインは落ちない。そこからやはり力を入れず、見えないゴムでつながっているかのようにフォワードへロッドを持ってくる。
と、今度はラインが意志を持っているかのように、水面と平衡にするすると伸びていく。
「竿を振っちゃだめなんですよ。」とよく言われた。竿は振るものでしょうに、と内心思いつつ、動きを真似した。「バックとフォワードそれぞれで、ティップをかるく突き上げるようにしてごらん。」
そのイメージでロッドを操作すると、素人バレエの発表会みたいで明らかに妙だったが、「そうそんな感じ。」とほめられた。そんなもんですか。
使う人によってロッドは生きも死にもする。とくに竹竿は。
扱いづらい竹竿を操れることは大人のフライ釣り師の象徴だった。自分もいつかああいうラインを出せる日が来るだろうかと憧れた。
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当時中沢氏には「釣りに使ってみて。」と色々な竹竿を渡された。
レナード、ウィンストン、サマーズ、フリース、アロナー…その他たくさん。とても恵まれた状況にいたのだと今なら分かるが、当時20代の私は正直よく分かっていなかった。どんな竹竿でも釣り場ではびゅんびゅん振った。
竹竿には竹竿ならではのさわり方がある。その感覚をつかむには場数を踏むしかない。それを実地で教えてくれようとしていたのかもしれない。
リスクありすぎなやり方だが。
私はそのうち国内のビルダーを中心に竹竿を集めはじめた。選ぶ基準は「ビルダーの人間性が好きかどうか」。竹竿は人間が作るものだから、そういうのが動機でもいい。
ただ、釣り場で使いたい竿とそうではない竿は、ハッキリ分かれる。それを理解するまでに出血多量で死にそうになった。自分の好みを把握するには経験が必要だ。デスマッチで臨もう。
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早春、赤城山麓の管理釣り場で島崎憲司郎さんの釣りを見た。
ものすごい強風の中、島崎さんのラインは水面すれすれをしゅるしゅると伸びていく。風を切り裂くでもなく、ナチュラルに進むそのラインの伸び具合が、私には中沢氏のそれに重なって見えた。
その日の島崎さんは中村羽舟さんのつくる羽舟竿を使っていた。島崎さんはここ数年ほとんど羽舟竿しか使わないと後から知った。
そして80歳にならんとする羽舟さんは、極寒なのにびっくりするほどの薄着でひょうひょうとして池のほとりに立っていた。淡々と自作の竹竿を曲げる姿は、文句なしにカッコ良かった。
竿にさわらせてもらうと、毛鈎とラインとティップとグリップと手のひらと腕とからだの軸まで、一瞬にして細い中空のチューブのようにつながった気がした。
じつは中沢氏から羽舟竿を借りたことがあったが、その時はどうにもならずに諦めていた。
あれから10数年たって、この竿と今の自分なら、伸ばすラインを変えられるかも。そんな風に思った。
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堀内正徳
(編集部)
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