Backcasts:
A Global History of Fly Fishing
and Conservation
Univ of Chicago Press (2016/7/11)
EDITED BY SAMUEL SNYDER, BRYON BORGELT, AND ELIZABETH TOBEY
With a Foreword by Jen Corrinne Brown and Epilogue by Chris Wood
Part Three: Native Trout and Globalization
11:
A History of Angling,
Fisheries Management,
and Conservation in Japan
Masanori Horiuchi
(translated by Takayuki Shiraiwa)
・・・・・・・・ 概要紹介 ・・・・・・・・
日本のマス釣りを知っていますか
堀内正徳(東京都、日本)
[概要]
日本の川と湖にもマスが生息し、マス釣りが行われている。本稿ではまず日本の川と湖の地質学的な特徴を概説し、再生産しているマスたちを紹介する。次いで、日本のマス釣りの社会学的な背景を明らかにするため、釣りにまつわる行政システムの説明を行う。さらに、近代から現代に至るまでの、釣り人による河川環境保全の活動史を記録した上で、現在の日本のマス釣りをとりまく諸問題を、釣り人の視点から整理する。マス釣りに関する水産研究の最新成果を紹介すると共に、若干の分析と考察を加え、日本のマス釣りを持続的に楽しむための提言を示したい。
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CONTENTS
第1章 日本の釣り場環境
アジア・モンスーン地帯に位置する日本は、周囲を海に囲まれた島国である。
1-1 国土が狭く人口が多い
1-2 箱庭のような川
第2章 日本のサケ科魚類
日本の渓流域で生息数が多く、フライフィッシャーから広く愛されているサケ科魚類はヤマメ、アマゴ、イワナ、ニジマスの4種だ。
2-1 ヤマメ、アマゴ
2-2 イワナ
2-3 ニジマス
第3章 近代日本における川、魚、人の関係
約3千年前の内陸の遺跡から、ヒトに食べられた痕跡のある50センチほどの魚の骨が、原初の骨角バリと一緒に出土している。釣りを楽しんだ祖先の笑顔を思う。
3-1 川漁師の生きた時代
3-2 伝統漁法、テンカラ釣り
3-3 川と魚は誰のものか
第4章 環境保全への釣り人からのアプローチ
第二次世界大戦後、1950年代に始まる高度成長期と呼ばれる時代は、経済成長が政治と社会の最優先の課題となった。1960年、当時の自民党池田内閣は「国民所得倍増計画」を掲げた。道路や鉄道網の整備、工業地帯の建設などの名目で、国土の狭い日本の至るところで開発が行われた。政治と行政が主導して行う大型公共投資の象徴が、ダム開発や河川改修の土木工事だった。
4-1 奥只見の魚を育てる会
4-2 長良川河口堰反対運動
4-3 多摩川を理想のつりぼりへ
第5章 マス釣り人の全国ネットワーク、トラウト・フォーラム
奥多摩川における「キャッチ・アンド・リリース区間設定」の運動は、奥多摩漁協の同意を得ることができず、実現しなかった。多摩川での活動をきっかけに知り合った釣り人が中心となり、日本初のマス釣り人の全国組織─トラウト・フォーラムが生まれた。
5-1 トラウト・フォーラム発足
5-2 釣りの観点から河川環境を考える
5-3 キャッチ・アンド・リリースとその先へ
第6章 釣り場と社会、転換の時代
1980年代に入ると、ルアー釣りによるブラックバス釣りが爆発的に流行した。若い世代の釣り人が大量に流入し、バス釣り関連産業が急伸長した。ため池やダム湖などの岸辺にはルアーロッドを持った釣り人があふれた。その状況を苦々しく受け止める層もあった。
1992年のリオ環境サミット以降、生物多様性の言葉がマスコミに登場する機会が多くなった。1990年代末から2000年代初頭の日本で、生物多様性は正しく理解されずに、外来種の排斥運動として具体化した。主に目の敵にされたのはブラックバスだった。
6-1 生物多様性とブラックバス
6-2 水産庁連続勉強会と釣人専門官
6-3 渓流魚は量より質の時代へ
6-4 放流から自然産卵の促進へ
第7章 これからのマス釣り
マス釣り場をとりまく環境は、直近約20年で状況が激変した。これからの20年を見通す。
7-1 釣りブームは終った
7-2 北海道は理想の釣り場か
7-3 20年後のマス釣りの未来は
7-4 釣り人はあきらめない
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フライフィッシングの対象魚としてヤマメとアマゴは偉大な好敵手だ。夏でも20℃を越えない清冽な水に棲む彼女たちは(なぜか女性化したくなる)、警戒心が強く遊泳力はきわめて高い。ドライフライへ果敢にアタックしてくる。水中のフライへの反応もいい。とても美しく、淡白で上品な身は食べてもおいしい。
ヤマメ、アマゴともに、30センチを超えた個体は「尺もの」という尊称で呼ばれ、釣るのも格段に難しい。(2-1)
マス類の資源が乏しい日本において、多くの人は自然再生産したニジマスを有効に活用するべき資源だと考えている。大型の野生ニジマスを狙える釣り場として、北海道の川は世界的に注目されつつある。この点については「7-2」で述べる。
北海道の野生ニジマスを、北海道の貴重な観光資源にすべきだとする主張もある。その一方で、生物多様性を原理主義的にとらえる立場からは、ニジマスは日本の川にふさわしくないという意見も近年になって出てきている。この議論は現在進行中である。(2−3)
1990年代末から2000年代初頭の日本で、生物多様性は正しく理解されずに、外来種の排斥運動として具体化した。主に目の敵にされたのはブラックバスだった。
日本の在来魚が減少しているのは、ブラックバスに代表される外来魚による食害のせいだという主張が2000年前後に出現した。そのころの国内経済は、デフレーションに悩まされていた。不況への苛つきから派生したナショナリズムと、外来種の排斥運動とが結びついた。(6−1)
内水面の漁協は高年齢化している。漁協経営は釣り人からの遊漁収入に頼っている。解散して漁業権を手離した漁協もある。
いまや釣り人と漁協は対立する相手ではない。「いい自然環境、いい釣り場を残したい」という目的のもとに、補完しあう仲間同士だ。河川環境を破壊するダムや河川改修などの開発行為に対して、漁協が釣り人と共に立ち向かう姿勢をとることが重要だ。(7−1)
夢もある。
第4章でとりあげた多摩川は都市型河川の典型だ。40年ほど前までの多摩川下流域は生活排水と工業汚水の排水路にすぎず、生物の棲める環境ではなかった。しかし下水道の普及で水質は回復し、魚道が設置されて、近年は遡河性のウグイやアユが再生産する川になった。
魚道が上流域まで完全に整備されて産卵場が確保できれば、サクラマスの復活も夢ではない。サクラマスの魚影が戻った近未来の多摩川を夢想する。そして多摩川が他の都市型河川の未来のモデルケースとなってほしい。(7−3)
最後にどうしても原発事故のことに触れざるを得ない。2011年3月に福島県にある東京電力株式会社福島第一原子力発電所が事故を起こした。事故は収束したと政府は言っているが、それが嘘だということを国民は知っているし、諸外国も信用していないだろう。
今なお、燃料プールには使用済みの核燃料が数千本も入ったままだ。メルトダウンした原子炉の核燃料をどうやってとりだし、どのように保管するかの目処もたっていない。
原発事故で、東日本の山も川も湖も、虫も鳥も魚たちも人間も、ひとしなみに放射能の雲に沈んだ。同じ国土に人間が立ち入ることができない川がある。渓流の美しいヤマメやイワナが、放射能で汚染される日が来ようとは、筆者はこれまで想像したこともなかった。
釣り人と住民、漁業協同組合、行政、水産研究者は長年いっしょになって、きれいな魚がたくさん泳いでいる美しい川、たのしい釣り場を作ろうとがんばってきた。たくさんの人がどれだけ真剣に関わってきたかを考えるほどに、悪い夢を見ているような気分だ。
放射能汚染された自然の前では、キャッチ・アンド・リリースも生物多様性も、河川環境の保全もヘッタクレもない。あまりにもきびしく、後戻りができない現実を前に無力感におそわれる。
しかし、だ。釣り人は本当に無力だろうか。釣り人は常に次のライズリングを探している。愛する山と川と自分たちの頭上に放射能が降りそそいだ現実の中でも、釣り人は希望を捨てないことはできる。
釣り人はしつこいオプティミストである。日本の渓流は四季それぞれで美しい姿を見せる。今回紹介したマス類以外にも、フライフィッシングで遊べる愛らしい魚たちはたくさんいる。日本に来てくれたら筆者が案内します。(7−4)
「世界のフライフィッシャーによる生態系保全の歴史」の本で、〈外来種の排斥運動がー〉とか書いてるわたしの章は異質だったと思う。その分、編集者のサムさんによる査読の突っ込みも強烈だったけど、そこはこっちも意地になって、倍返しでエビデンス対応した。がんばってくださったサムさんにはもちろん、サムさんと我がままなわたしとの間に立って調整してくださった訳者の白岩孝行さんに、深く感謝します。(堀内)
Backcasts:
A Global History of Fly Fishing
and Conservation
CONTENTS
Foreword: Looking Downstream from A River
Jen Corrinne Brown
Acknowledgments
Introduction. A Historical View: Wading through the History of Angling’s Evolving Ethics
Samuel Snyder
Part One: Historical Perspectives
1 Trout and Fly, Work and Play, in Medieval Europe
Richard C. Hoffmann
2 Piscatorial Protestants: Nineteenth-Century Angling and the New Christian Wilderness Ethic
Brent Lane
3 The Fly Fishing Engineer: George T. Dunbar, Jr., and the Conservation Ethic in Antebellum America
Greg O’Brien
Part Two: Geographies of Sport and Concern
4. Protecting a Northwest Icon: Fly Anglers and Their Efforts to Save Wild Steelhead
Jack Berryman
5 Conserving Ecology, Tradition, and History: Fly Fishing and Conservation in the Pocono and Catskill Mountains
Matthew Bruen
6 From Serpents to Fly Fishers: Changing Attitudes in Blackfeet Country toward Fish and Fishing
Ken Lokensgard
7 Thymallus tricolor: The Michigan Grayling
Bryon Borgelt
Part Three: Native Trout and Globalization
8 “For Every Tail Taken, We Shall Put Ten Back”: Fly Fishing and Salmonid Conservation in Finland
Mikko Saikku
9 Trout in South Africa: History, Economic Value, Environmental Impacts, and Management
Dean Impson
10 Holy Trout: New Zealand and South Africa
Malcolm Draper
11 A History of Angling, Fisheries Management, and Conservation in Japan
Masanori Horiuchi
Part Four: Ethics and Practices of Conservation
12 For the Health of Water, Fish, and People: Women, Angling, and Conservation
Gretel Van Wieren
13 Crying in the Wilderness: Roderick Haig-Brown, Conservation, and Environmental Justice
Arn Keeling
14 The Origin, Decline, and Resurgence of Conservation as a Guiding Principle in the Federation of Fly Fishers
Rick Williams
15 It Takes a River: Trout Unlimited and Coldwater Conservation
John Ross
Conclusion. What the Future Holds: Conservation Challenges and the Future of Fly Fishing
Jack Williams and Austin Williams
Epilogue
Chris Wood, CEO, Trout Unlimited
Appendix. Research Resources: A List of Libraries, Museums, and Collections Covering Sporting History, Especially Fly Fishing
Contributors
Index