鉄の頭、スチールヘッド、それは海へ下って川へ帰ってきたニジマス。神々しいまでの美しさと、比類のないパワーを誇る。数はきわめて少なく、生態はいまだ謎が多い。
釣れないから焦がれるのか、美しいから求めるのか。スチールヘッドを専門に追いかける釣り人は、人生のすべての価値観をこの釣りに注ぐこともめずらしくない。〈スチールヘッダー〉と呼ばれる彼らの胸の内には、巨大な自尊心と、少しの自嘲と、燃えたぎる情熱が混在する。
北米やカムチャツカへ行かないと出逢えないと考えられていたスチールヘッドが、じつは日本にもいるのだと、以前から一部の釣り人の間ではささやかれていた。狙って釣れる魚ではないけどね、と付け足されるのが常だった。
夢の魚は、手を出さなければ夢のままで終わる。
夢で終わらせたくない釣り人もいる。
(特集リード文)
『フライの雑誌』第108号(2016年4月発行)で特集した〈日本のスチールヘッド〉には、大きな反響をいただきました。日本の釣り雑誌で初めての、国内のスチールヘッド釣り特集でした。
「どうせでかいニジマスだろう。」から、「釣りにはでっかい夢があった方がいい。」、「そんな魚が日本にいるならぜひ釣ってみたい。」まで、釣り人たちの声は様々でした。
そう遠くない未来、おそらくたった2、3年もたたないうちに、〈日本のスチールヘッディング〉はごく当たり前の、ただし極上のフライフィッシングになっているはずです。
以下、特集〈日本のスチールヘッド〉34ページから、「ニジマスよ、海を目指せ」を転載します。
年が明けました。いよいよ北海道のスチールヘッド釣りのシーズンインです。
日本のスチールヘッド・フライフィッシングについて、現場からの生々しい報告は『フライの雑誌』第108号に載っています。
(編集部)
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ニジマスよ、海を目指せ
〈スチールヘッド。鉄の頭という名を持ったこの魚は、海から何百㎞も入りこんだ山中の流れの中に誕生し、やがて海へ下り、数年の海洋生活で貯えたエネルギーを放出するために、また川を上ってくる。
巨大な姿になった伝説のモンスターと対決することに執念を燃やし、1年間貯えたエネルギーを同じように燃焼させようとやってくるフィッシャーマンを特にスチールヘッダーと呼ぶ(略)
スチールヘッドはひとくちでいえば川と海とを一生の間に何回か往復するレインボー・トラウト、つまり降海型ニジマスということになる。(略)
アラスカからアリューシャンを渡り、カムチャッカから北海道根室沖までの長い放浪の旅に時をすごし、また生まれ故郷の川へと戻ってゆく。最も長生きして7年。スチールヘッドの両親から生まれた幼魚は、最低1年間その流れの中で故郷の全てを脳裏に焼きつける。もっとも長いのは4年の間、川にとどまる。
その間はレインボー・トラウトとしての存在でしかない。まだスチールヘッドとは呼ばれていないのだ。〉 (芦澤一洋『私を呼ぶ川の匂い』小学館文庫)
芦澤さんは、自分がカナダで苦労して釣り上げた魚がスチールヘッドではなくて、まだ海を知らないニジマスかもしれないとガイドから言われたことに、〈深い失望感〉を覚えたと書いている。スチールヘッドとニジマスの間には、かくも越えがたい大きな溝があるようだ。
日本でのスチールヘッドのフライフィッシングは、これまで真正面から語られてこなかった。本号の原稿で奥田巌啓さんも書いているように、ニジマスなのか、スチールヘッドなのかの区別は、外見では微妙に分かりづらい。釣った時期、場所、状況、ファイトなどを勘案して「スチールヘッド」だと判断している。
魚が海へ下ったかどうかは、科学的には魚の頭骨にある耳石を調べれば分かる。だが釣り人にとってはだから何なのといったところだ。夢は耳石の中にはないだろう。
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そもそも、日本のニジマスは今から138年前の1878年(明治10年)に、日本政府の食糧増産政策の一環でアメリカ・サクラメント川水系から移入されたものが最初だ。以来何度も移入され、各地で飼育されてきた。日本の河川と湖沼に放流されてきたマス類の中で、いちばん数が多いのがニジマスであることは間違いない。
本誌連載中の加藤憲司さんによると、ニジマスはアメリカでも日本でも、異なる系統同士の交雑が進んでいるために、分類するのは困難だという。ただ日本のニジマスの系譜を考えると、サクラメント川はスチールヘッドが遡上する川だし、日本に多く放流されているドナルドソン系のニジマスは、カナダ国境に近いワシントン州のスチールヘッドを親にして選抜育種したものだ。だから日本の川に放されて長い年月がたったニジマスも、条件次第で海へ下るかもしれない。
サケ類は生態を環境へ柔軟に適応させて生きのこってきた。もともと〝いいかげん〟な魚ですからねと、茶目っ気たっぷりに教えられた。
ヤマメとサクラマス、イワナとアメマスは形態が全然違うけれども同じ魚だ。ニジマスとスチールヘッドとの関係もそのようなものと言っていいらしい。となれば、「日本のスチールヘッド」はぐっと近づいてくる。
北海道の自然をテーマにした雑誌「釣道楽」の編集発行人で碧風舎代表の坂田潤一氏は、北海道の釣りと自然に関する体験的な知識が豊富だ。坂田氏もニジマスは適応能力がとても高い、強い魚だと言う。環境に自分の暮らしをあわせて何とかしてしまうのだそうだ。
坂田氏が北海道の各地で釣ってきたニジマスは、全身に黒点の多い魚/黒点の少ない魚、胸びれ、尾びれに黒点がない魚/胸びれ、尾びれにだけ黒点がある魚、体型も幅広のもの、細長いもの、銀ピカの魚、頬が紅い魚、まるでカットスロートのようにエラの下へ赤い線が入っているものなど、本当に色々だという。北海道には様々な系統のニジマスが放流されてきた。それらが交雑した結果、今の状態になっているのではないか、ということだ。
坂田氏は、カナダでのスチールヘッド釣りの経験から、スチールヘッドの外見を次のように特徴づける。スチールヘッドの頭は平べったい。身体がずんどうで太くて長い。尾の付け根が太い、側線より腹側には黒点がほとんどない等々。
じつは今号に掲載した写真は、奥田さんと仲間が釣った数多くの魚の中から、一般的な「スチールヘッドの特徴」が出ているものを編集部が坂田氏と一緒に選んだものだ。その魚が「スチールヘッド」かどうかは釣り人それぞれが思うことだと、と坂田氏は考えている。
坂田氏によると、北海道では、晩夏から秋にかけて遡上するシロザケ、カラフトマスの群れに、銀色に光ってビカビカの魚がついてくる。それをスチールヘッドと呼ぶかどうかは別としても、日本のニジマスの中に、海へ下っている個体はいる。
環境さえあれば、本来持っている能力を発揮するのが生き物の本能だ、と坂田氏は言う。
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河川へ放流されたニジマスは流されやすい、と釣り人は経験的に口にする。たしかに大水がでれば放流ニジマスは一気に下流へ流される。養魚場のイケスで過密に育ったニジマスは虚弱で遊泳力が弱いからだ、というのが釣り人の定説だった。
そこで常識を疑ってみる。ニジマスは流されているのではなく、自ら下りたがっている、と考えたらどうか。
ニジマスは、人間にとって都合のいい利用目的のために、長年人工的に養われてきた〝家魚〟だ。多くのニジマスはコンクリートのイケスで生まれて育って死ぬまで人間の管理下に置かれる。そこに自由はない。
だが、いったん日本の川に放たれたニジマスの中に、何らかの条件と刺激で眠っていた野生の記憶をよみがえらせ、勇躍、海を目指す魚がいてもおかしくない。むしろ、いてほしい。釣り人的にはそんなワイルドでやる気のあるニジマスを釣りたい。
広大な海へとたどり着き、自由を得て大きく育ったニジマスは、数年後、今度は種の保存というあらがえない大きな力に突き動かせられ、危険を顧みずに日本の川へ帰ってくる。
そんな選ばれしニジマスを、フライフィッシャーはスチールヘッドという輝かしい称号で呼ぶ。もちろん、簡単には釣れない。その分人生を賭けて追いかけるに値する魚だ。
川と海とを、生き物が自由に行き来できる環境がなにより大切だ。
ニジマスよ、海を目指せ。
(第108号特集〈日本のスチールヘッド〉34ページ/堀内正徳/本誌編集部)
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第126号〈隣人のシマザキフライズ特集〉続き。島崎憲司郎さんのスタジオで2022.12.26撮影。狭いシンクを泳ぐフライ。まるっきり生きてる。これ笑うでしょ。まじやばい。(音量注意) pic.twitter.com/vFuHHPEJvh
— 堀内正徳 (@jiroasakawa) December 27, 2022
フライの雑誌 124号大特集 3、4、5月は春祭り
北海道から沖縄まで、
毎年楽しみな春の釣りと、
その時使うフライ
ずっと春だったらいいのに!