フライの雑誌-第103号(2014)から、〈釣り場時評76-2〉釣り人と漁協、 漁業権とダム(二) 「漁業者の川から釣り人の川へ」再考(水口憲哉)を公開します。
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釣り場時評76 2
釣り人と漁協、 漁業権とダム(二)
「漁業者の川から釣り人の川へ」再考
水口憲哉
(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)
フライの雑誌-第103号(2014年発行)掲載
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summary
●小国川ダムがこのような経過をたどれば、熊本県球磨川漁協の川辺川ダム問題とある意味よく似てくる。
●海は誰のものか。川は誰のものか。海も川も公有水面であり、誰のものでもなくみんなのものであると、言い続けなければならない。国や県が勝手にできるものでもない。
本誌巻頭(2ページ)の「釣り場時評」①において質問九への回答で、今回の小国川の場合漁業権放棄は法的には成立していないと言っているが、まずそのことを確認する。
十月八日には、小国川漁協、山形県、舟形町そして最上町が山形県のダム建設を漁協と両町が容認する協定を結び、漁協はダム建設に伴う漁業補償を県に対して要求しないとの覚書を交した。これは、九月二八日の小国川漁協臨時総代会での三分の二以上の賛成での決定にもとづくものであるがその内容には埋め立てによる漁業権放棄について不明確な部分がある。書面議決書の第2号議案の「ダム構造物等による永久制限区域二〇〇mを禁漁区域にするという行使規定の一部改正承認」が〝埋め立てによる漁業権の一部放棄の決定〟に相当するというのが県に指導された漁協の考えらしい。
しかし、禁漁区域にする永久制限区域の位置が明記されていない。すなわち漁業権が一部喪失する区域が特定されていない。これは、漁協がこれまで県のボーリング調査を認めなかったために永久制限するダム構造物建造区域が確定していないので特定できないのである。それゆえこの大まかな禁漁区域の網をかけ、ボーリング調査等を行いダム建造区域を決定しようという訳である。それまで具体的に一部喪失区域を特定することはできない。
次にダム建造のための埋め立てとその区域の漁業権放棄(変更と喪失)を決議するには、位置を特定した永久制限区域についての組合総会または総代会での三分の二以上の漁業権放棄決議が必要である。その手続きも踏まずに漁業権放棄されていない区域を禁漁区にしているに過ぎない。また、左ページ〈図〉にも見られるように組合総会で漁業権放棄(変更および喪失)を議決する前に組合員一人一人の書面同意を三分の二以上の組合員から集める必要がある。
以上のようなことから、小国川でダム建設にともなう埋め立てに関する小国川漁協による漁業権放棄はまだ成立していない。
●内水被害を防ぐための河床工事は可能
それではダムの建設に反対する小国川漁協の組合員に十月十三日現在出来ることは何か。埋立工事が始まり、漁業権が埋め殺しになる前に、漁業権の行使権者である組合員はまず工事差し止めの仮処分を山形地裁に請求することが必要である。次いで放棄には同意しておらず厳然として存在する漁業権の保全を求める本訴訟を行うことである。
小国川漁協に対する県や町の放流事業への助成に対する議会での審議状況や埋立工事への進行状況を見ながら本訴については充分の検討を行った後に提訴する。そして、本訴が判決に至るまでには長い時間がかかる。その間に二〇一二年九月に、ダム建設に反対する住民グループ「最上小国川の清流を守る会」が提訴したダム工事の公金支出差し止めを求める住民訴訟に対する地裁判決が出る可能性がある。これは沼沢前組合長が強く主張し続けた内水被害を防ぐための河床工事が可能であることをも証明する。
というのは河床工事は源泉に影響するから不可能だと主張する山形県は一九八九年に行ったボーリング工事で温泉湧出量の減少が起こったにも関わらず、一九八八年十一月に県が行った小国川左岸の護岸工事で湧出量が減ったとして温泉旅館金山荘が申し立てた損害賠償六四〇〇万円を山形県は言うなりに払っている。ダマされた県は川床に手をつけるのはタブーとなっている。このことは右の住民訴訟で明らかになっている。
●漁業権放棄賛成派の中に不満の声
小国川ダムがこのような経過をたどれば熊本県球磨川漁協の川辺川ダム問題とある意味よく似てくる。
二〇〇一年十一月、球磨川漁協の総代会でダム建設による漁業権放棄の議案が三分の二以上の賛成を得られなかった。そこで国土交通省は漁業権の強制収用を熊本県収用委員会に申請した。そして、二〇〇二年二月に、ダム建設を前提とし、漁業権の強制収用に当り、正当な損害賠償額(漁業補償に相当)を検討する収用委員会の第一回が熊本市で開催された。そこで激しい論戦が続くなか、翌年五月に、福岡高裁の利水訴訟で原告の農家が被告農水省の国営事業の不備を暴き勝訴した。
一方収用委員会では、ダム反対の漁民の代理人として筆者がアユについて正当な漁業補償金額を算定したことにより国交省の補償金額で交渉していた組合長たち放棄賛成派の中に不満の声があがり、委員会出席を中止したので委員会は空中分解してしまった。
そのこともあって、収用委員会は「新利水計画」が確定するまで審理ができないとして二〇〇三年十月より休会となってしまった。そして二〇〇五年九月国交省は漁業権の強制収用の申請を取り下げた。その後、川辺川ダム建設計画は中止となり、下流域の荒瀬ダムの撤去にまで至る流れができた。
なお、玉川漁協が拒否し続けた紀伊丹生川ダムは大阪府の水利用がなくなり建設中止となった。また、同水系の鹿野川ダムの汚水対策も出来ずに山鳥坂ダム建設とは何事かと断固反対の楠崎組合長の肱川漁協と河口沿岸の長浜漁協等が反対して国交省はダムをつくれない。
なお、球磨川漁協も水系の市房ダムの経験をもち、八代海沿岸漁協の支援を受けている。さらに、岩手県気仙川では内水面漁協が津付ダムの建設に同意したが、「めぐみ豊かな気仙川と広田湾を守る地域住民の会」等の粘り強い反対が続く中、東日本大震災の後岩手県はダム建設を断念した。
●アユがよく釣れるが故の悩み
このようにまだ出来ていないダムはいろいろな人々の取り組みでつくらせないことができるのである。
しかし、ダムの無い、水がきれいでアユのよく釣れる全国的に見ても素晴らしい川であるにもかかわらずというか、アユがよく釣れるが故の悩みを小国川漁協はかかえている。それは全国の優良な内水面漁協の直面している根本問題でもある。
そのことを、ダム建設同意の交換条件であり税金を使った漁業補償の前払いとも言える漁業振興の助成金がよく示している。
山形県:中間育成施設の機能強化に対する支援金、一一〇〇万円。舟形町:中間育成施設の改修費など、二三九八万円。最上町:運営支援費など、五〇〇万円。の合計約四〇〇〇万円を受けることによって、小国川漁協はこれまで通りの運営を続けてゆけるのである。
それでは、漁協の経営収支はどうなっているのか。二〇一三年組合員の賦課金(出資金)九八〇万円、遊漁料九八〇万円の収入に対して育成施設の運営等に必要な経常支出は二千数百万円で一三〇万円の赤字だったという。
一方、稚アユの中間育成施設の老朽化や供給井戸水の不足に対応するための予算数千万円の捻出が緊急に必要とされていた。六期二〇年近く組合長として川を守ってきた沼沢さんにとっての最大の悩みの種でもあった。
それゆえ、高橋新組合長の〝ダムと漁業振興が引き換えでも承認せざるを得なかった、そうでないと組合はもたない〟という談話や、ダム反対漁民の〝賢明な一つの選択であったかもしれない〟という苦渋のつぶやきも理解できる。
●釣り堀やパチンコ店化する漁協
川の中のアユについて、本誌七六号(二〇〇七年)で天然遡上は変わらず維持され、実質の遡上漁獲量も二、三〇トンと安定しているのだが、遊漁者の増加と共に放流量が増加し、遊漁者の漁獲量も増加していると述べている。そしてその後に二〇〇六年の小国川で行われたアユ釣りの大会の盛況ぶりを紹介している。この年の遊漁料収入は二〇七五万円だった。このピークに合わせて規模を拡大した育成施設が老朽化してゆくが遊漁者の数は減ってゆく。
放流量の増加で水ぶくれした川の中のアユと経営が遊漁者の減少で弱さを露呈し、そこに施設の老朽化が追い討ちをかけた。町工場で普通に見られる苦境に漁協もはまってしまったといえる。
漁業権と言うが、海面の第一種共同漁業権と異なり内水面の場合は、第五種共同漁業権であり、増殖(放流等いろいろ)が義務づけられている。このあたりの、ダムとアユと漁業権の関係を考察したのが初代釣人専門官櫻井政和さんの東京水産大学大学院修士学位論文「河川漁業衰退過程の社会史」(一九九一年)である。
漁業者の川から釣り人の川へと言われるが、内水面漁業協同組合は釣り人を相手に、釣り堀やパチンコ店の経営者たらざるを得ない。
58ページで紹介した全国内水面漁連の振興大会で提出された議案一)の提出者は福島県内水面漁業協同組合連合会である。十月初め、その傘下にある十九単協と中通りの養鯉業者から東京電力に対する損害賠償の相談を受けているのだがと、いわき市の弁護士から電話がかかってきた。『淡水魚の放射能』を読んでかと聞いてみると、そうではなく、水源連の島津さんから教えてもらってとのこと。島津さんは右に述べた川辺川ダム建設での熊本県収用委員会における筆者の漁業補償に関する論戦を知って紹介したと思われる。
●漁業者の川から釣り人の川へ
内水面漁協が言いたいのは海面漁協には多額の損害賠償が払い続けられているのに、放射能汚染のひどい浜通りの川の漁協をはじめ内水面漁協は同じ漁業権というものがありながら殆ど相手にされないということのようである。
これには内水面漁業振興法の基本理念でも言われている内水面漁業の二つの機能が密接にかかわっている。一、水産物の供給と二、多面的機能という二つの機能があると言っているのは、川を漁業者が漁業生産の場とすることから、釣り人が遊漁の場とする方向へ変わりつつあるというのを難しく言っているだけである。
この法の次項の定義では、多面的機能について「生態系その他の自然環境の保全、集落等の地域社会の維持、文化の継承、自然体験活動等の学習の場並びに交流及び保養の場の提供等内水面漁業の生産活動が行われることにより生ずる水産物の供給の機能以外の多面にわたる機能」となっている。
この法には遊漁者、釣り人、そして釣り場とは一言も入っていないが多面的機能は主に釣り人の川のことを言っている。そこにラフティングやカヤックが参入してくるようになったので協議会でそれらへも対応するということである。内水面が漁業生産の場すなわち水産物供給の機能をもつ場でなくなりつつあることに内水面漁協の損害賠償請求の難しさがある。それと共に釣り人の存在が大きな意味をもつ。
海面の場合には、二〇一一年五月に、現在の損害賠償が行われるかどうかわからない段階で県漁連から相談を受けた法律事務所から同様の電話がかかって来た。その時は、完全に自主休漁が行われ、汚染魚が市場に出回らないことと、これから全国各地で起こるであろう放射能汚染魚騒ぎへの明確な対応を判断するために必要なことと考え、休業せざるを得ない汚染状況であることを証明する資料について相談を受けることにした。
しかし、この場合は国が四〇〇ベクレル以上の水産物の出荷を禁止したので、漁獲しても流通させられないということで、県漁連は沿岸漁業の操業中止を決め、東京電力も前年までの漁獲に相当する休業補償をすることになったので相談を受ける必要がなくなった。
それゆえ漁獲物の売り上げより遊漁料収入の方が多い内水面漁協としては放射能汚染による経済的損失をどのように見積もるか悩む訳である。
川辺川ダム問題の際、球磨川漁協に対する国からの漁業補償の内訳には遊漁関連や放流事業関連の見積もりは全く入っていなかった。要は多面的機能の経済的価値を東京電力にどのようにわからせ評価させるかということである。
●川はみんなのものである
内水面漁業組合の実態を見た場合、専業の漁業者がいるのは限られたいくつかの川にすぎない。しかし、組合員の数はそれほどには減っていない。それでは、年一万円の出資金を払ってまでしてなぜ組合員であり続けようとするのか。
①網等での漁業が好きでやり続けたい。②釣りが自由にできればよい。③放流その他魚とつきあっているのが好き。④地元の川を守り続けたい。⑤川のある生活は伝統であり習慣である。⑥昔からの地域のつき合いもある。⑦時には漁業補償を受けられる。
しかし、開発や土木関係の役人や業者の中には、川に魚がいなくても溝や排水路として機能していればよいと考える人もいる。ラフティングをはじめ川の流れや水面を利用する人々は魚はいなくてもよいし、釣り人や漁業者はいないほうがよい。
漁業権放棄にからんで、海は誰のものか、川は誰のものかということがよく言われるが、海も川も公有水面であり誰のものでもなくみんなのものであると言い続けなければならない。もちろん、国や県が勝手にできるものでもない。
川辺川ダム問題で、そのような望ましい方向への動きが見え始めたがまだまだ先は長い。さて、釣り人はこれをどう考えるか。
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毎年楽しみな春の釣りと、
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ずっと春だったらいいのに!