「世の中には、二回だけその人を褒めて褒めて褒めまくっていいときがある。一回は結婚式。そして弔辞だ。」と開高健は言った。そして目を付けた相手に旅先で、毎夜寝る前に自分への弔辞を枕元で練習させた(「開高健 夢駆ける草原」/高橋曻/つり人社)、という。
練習させられる方はたまらんだろうと思う次第だが、年をとると、何かと冠婚葬祭に立ち会う機会が多くなる。これまで友人の結婚式のスピーチは数回やらせてもらったが、褒めて褒めて褒めまくったかというと、そうでもなかった。開高さんのこの本を早く読んでおけばよかった。友人ごめん。幸いにして弔辞はまだない。
結婚式というイベントは、この時とばかりに主催者が自分の好みを全開にしていいことになっている。その好みが招待される側のこちらとマッチしていればいいが、ずれていると宴の間の長い長い数時間をひたすら耐えるしかない。それはほとんど苦行に近い。
かつて出た披露宴で、友人がジャンボ鶴田のテーマ曲と共に入場してきた時には、拍手喝采した。しかし親戚の結婚式で、新郎が自分で熱い涙を流しながら「乾杯」を熱唱しちゃったときは、私はずっと下を向いていた。酔っぱらったそいつはさらに、ウルフルズの「バンザイ」を自分で踊りながら大声で歌い、しかもいやがる私を無理やりステージに引っ張り上げてマイクを突きつけて来た。仕方ないので私も「バンザーイ」とやった。今思い出しても胸が苦しい。
さて先週、年下の友人Mちゃんが、中学時代の同級生の女子の披露宴に出かけてきた。その同級生の女子には一回だけあったことがあるが、彼女の交友関係は全く知らない。ちょっと気になったので、Mちゃんにどんな雰囲気の披露宴だったのかと聞いてみた。
Mちゃんはう〜んと首を傾げ、「新郎の友だちがみんな袴着た『EXILE』みたいだった。」と言った。よく分からないがよく分かる。