『フライの雑誌』に「悩まないフライマンたちへ」を長期連載中。
鹿児島の中馬達雄さんの、今朝の釣り。
足もとのピンの群れを見つけて#10#12のストリーマーをキャストするが30匹ぐらいの集団でついてくるだけで口を使わない。陽は照って潮は流れない、時間も遅すぎる。常連の餌師が「おせーが!(遅い)朝ハヨは(早くは)サビキで30匹つったどー!」と機嫌良く帰って行った。
ヘンタイ心に火がついた! よーし、ストリーマー以外で釣ってやる!
下段はボロボロにされたビーズヘッドラビット#10とウーリーワーム#12.ブラックアント#12は一発で切られて画像なし。今朝の36匹のカマスはゲテモノ食い。
(中馬さんのFacebookから)
魚にとってみればどんなフライも、ゲテモノでも何でもない。30年以上海でフライを投げ続けている中馬さんが、あえて「ゲテモノ」という単語を使っているのはフライフィッシャーならではの逆説です。
中馬: …やっぱり宗教なんです。刷り込まれればすっぽり信じてしまう。どんなフライでも一応は釣れるんだよ、ということをまず自分自身の体で分かること。そうすれば妙な宗教から抜け出られます。(『フライの雑誌』第73号19ページ/「反骨のフライ」中馬達雄氏インタビューより)
特定の宗教に帰依したり、他人様の真似をするのは個人の自由。自分の経験と発想と価値と嗜好で、好き勝手に遊ぶこともできる。釣り人のどんな奔放も受け入れるだけの奥深さと可能性がある。そこが海フライに限らず、フライフィッシングの面白いところです。
マニュアル通りではなくて、自分の頭と体を使ったフライフィッシングをある程度やりこまないと、このあたりの感覚は分からないかもしれません。