小学校のセーフティ教室に参加してきました

なぜ「いかのおすし」

子どもの安全を守る標語として「いかのおすし」を警視庁は提唱している。連れ去りの犯罪を未然に防ぎましょうということだ。

【いかのおすし】
いか…知らない人についていかない
の…他人の車にらない
お…おごえを出す
す…ぐ逃げる
し…何かあったらすぐらせる  

はっきり言ってむりやりだ。べつに「いかのおすし」でなくてもしっくり来る語呂はいくらでもあったろうに。なぜあえて「いかのおすし」か。

小学生を対象とした「セーフティ教室」という授業がある。小学校が授業枠の一環で地元の警察に講演してもらう。夏休みの前など定期的に開催しているらしい。ぜひ親御さんも参加してくださいね、とのことなので私も行ってきた。

つい先日、駅前にほんのちょっと車をとめただけで18000円をぶんどられ憤慨中の不良親としては、◯◯警察と聞くだけで身構えてしまう。6歳児は学校に警察の人がやって来ると聞いて「おかねはらうの?」と母親にたずねたらしい。子は親の鏡である。

悪役登場

当日は体育館に低学年が集められて舞台に近い方に体育座りし、親は後方に並べられたパイプ椅子に座った。みちのくプロレスの会場みたいなセッティングだ。両サイドをかためている先生方はセコンドか。まず司会役の先生があいさつ。夏休みへの期待感を語って会場を煽る。

「それでは今日の先生をお呼びします。お願いしまーす」。司会役の先生が叫んだ。さすがに入場テーマはない。興行の流れ的には、最初に悪い人が出てくるはずだと思っていたら、舞台下手から太った中年男が登場。長身のわりと美形な若いおねえさんを引き連れている。中年はマイクを握ると、「みなさん。こんにちは〜。」と低い声でマイクアピールした。「◯◯警察からやってきました」。ほらやっぱり悪い人だ。私服じゃないか。 とすれば、お姉さんの正体は悪徳美人マネージャーか。だまされないぞ。

中年が「今日は、夏休みに向けてみなさんが安全に過ごせるように、セーフティ教室を開きます。みんなは〝いかのおすし〟って知ってるかなあ」。二年生と三年生が我先にとわあわあ叫びながら手をあげた。いきなり盛り上がっているがあまりにうるさく、セコンドが怖い顔をして場内を鎮めた。

タスケテーッ!

改めて冒頭の「いかのおすし」の説明が始まったのだが、小学生たちには周知の標語らしい。こんな妙な語呂を覚えさせるとは国語教育によろしくないな、と私は心中面白くない。次いで「ではロールプレイングをします」ということで各学年から一人ずつ代表者が出て、「いかのおすし」の実践をすることになった。

「知らない人からの問いかけには一切答えず、一定の距離を保って後ずさりし、一歩踏み出されたら大声でタスケテーッ!と叫びましょう」というのが警察が用意したシナリオだ。舞台でロールプレイングが始まった。「はんにん」が一年生代表の女の子に声をかけた。「ねえ、この近くに公園知らない?」。

ちょっと待て。それってごくふつうの会話だろう。私は近所の知らない子どもへ日常的にこれくらいの声がけはしている。「この近くに魚が釣れる沼あるんだぜ」とか。家族からは不審者に見えるからやめてと言われてはいるが、それはまた別の問題だ。

選ばれた一年生のとてもかわいい女の子は、太った中年に言われた通りにじりじり後ずさりし、「はんにん」が「ねえ、教えて」と一歩近づいたら、体育館の窓が割れんばかりの大声で、「タスケテーッ!」と叫んだ。女優だのう。会場はやんややんやの大盛り上がりだ。先生方も目を細めて拍手している。そこで中年が再びマイクを握り、「はい。よくできました」だって。

おいおいおいおい×10

ちょっと待て。そもそも「はんにん」って、まだなんにもしていないじゃないか。これは人を見たら犯罪者と思えというとても哀しい発想の押しつけである。そしていま社会的に批判されている警察の思い込み捜査そのものである。こうしてえん罪は作られる。なんで先生方はこの状況にニコニコ笑っていられるんですか。1、2、3、ダーッ!

こんな「防犯教室」がこれまで何年も繰り返されてきているんだろう。親も教師もなんの疑問も持たずに、警察の言うことをよしとして受け入れ「いかのおすし」を子どもに覚えさせる。率先して言いなりになる子どもが「いい子」と呼ばれ、いい成績をとって、大きくなったら世の中でえらい立場になっていくのだろう。これじゃ戦争はなくならない。

私はもはや、のんびりとパイプ椅子に座っていられなくなった。とはいえ「ちょっと待った、こんな教育はよろしくない!」と会場に異議を唱える勇気もない。そんなことをしたら本当につまみ出されてしまう。「◯◯くんのお父さんがセーフティ教室のときに体育館で捕まった」なんてことになったらこの先6歳児の小学校生活は地獄だ。

私は会場の端っこでいらいらむかむかしながら教室が終わるのをじっとガマンした。

Don’t trust anyone over 30

家に帰ったら6歳児にじっくり言い聞かせてやろう。
「いいかお前、大人の言うことを信じるな。自分の頭で考えたことだけを信じろ。だけどパパとママの言うことは素直に聞くんだぞ」。

葛西善蔵と釣りがしたい 堀内正徳=著(『フライの雑誌』編集人)
葛西善蔵と釣りがしたい 堀内正徳=著(『フライの雑誌』編集人)