〈私の釣りは、私の釣り。〉

 キャッチ・アンド・リリース是非の問題に触れることは、私の好むところではない。それはあくまでも、釣り人ひとりひとりの見解にまかされるべきものだと、私は思っているからだ。
 私の釣りは、私の釣り。どう楽しもうが、どう苦しもうが、全ては私の個人的な倫理と責任とに基づいて捌かれるべきもの。それ以上でも、それ以下のものでもないと、私は考えている。
 鱒を放してはいけない、と言う人がいたとしても、私はただ無視するだけだ。鱒を放してはいけない、ということが、法的な拘束力を持つようになったら、その時はためらうことなく、釣りを止める。それでいい。
 キャッチ・アンド・リリース問題はどこまでいっても不毛である。

[「アーネスト・ヘミングウェイの文学作品中にみる鱒の取扱い方について」
芦沢一洋]

上記は、『フライの雑誌』第4号(1988年2月)初出、単行本『そして川は流れつづける-Ⅰ』(2002年)に収録された芦沢一洋さんの文章だ。はじめてこれを読んだとき、釣り師という人種がもつ妙な気合、偏屈なまでの頑固、社会的には無意味な覚悟に感動した。釣り人が「釣りを止める」と言うには生き死にを賭けるものだと知った。自分もかくあらんと憧れたことを今もって思い出す。

この文章が書かれたときは、日本にはキャッチ・アンド・リリースの渓流釣り場はひとつもなかった。自然河川での日本初のキャッチ・アンド・リリースの導入は、1995年の北海道渚滑川まで待つ。本州では1996年の山形県月光川において、漁協管理区域の3.5㎞区間にキャッチ・アンド・リリースのお願いが導入された。これらは遊漁規則ではない「お願い」だった。当時の水産庁は、漁業法の解釈によりキャッチ・アンド・リリースの遊漁規則化を認めない方針を表明していた。

1990年6月に芦沢さんも発起人の一人となった〝日本のマス釣りの未来を考える〟ネットワーク、トラウト・フォーラムが発足した。その後、トラウト・フォーラムを中心として集まった多くの釣り人たちの声が、時代を少しずつ変えていった。

芦沢さんが「キャッチ・アンド・リリース問題はどこまでいっても不毛である。」と断じてから27年たった。現在、キャッチ・アンド・リリースを謳っている渓流釣り場は、全国にたぶん50カ所以上ある。それぞれ、自然産卵を促すのが目的であったり、濃密放流区間の経済性を主眼とするものであったり、性質はさまざまだ。今ではキャッチ・アンド・リリースを罰則のある遊漁規則に組み込む釣り場管理は、珍しいものではなくなっている。

あらためて確認するまでもなく、キャッチ・アンド・リリースは「お願い」でも「規則」でも、釣り人の行動を制限する。制限は少なければ少ないほど釣りの自由度は高まり、のびのびとした釣りを楽しめる。釣った魚をどうするかは、〝あくまでも、釣り人ひとりひとりの見解にまかされるべきもの〟だと、わたしもつよく思う。

釣った魚は放すな、全部殺せ、と法律で強制されたら、わたしは釣りをやめる。同じく日本の釣り場が、すべてキャッチ・アンド・リリースを強制される釣り場になっても、釣りはやめる。それでいい。

トラウト・フォーラムの発足前から現在まで、日本のマス釣り場の移り変わりに関わり、寄り添って生きてきた人は何人かいらっしゃるが、残念なことに芦沢さんもそうだが、お亡くなりになった方も多い。不肖わたしは20代の前半、トラウト・フォーラムの立ち上げとほぼ同時に参画した。以降、日本のマス釣り場作りの流れや釣り人のトレンドを、わりあいニュートラル(?)でコア(??)な立ち位置で観察してきた。

口先だけエラそうで中身が伴わなかった方、商売や自己宣伝の道具に、釣りを利用したかっただけの方々の残念な背中も多少見てきた。おかげで、そういう人々に対しては妙に鼻が利くようになってしまった。そしてわたしはまだ生きている。

じつは上記の時代を含めて、第二次世界大戦後以降の「日本のマス釣り場の近現代史」を文章にまとめてある。自分で言うのもなんだが、おそらくわたしにか書けない〝まとめ〟になっていると思う。ここ30年ほどの日本のマス釣り場作りの現場と周辺の人間模様を自分で体験した上で、そういうことに興味をもってまとめようという人はあまりいないだろうし。

(堀内)

> 【公開記事】 日本のマス釣りを知っていますか(『Backcasts: A Global History of Fly Fishing and Conservation』より)

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