【公開】人新世の現実と内水面の釣り 『外来種は本当に悪者か?』を読み解く①(水口憲哉)

釣り場時評83

人新世の現実と内水面の釣り
『外来種は本当に悪者か?』を読み解く (1)

水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

『フライの雑誌』第110号(2016年12月5日発行)掲載

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ピアスは〈俯瞰力〉の考え方で『新しい野生』を書き上げたのでは
ないか。その結果自己主張せずに、自然に結論が浮かび上がってくる。
人新世の生態系、それが新しい野生であると納得させてしまう。

論文のやり取りをしているうちに一ヶ月ほど前に届いたS君からのメールにはいろいろ考えさせられるものがあった。

「ブラックバスについては、こちらは伊豆沼における在来魚の漁獲動向と外来魚侵入後の変化を押えており、特定の釣り人のために撹乱されたことを大変遺憾に思っています。伊豆沼では原発の後処理と同じように、今でも果てしない駆除作業が続いておりますが、少しずつですが効果が見られ、姿を消していた在来魚も見られるようになってきています。反対派の一方的な意見のごり押しは問題がありますが、双方に付く科学者がいて、議論を交わすことは大変重要なことと認識しています。」

ここにはS君のとまどいと困惑が感じられるが、水産生物の調査研究をやっているまともな研究者としてはある意味当たり前の考え方と言える。

彼の最近の調査研究は、中国や有明海から移殖したアサリに混入していたサキグロタマツメガイの万石浦アサリ漁場における食害に関するものが多い。S君は魚好き少年が大きくなって東京水産大学に来たようなものだから、担当してはいないが、伊豆沼のバスには怒りを覚えるのだろう。

筆者は伊豆沼には行ったこともないので何も言えないし、原発の後処理というたとえについては次のような事情があるので意見を言うつもりもない。

昨年上梓した『原発に侵される海』のまえがきで述べている一九七四年の日本水産学会におけるシンポジウムで、座長の渡辺氏に〝あなただって女川でいろいろそういう問題に取り組まれているわけでしょう。そういう場合、今のような電力会社の方の発言でよろしいわけですか。そういう場合に座長が一番問題なのではないですか。〟と追及している。

当時渡辺氏は宮城県水産試験場場長であった。また、二〇一六年一〇月(四六三号)の「はんげんぱつ新聞」で阿部美紀子女川町議が〝責任の持てないものを認めるわけにいかない〟と発言しているが、漁業者同士の反対運動の中での分裂を防ごうと父親の阿部宗悦町議に働きかけ苦労したこともある。

要は、バス問題でも原発問題でも同水試関係者の間では水口にはさわらない、無視したいと考える存在として筆者は見られているようである。

それはそれとして、このメールから次のようなことを検討すべきこととして考えさせられた。

①科学的対応、科学者の対話とは何か。
②水産生物の食害による減耗と生物多様性。
③人為と生態系、生物多様性とは何か。

そんなことを考えているときに、フレッド・ピアス(二〇一五)『The New Wild(新しい野生) Why Invasive Species Will Be Nature’s Salvation』の和訳本が、『外来種は本当に悪者か?』という刺激的なタイトルでこの夏出版され、本誌編集人より紹介された。これを深読みしながら右の三点を考えてみる。

なお、このピアスの本は今回はつまみ食いするだけだが、面白すぎるので、回をあらためて深く味わってみたい。

①科学者の対話とは?

バス問題で筆者はこれまで科学的対話の機会を、残念ながら持ったことがない。例えば二〇〇一年二月に立教大学で開催された公開討論会「ブラックバスを考える」は対立する二つのグループから科学者も参加しての数少ない機会であった。しかし、筆者が用意していった琵琶湖の漁獲量の変化の図表ですら司会によって規制され殆ど使用できなかった。事実に基づく建設的(?)な討論にはならず自己主張中心の言い合いで終わった。

筆者は、本誌で一九九一年以来、ニジマスやブラックバスなど外来魚について発言してきた時評一二篇や環境省の小委員会での報告内容をふまえた外来生物に関する考え方を二〇〇五年『魔魚狩り』としてまとめた。

その前年に水産総合研究センター研報一二号に淀・井口は「バス問題の経緯と背景」という一五ページの〝バス問題の真相を究明する〟論文を掲載している。研究論文であるからか最後に参考文献のリストが付いている。六一の文献の中には新聞記事六、週刊誌一も入っている。しかしそれらのすべてはバス駆除のものばかりでバスやバス釣りについて検討する筆者の論考や発言は全く無視されている。

つい最近朝日新聞の全面広告〝「働く」と「子育て」のこれからを考える〟で、放送作家鈴木おさむの身につまされる発言を読んだ。森三中の大島美幸との両立のホンネとして、〝うまくやっていくには「俯瞰力」自分の正当性はどうでもいい〟というものである。バス問題もこの考え方で取り組めばいろいろなことがよく見えてくるし、わかってくる。

実は、この考え方でピアスは『新しい野生』を書き上げたのではないかと思えるほど問題の全体をよく見渡している。その結果自己主張せずに自然に結論が浮かび上がってくる。俯瞰力がすごいのである。その一例が、ピアスは人新世の生態系、それが新しい野生であると納得させてしまうということである。

人新世(アンスロポシーン:Anthropocene)というのは仮説的段階ではあるが、最終氷期(約一二〇〇〇年前)以降の完新世の次にくる一九六〇年代から後の時代をいう地質学的年代の呼び方である。この点については「バックキャストを読む」(本誌130ページ)でも少しふれる。

水産業界も水産庁も生物多様性とか環境保護とか
ここ二、三〇年の理念的なものは全く気にせず、
これまで現実対応主義でやって来た。

②水産生物と生物多様性

ハマチ養殖網の防汚剤として使用される有害化学物質TBT(有機スズ化合物)を、船底塗料として使用することの禁止を広く働きかけるために始めたイボニシのインポセックスの研究からいろいろなことが見えてきた。

イボニシのなかまはカキを食害するまき貝として世界的に有名である。実は五五年前にこのまき貝の研究に宮城県万石浦で接している。

ここの漁場では種ガキをアメリカに輸出しており、それにイボニシが混入してアメリカのカキ漁場での食害被害を防ぐために検査官が来ていた。

大学二年の冬、その検査官リンゼイに、検査用の種ガキのサンプルを次々と提供する助手のバイトをやっていた。その頃、宮城県渡波の水産試験場ではいろいろなお世話になった小金沢さん達がイボニシの食害調査をされていた。これは後になって、わかったことで、その当時その三五年後にイボニシのインポセックスの研究に没頭するとは夢にも思わなかった。

その研究の結果、その当時世界の一割の造船量を占める広島県では沿岸域一七〇キロにわたって一九九〇年代に数年イボニシが見られなくなった。またその時期海水中のカキの幼生数が激減した。共にTBTの影響であることを明らかにした。

その際イボニシの二型、P型とC型が食性などの生態が異なるため影響の受け方が異なっているのには驚いた。水産学会でこの二型を区別しないで見ている環境研の研究者に粗雑であると批判した。なぜならその数年後に名古屋大学の林ほか(一九九九)がこのイボニシの二型が遺伝学的に異なることを明らかにしていることからもわかるように、生物多様性を重要視しているはずの環境省の研究者がその第一レベルである種内の遺伝的多様性をないがしろにしているからである。

この船底塗料にTBTを使用することについては国際海事機関(IMO)がその後規制に乗り出した。そして、次にIMOが取り組んだ環境問題はバラスト水であった。これについてはピアスが第三章「クラゲの海」で詳しく取り上げ二〇〇四年にIMOでバラスト水管理条約が採択されたと述べている。

食の安全というかハマチ養殖とTBTとの問題で始まったイボニシの調査研究も、水産研究関連でバス問題もからませながらこのような結末となった。

小池環境大臣のとき、バス駆除を目玉とする外来生物法が成立した。そして現在、本当は豊洲への移転等をせずに築地を改修して存続させればよかったのに、石原前都知事の利権がらみのせこい芝居になすがままにおちょくられ、まともな後始末が難しくなっている小池都知事が、食の安全と都民の税金の使途の問題にどう落とし前をつけるのかしばらく見守るしかない。これは生物多様性とは直接関係はないが水産生物の利用にとっては重要な問題である。

人為そのものである日本の内水面漁業は、
人新世の現実の前に混乱している。
水産業界も水産庁も、生物多様性って何ですか、
水産業とどう関連しているのですかと、
声を大にして言うべきである。

③人為と生態系:生物多様性とは何か。

環境省ペースの生物多様性を守れで始まるから、人為そのものでしかない日本の内水面漁業はおかしなものになってしまう。

日本では基本的に生物多様性を守れというより水産資源を守れという方が一般にはわかりやすい。水産業界も水産庁も生物多様性とか環境保護とかここ二、三〇年の理念的なものは全く気にせず、これまで現実対応主義でやって来た。

弱小の産業として、川へのダム建設にも、沿岸域への原発建設にもさしたる大きな抵抗をせず受け入れて来た。ダムが出来れば、琵琶湖のコアユを移殖放流し、漁業法の内水面関連を小なおししてしのいで来た。

そこに保守主義的(コンサバティブとコンサベイション[保全]は同類)な生態系(生物多様性)原理主義が登場して来たので、混乱、混惑している。

その象徴がニジマスである。

本誌第一〇七号の本欄で、「産業管理外来種とは何じゃらほい」とやったのは、苦肉の労作に対する何と言う言われ方と水産庁としては不満であろう。本当は、そう言われる前に水産関係者は生物多様性って何ですか、水産業とどう関連しているのですかと、声を大にして言うべきである。

生物多様性何するものぞ、無視、無視というとまた言い過ぎと言われるか。

最初にもどって、二〇〇一年の立教大での公開討論会においてバス叩きの火付け役である生物多様性研究会の秋月岩魚代表に「生物多様性とは何ですか?」と問うたら、「日本にライオンやトラがいないこと」との答えがあり、会場には言葉が無くなった。

最近ピアスの本を呼んでその意味するところがよくわかった。本当は、「トキが飛ぶ、在来生物だけの日本固有の生物相」と言いたかったのかもしれない。ある意味国粋主義的な日本に特有の生態系原理主義かもしれない。

あの時は、筆者らになにを言われるかわからないのでそこまでは言うのをためらったのかもしれない。しかし、今のハイル・アベの空気の中でなら言ったかもしれない。

ピアスはそんなものにかじりついていても仕方がありませんよ、どこかの地域固有の安定的生態系なんぞというものがあるんですか。自然は時と共に変わっているんですよ、特にこの人新世においてはと言っている。

それゆえ、コロンブス以来の植物や動物の地球上での人の手による移動、そして、バラスト水やチェルノブイリの放射能汚染にも言及している。それらはみな人為であり、まさに人新世の問題だからである。

そして、多くの地球上の人為に対して、生きものたちがしのぎ、生き残ってつくり上げる環境との関係が新しい野生であり、これからの生物多様性や生態系であると考えている。

筆者は、魚などの生きものより人間に強い関心をもっており好きだと日頃言っている。バス駆除派がこの本を呼んでピアスは生きものが好きではないのではと批判しているが、だからどうなのさという感じである。

むしろ生きとし生けるこの世の生きものを慈しみをもって天上から見守る仏様のような人ではないかと思う。

小国川に建設中の穴あきダムは
最悪の人為ということになる。

この八月末の台風一〇号は一九五一年の統計開始以来、初めて東北の太平洋側に上陸した。八月二九〜三一日の岩手県岩泉町の総雨量は二四八・〇ミリで八月一ヶ月分の降雨量を九〇ミリ上回った。その結果、河川の増水が急速に起こり、その流れは津波並みの破壊力があったという。

岩泉町の役場のある小本川沿岸の地域では高齢者グループホームでは入所者九人全員が犠牲になった。また、この町に渓流釣りに来ていた男性も車と共に流されたという。また、小本地区の役場等は、二〇一一年の大津波で被災し、復興した諸施設を少し高台に移しての完工式を数日後に控えていたという。山からの津波に再び被災した。

本欄の第八四号(二〇〇九年三月)の「サクラマスよ、ウライを越えよ」と第九一号(二〇一〇年一二月)の「安家の森がもたらす水の恵みと、そこに育まれるサクラマスに思う。」の舞台である同町内北部の安家地区と安家川については殆ど報道されることはなかった。

それは、旧安家村のこの地区では、八月二九日から九月五日にかけて、停電と断水になり、また、この地区に通ずる道路もみな寸断され、全くの陸の孤島になってしまったからである。道路はトンネルの所を残してみなずたずたということだから一〇日近く報道関係者も入れなかった。

九月中旬に、旧知の安家川漁協の大崎組合長に電話をして元気な声を聞くことができた。お宅は無事だったが、かむら旅館も、隣りの郵便局も一階は濁流が流れ込み大変だったという。

上流の山の木を切ったから保水力が失われこういうことになったのかと聞くと、そうではなく沿川のヤシ(サワグルミ)が根こそぎ流され、それが橋げたに引っかかり、たまり、ダムのようになって両側の河岸地区に増水があふれ出し大洪水になったのだという。橋の上にガレキが積み重なるという惨状だという。

この予想以上の増水で本流に戻れなくなったサクラマスがとり残されて、その死体をカラスがつついているという。

安家川下流の漁協では二〇一一年の津波でさけ・ますふ化場もウライも流されてしまったが中・上流域ではその被害はなかった。しかし、安家地区では今回の集中豪雨による自然現象(温暖化という人為が原因と考える人もいるが)が起こったときに、橋という人為の構造物が存在したために村落の沿川地区を浸水させてしまい道路を落とし流してしまった。

長良川河口堰の建設に反対する長島町の住民が、伊勢湾台風のときに鉄橋の橋げたに流木が積み重なりダム化して両側の地域が大洪水になったと言っていたのを思い出させる。

安家川の流れる旧安家村は第九一号の本欄でも書いたように、現代の隠れ里で、ある意味生物多様性の桃源郷のような世界である。一〇〇年に一度位の集中豪雨による大出水が起こったのも事実である。ただし、そこに橋という人為の構造物があったためにこの事態は起こった。

その意味では小国川に建設中の穴あきダムは最悪の人為ということになる。

まさにこれが人新世の現実と言える。

>>>人新世の現実と内水面の釣り『外来種は本当に悪者か?』を読み解く (2) へ続く

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釣り場時評83 人新世の現実と内水面の釣り
『外来種は本当に悪者か?』を読み解く (1)

水口憲哉(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)
『フライの雑誌』第110号(2016年12月5日発行)掲載

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フライの雑誌-110号

魔魚狩り ブラックバスはなぜ殺されるのか 水口憲哉(著)|ブラックバスは、濡れ衣だ! 異色のベストセラー
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桜鱒の棲む川 水口憲哉(2010)
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『淡水魚の放射能 川と湖の魚たちにいま何が起きているのか』(水口憲哉=著/フライの雑誌社刊)
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