これが次号のカブラー斉藤さんの原稿。あいかわらず改行ほぼなしのベタ9000字。これを6ページの美しい記事にするのがわたしのしごと。そしてどれだけ美しく編集しても、カブラーはかならず文句を言う。
前にも書いたが、カブラー斉藤さんには今から約15年前、7000文字の約束なのに締め切りを10日もすぎて大学ノートに書きなぐった手書き原稿をファクスで20数枚送ってこられ、そのまま知らんぷりされたことがある。文字数を数えたら30000字くらいあった。あのときはさすがに頭に来たので新宿三丁目の焼鳥屋にカブラー氏を呼び出してビールを飲みながら文句を言った。お代はなぜか私が払った。
〝てぃうようなわけで今回はここまでだ。とはいえ次号からリニューアルとかで長年続いたこの連載も打ち切りの可能性あり。実は全く収まらなかった「迷走!阿寒湖経由で支笏湖へ」編も出来てはいるのではあるが、どこかで発表できるかも不明ではある。まあ長年読んでもらってありがたい事ではある。まあそういうわけだからまたどこかで。〟
これが今回のカブラー原稿の締め。〈長年続いたこの連載〉とある。正確に言うと1998年の第43号にわたしが書いた「スーパーカブで釣り旅に出る人 積載総重量は70キログラム・オーバー」がカブラー初登場だから誌面では19年のつきあいになる。たった19年かという気がしないでもない。読者に感謝はしても編集者への感謝はないようだ。胸がザワザワしてくるような文章の理由は次号113号で明らかになります。