単行本『桜鱒の棲む川』より、「コラム2 ヤマメとサクラマスを分ける鍵、スモルト化」(水口憲哉)を公開します。
ルアーやフライフィッシングでのゲームフィッシュとして人気の高いサクラマス。サクラマスは、故郷の川と海とを行ったり来たりすることで命をつなぎます。サケ科魚類のなかで、いまだもっとも多くの謎が残された魚と呼ばれています。
近年はサケ・マスの不漁にともない、水産資源としてのサクラマスへの注目度がこれまで以上に高まっています。一般のマスコミでサクラマスが扱われる機会も多くなっていますが、サクラマスの生態への理解度はまだまだ低いようです。
ことに、ヤマメとサクラマスの関係については、結果的にあやまった情報が流布されてしまうこともままるようです。
単行本『桜鱒の棲む川』では、サクラマスののぼる日本列島各地のそれぞれの川について横断的に調べることにより、サクラマスのブラックボックスを平明に解きあかしています。
美しいサクラマスを未来へのこすために、なにが必要なのか、私たちになにができるのかを考えてみませんか。
(編集部)
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コラム2
ヤマメとサクラマスを分ける鍵、スモルト化
(水口憲哉)
『桜鱒の棲む川』より
スモルト(銀毛)となって降海するのがサクラマスで、銀毛化せずに河川に残留しているのがヤマメである。この分け方と呼び分けで問題はない。
ただ、二つややこしいことがある。
まず、銀毛化するまでは形態、行動、生理においてサクラマスとヤマメの区別がつかない。
また、河川に残留したヤマメの中にサクラマスと考えられる雄が混ざっている。サクラマスの雌は大部分が降海する。北海道の雄は大部分が銀毛化して降海するが、南へ行くに従ってその割合は大きく減少する。
サクラマスにおける生物としての最大の謎は、残留型(地着き)と降海型(渡り)が進化及び一生の間に、どのように成立または分化したかということだ。
鳥の祖先は陸地を走りまわり、たまに翼を使って少し飛んだと考えられている。また、ウグイスやアカヒゲのように一つの種類の中で地着き(留鳥)と渡りがあるものでは、地着きの中から渡りをするものが発生した結果と考えられている。
サクラマスでも河川残留というより、河川で生活するサクラマスの中から降海するものが発生したと考えられる。
サケ・マス類の中で最も原始的と考えられているブラキミスタックス属(Brachymystax)には降海型が知られていない。サケ・マス類の中で最も進んだ生活史をもつと考えられているオンコリンカス属(Oncorhynchus)の中で、比較的原始的とされているタイセイヨウザケやサクラマスには河川残留型と降海型がある。
オンコリンカス属の中でも、最も進んだ生活史を持つとされるシロザケやカラフトマスには、河川残留型がない。
降海するサケ科魚類を特徴づけているのが、銀毛化という形態変化である。
銀毛化(スモルティフイケーション)とは、海に行くにあたって河川でのパーマークが消え、銀白色となり、背びれと尾びれの先が黒くなる、いわゆるツマグロ化を起こす現象である。
銀毛化は、降海するにあたり必要な浸透圧調整への対応だという見方もある。しかし淡水域に降湖するサクラマスも銀毛化するので、そう単純ではない。
サクラマスの場合、変態しないで河川に残留するものもいるので特異に思われるが、タイセイヨウザケやシートラウト(ブラウントラウト)などでも変態せずに河川に残留するものはいる。
また銀毛化は河川残留型のないシロザケやカラフトマスでも起こる。つまりあくまでも降海することの必要条件というか、結果としての対応であると言える。そのこと自体は不思議なことでもなんでもない。
銀毛化するメカニズム、その環境と生理における条件、そしてそれらの条件をコントロールすることで銀毛化を人為的に操作できるかなど、人間の都合による研究は多い。
しかし銀毛化を起こして降海する魚は生まれつき決まっているのかどうか─、すなわち降海型(サクラマス)と河川残留型(ヤマメ)とは遺伝的に決まっており、それは区別できるのかどうかという点についてはほとんど分かっていない。
筆者は、遺伝的には決まっているのだが今のところそれは区別できず、このままでゆくと区別する方法が分かった時には、区別できる魚がいなくなってしまっているかもしれないと考えている。
参考になる知見をいくつか紹介する。
⑴ スモルト化には成長速度に加え遺伝的要因も関与していると考えられる。
⑵ 浮上直後の行動に降海型と残留型で違いが見られる。
⑶ ジャック(コラム6参照)の子は通常の雄よりジャックになりやすい。
⑷ ギンザケ、マスノスケ、サクラマス、そして北海道のヤマメの雄に特有のY染色体上のGHシュード(成長ホルモン偽遺伝子)が、関東系ヤマメにはないと言われている。
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★著者インタビュー
『桜鱒の棲む川』は、今までに書いた本の中でもっとも気持ちの入った一冊です。
(水口憲哉)