逆上がりできたことがない。

次号第117号の連載原稿に、水口憲哉先生が、“私は釣りが好きではなく、下手である。なぜなら運動音痴だから。小学校で鉄棒の逆上がりができず大変苦労した”という内容を書かれてきた。(いちおう釣り雑誌です)

わたしも今まで逆上がりを一度もできたことがない。このまま逆上がりできないままに人生を終えるのだろう。

登り棒も上まで登りきったことがない。地上1.5メートルくらいまで登ってセミのように動けなくなる。するとクラスの皆が「がんばれー」と応援してくれる。しばらくしてずるりと落ちる。全員が上まで登るまで帰れないことになっている。

男子も女子もクラスの中で登れないのはわたしだけだ。でも登れないものは登れない。わたしはセミ。登っては落ちるを繰り返す。ついに授業終わりのチャイムがなる。

ようやく先生もあきらめて、けだるそうに、もういいでしょう、とおっしゃる。みんなでがっかりして、夕暮れの校庭をだらだらと教室へ帰る。あーあ、とか言いながら。

全体主義が嫌いになったのはあの頃だ。立場が逆だったら多分わたしは、逆上がりできない、登り棒を登れない子供を、クラスの皆を扇りながら先頭きって大声で応援していた。

水口くん、がんばれー、というように。

雑誌一冊を編集するにあたって今がいちばんしんどい時期で、爪で引っかいてでもミリ単位で作業を進めていくしかない。がんばれば夕方のオイカワ釣りが待っている。

というわけで四日連続の四日目、今日は渋かった。水面直下で反応なく、ドライならポツポツ、軽めのソフトハックルに戻してだめで、ピューパ系の流し込みでやっとハマった。以降は入れ食い。オイカワのフライフィッシングは深い。

子供のころに逆上がりと登り棒をかるがるとこなせていたら、人生は今と違ったろうか。オイカワじゃなくて、マーリンとかターポンをヒャッホウと叫びながら朗らかに釣っていたりして。

ストレッチボディでCDCを挟んで捻って巻いた新式アイカザイムなので、ストレッチボディ式アイカザイムが正式(?)な呼称と思うが、音的には「ストレッチ式アイカザイム」のほうが、のびーる感がある。

夕方の冷たい雨で活性が下がった。ならばと沈めてみたら全然だめで、逆にハイフロートのドライにしたらバンバンでるとか、オイカワは本当に面白い。

これはだめだったほう。

今日は数は出なかったが、満足度は高かった。

夢中になって釣っていたら、乳児の頃から知り合いの近所の子供から着信。土手の上でこちらを見て手を振っている。家の鍵を忘れたから、親が帰るまでうちの編集部に入れてくれ、鍵を貸してくれと。用事があるのは君のほうなんだから、君がここまで取りに来なさいと言ったら「無理」と。まあ川のなかにいるからね。だからわざわざわたしがいったん川をあがって土手まで行って、編集部の鍵を手渡した。一番いい時間なのにさ。鍵忘れんなよ。また川へ帰る。頭の上だけ雨降ってる。