【公開記事】
ブラックバス/ブルーギルのフライフィッシング こぼれ話
ー昭和の相模湖にはブラックマスがいた
堀内正徳(本誌編集部)
ギラギラとした青空を映す水面を滑る、
白いドライフライ
フライの雑誌ー第114号掲載特集◎ブラックバス/ブルーギルのフライフィッシング
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「バス・マドラー」の時代
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日本のフライフィッシング史開花期に名を刻む単行本三冊といえば、『フライフィッシング教書』(シェリダン・アンダーソン、田渕義雄/晶文社1979)、『フライマンの世界』(沢田賢一郎/つり人社1978)と『ザ・フライフィッシング』(アテネ書房1980)である。
三冊におけるバス釣りの扱いはそれぞれ異なる。『フライフィッシング教書』では田渕さんが「ぼくは、ブラックバス・クレージーになんかなる気がない(渓流が忙しいし)」とチャラっと断言。『フライマンの世界』では、バス釣りへの言及はバグの釣り絡みでのたった13行のみだ。『ザ・フライフィッシング』は、洒落たイラストとともに、5ページもの分量で、田中啓一さんの名作〈コルクバグによるバス〉を載せた。


夏に短パンで沖へ立ち込んで、岸のアシ際へ投げたらグン。夏のブラックバス/ブルーギルのフライフィッシングはおかっぱりで楽しめる。この日使ったフライはTMC200Rに細身に巻いたオポッサム・ニンフ。北海道のモンカゲロウの釣り用に巻いたもの。

’80年代初頭からフライをやっている世代とブラックバスのフライフィッシングについて話すと、『フライフィッシング教書』の〈バス・マドラー〉の話題がぜったいに出てくる。必ずだ。
「湖沼の水温が高くバスが水面近くに浮いている季節の、フライロッディングによるバス釣りほど、何の造作もなく、誰にでもバスが釣れる釣りもめずらしい。ストリーマーを浅く沈めてもいいが、サーフェスをひくポッパーやバスバグやバス・マドラーが楽しくもありよく釣れる。そして何んといってもバス・マドラーで一度トライしてみるべきである。この魚が哀れにおもえるほどである。」(214頁)
大小10匹以上のバスを足元へ転がしてある写真に、「2〜3時間でこのくらいのブラックバスを釣らなくちゃ、上手とはいえない。」という人を喰ったキャプションが添えてある。
中学生だったわたしのフライフィッシングの最初の対象魚は、ブラックバスだった。フライフィッシングは道具が高い。言葉がわからない。キャスティングが難しい。やってる人がいない。ないないづくしで憧れた。メーテル級。ルアーはタバコ屋のお姉さんくらいでぐっと身近。
他の人がやっているルアーではなく、自分はフライをやりたかった。ところがフライでバス釣りをやると、自分のちっぽけな実存を思い知った。ぜんぜん釣れない。羽根バタキでせっかく自己流バス・マドラー巻いたのに。
田渕さんが『フライフィッシング教書』を書いた’70年代後半の河口湖は、本当にフライなら簡単にバスが釣れたんだろう。そこからわずか10年足らずで湖の事情が変わった、はず。人間が急増した、反比例してバスが減った。
いま言わせてもらうと、バス・マドラーではサイズが大きすぎる。エルクの10番だったらバスもギルももっと楽に釣れたはず。であるけれども、40年前に書かれた『フライフィッシング教書』の田渕さんのたった見開きのエッセイには、バスのフライフィッシングの面白さと魅力と不思議がほぼ凝縮されている。
「正直言ってこの魚に関しては、未知なことが多い。」、「バスに興味のある人は、自信をもってフライロッドでの新しい釣り方にトライすればいい。フライロッドでのバス釣りは、ルアーのそれ以上に可能性を秘めたものだと信じます。」
メーテルもブラックバスも謎だらけだ。
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大人は信用できない
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小学校の長い長い夏休みは、山梨県の河口湖のほとりですごした。歩いてゆける範囲でブラックバスを狙い、JFTの万能竿で毎日ルアーを投げた。釣れたら大騒ぎして持ち帰り、親と親類縁者に見せてから食べた。
ある日、北岸の葦原でブラックバスがかかった。大興奮して引き寄せ、30㎝弱のバスを岸へずり上げた。そこへ現れたのが河口湖漁協のおじさんだ。
「ブラックはワカサギを食うから殺してもらわないと困るずら。」
と言って、バスの腹を長靴の底で踏みつけ、尻尾をつまんで後ろへ放り投げた。わたしのバスが芦の中に落ちたガサッという音を覚えている。
1989年、河口湖漁協はワカサギ不漁と、空前のブラックバス釣りブームを理由に、ブラックバスの漁業権を全国で初めて取得した。それまで蛇蝎のように忌み嫌い殺しまくっていたブラックバスを一転、どんどん増やしたいという。バスを釣りたいなら遊漁料を払えという。
バスはワカサギを食うから悪い魚のはずなのに、なんで増やすのか。外来魚だと言うけれど、ワカサギだってもともと河口湖にいない。
同年『フライの雑誌』第9号に〈ブラックバスを漁業権魚種として容認する推進役を担った河口湖漁協組合長〉という、バスの漁業権取得は水産のエポックだと評価する記事が載ったが、わたしはまったく納得できなかった。なにが水産だ。勝手すぎやしませんか。私怨に近い澱のような思いは、大人になってからもずっと残っていた。
2000年代に入ると、特定外来生物法の騒ぎが始まった。漁協も釣り人も釣り業界も学者もマスコミも政治家も釣りを知らない市民も、それぞれの都合でてんでに勝手なことを言う。最後に小池百合子が出てきてご英断だそうだ。ばかばかしい。
人の手のひらはひょいひょい返される。猪木に騙され「人間不信」と書き置きして失踪した坂口征二の気持ちが分かる。わたしはあの時のわたしのバスを返して欲しいだけだ。

市営公園の池。さっぱり意味がわからない。
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ブラックバスの呼び名について
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魚の呼び名は面白い。本誌第112号で、琵琶湖産コアユの放流と一緒に全国に広がったオイカワが各地で珍しがられ、新しく地方名がついた逸話があった。人工絹糸(レーヨン)が身近になるのと同時期に来た魚だから、「ジンケン」。傑作は、「シンチュウグン」で、これは進駐軍のことである。
ブラックバスの出自を改めて確認すると、政府御用達の軍需品貿易商として富を築いた実業家の息子の赤星鉄馬氏が、1925年(大正14年)にアメリカから箱根・芦ノ湖へ移入。ラージマウスバスとスモールマウスバスが同時に入っている。
ブルーギルは1960年(昭和35年)に当時の皇太子明仁親王がアメリカから持ち帰ってきたものを一碧湖へ放流したのが日本に入った最初だ。(後年、「心を痛めています」と発言している)
オイカワと同じで、ブラックバスも各地へ広がるのと同時に新しい名前、愛称、略称、蔑称をつけられていた。「バス」がもっともポピュラーだが、大阪方面と富士五湖では「ブラック」が普通だ。
神奈川県相模湖のボート屋さんは、あきらかに「ブラックマス」と発音していた。ブラックマスも凄いが、もっと凄いのがわたしが高校時代にキャンプへ行った箱根・芦ノ湖の売店の人で、「コーマス」と呼んでいた。ブラックバスじゃなくてコーマスですか? と確認したから間違いない。
「コーマスだってよ、コーマスってなんなんだよ。コーマス、コーマス、」と夜のキャンプ場で大騒ぎした。



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ブルーギルは初心者向き
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フライロッドで最初に釣る魚は、ぜひ水面のフライで釣ってもらいたい。
魚がとつぜん水面を割ってこっちの世界に飛び出してくる経験を味わってしまったがためにトップ依存症になった人は、全世界で数億人とも言われる。昨今流行りのVRが泣いて逃げ出す。
ブルーギルの場合は水面を割るというより、おちょぼ口で吸い込むみのがちょっと迫力不足だ。
大きめのエルクヘアカディスでいいから、初夏から晩秋に、藻穴の上を水面をスイーッとゆっくりスケートさせれば、近所にギルがいれば必ずわらわらと湧いてきて群れで追い、フライをストップさせるとチュボッと吸ってくれるはずだ。
ギラギラとした青空を映した水面を滑る白いドライフライは、よく見えて美しい。
よく言われることだが、バスとギルでは同じサイズならギルの方がずっと引く。フッキング後にギルは横っ走りするのだが、ヘラブナやクロダイのような幅広の体型のため20㎝を超えると、水圧込みで3番ロッドでは止められない。糸の先に結んだウチワが水中で横になって抵抗する姿を想像してみよう。
アメリカのフライ入門書ではバスとギル釣りが、釣り好きの父親が幼い子どもと一緒に楽しむ最初の対象魚としてよく薦められている。〝なんでもいいから自分一人で魚を釣ってもらおう。いい釣り仲間ができるか、そこから先は神さま次第だ。グッドラック〟とか書いてある。
また河口湖の話だが、25年くらい前の河口湖には、いい型のブルーギルがごちゃまんといた。ある夏の日にふと思い立って、わたしは母親を浜辺へ連れだし、4番のフライロッドで10番のエルクを5ヤードも投げてやり、ロッドを手に持たせた。この太い糸を少しずつ手で引いてみて、と指導したら、もうこれが釣れに釣れた。「釣りって釣れると面白いじゃないの。」と言われることに成功した。
ブルーギルはフライタックルでなくても、テンカラ仕掛けでも十分釣れる。釣り初心者の奥さん、夫、彼女、彼氏、子ども、おかん、おとんと一緒にブルーギルで遊ぼう。
バックがなかったり、ポイントまで多少距離がある場合は、ルアーのタックルにウキとオモリをつけ、マラブー系統のフライを結んで投げて、水面下50㎝くらいのタナをずるずると引きずってくれば、ウキが気持ちよく沈んで、バスやギルが釣れます。



近所の小学生が巻いたブラックバス/ブルーギル釣り用のフライ。クロスオーストリッチ、ソフトハックル、ボディハックルなしのエルクヘアカディス。サイズは10番中心。これで十分釣れる。
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スモールマウスバスについて
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赤星鉄馬氏が芦ノ湖へ移入してから約80年後の現在、ネットには個人発信の川のスモールの釣り動画がいくらでも出ている。でもバス釣り雑誌は、日本の川にスモールマウスバスの釣りは、表向きないことにしたいと考えている。寝た子を起こすなということであるらしい。
特定外来生物法のとき、バス釣り業界のほとんどはきちんと勉強しておらず、腹がすわっていなかった。許認可事業だったり、上場しているような大きな会社ほど腰が引けていた。そこは今でも変わらない。
釣りをとりまく社会情況は年々、息苦しくなっている。特定外来生物法制定時の無茶苦茶ないきさつを知らない若い人も増えている。釣りと生きものをよく知らない人々が、それぞれの思惑や一過性のノリで、「バス釣りは犯罪」と喧伝した。その後遺症がなおある。
さいきん歳とったせいか、ブラックバス釣りに限らず、若い人たちが釣りすることに後ろぐらい気持ちを持つような社会を後世へ残しちゃあかんと、つくづく思う。物事を自分の頭で判断して自分の言葉で語れるように、若い人ほど勉強しよう。
大人はときどき色んな都合で、あるものをないことにする。ないものをあることにする。その目論見を見抜こう。けっきょく損をさせられるのは、自分たちの未来だ。こういうことって、釣りだけじゃないのは言うまでもない。
(了)


フライの雑誌 119号(2020年春号) 特集◎春はガガンボ 迷ったらガガンボ! 頼れる一本の効きどこ、使いどこ シンプルで奥の深いガガンボフライは渓流・湖・管理釣り場を通じた最終兵器になる。オールマイティなフライパターンと秘伝の釣り方を大公開。最新シマザキ・ガガンボのタイイング解説。|一通の手紙から 塩澤美芳さん|水口憲哉|中馬達雄|牧浩之|樋口明雄|荻原魚雷|山田二郎|島崎憲司郎

フライの雑誌 117(2019夏号)|特集◎リリース釣り場 最新事情と新しい風|全国 自然河川のリリース釣り場 フォトカタログ 全国リリース釣り場の実態と本音 釣った魚の放し方 冬でも釣れる渓流釣り場 | 島崎憲司郎さんのハヤ釣りin桐生川
6月30日発行


「ムーン・ベアも月を見ている クマを知る、クマから学ぶ 現代クマ学最前線」


