フライの雑誌-第116号〈特集◉小さいフライとその釣り〉から、「オイカワの口は意外とでかい オイカワ釣りに合うフライフック」(P.56)を公開します。
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オイカワの口は意外とでかい
オイカワに使いやすいフライフック
堀内正徳(本誌編集部/東京都日野市)
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フライフィッシングの対象魚のなかでは、〈小さい魚〉の代表格のオイカワ。体長が通常18㎝を超えることはまずない。ジャラジャラ言いながら飛び跳ねるターポンや、メーター級のスズキに比べれば小さい。
大きい、小さいは相対的な感覚だ。体重10tになるアフリカゾウの心臓は20㎏くらいで、体重との比率的には小さいがやはり大きい。2014年にカナダで標本化されたシロナガスクジラの心臓は180㎏だったそうだ。巨大化する一方と言われる幕内力士の平均体重166・2㎏より重い。
体長との比率でいえば動物の中で、バクがたいへんな物持ちだということは、『オーパ!』で開高さんが書いていた。五本目の足どころではないという。あれを読んで以来、動物園でバク舎の前に立つとそこしか見ない。クジラは3mあるらしいが。
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大きい、小さいは物理的な比較だけではない。クマはあの身体でどーんと大きくかまえて包容力がありそう。しかし『ムーン・ベアも月を見ている』によると、ツキノワグマの心拍数は秋には一日平均1分あたり150回に迫り、常に〝ドキドキしている〟のだという。あれで気が小さいらしい。それでいて冬眠から瞬時に覚めて即ダッシュできる能力があるという。クマけっこう無双。
今年の年明け、「100人に100万円をプレゼントする」と脈略なく宣言して、見ず知らずの相手に1億円をばらまいたらしい通販会社の社長の器は、問答無用でちっさい。高田延彦をエースとしていたUWFインターは、現金1億円を積み上げて賞金トーナメント開催を勝手に提唱し、他団体のエース全部出てこいや的に煽った。1億円は当日銀行から借りた見せ金でその日のうちに返済したとのこと。ちっちぇ。
政治家がいい例だが、数字をぶら下げて自分を大きく見せようとしたり、相手にマウンティングしようと考える人間にろくなのはいない。
釣り人だって、他人との比較で釣った魚のサイズとか匹数とかの数字にこだわりすぎると、まるで営業しているみたいで、だんだん気持ちがざらついてくるのではないか。
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とはいうものの、いっしょに釣っている友人がヒットさせた魚の数とサイズは気になるのでチラ見する。山奥の川でひとりで釣っていても、いい魚を釣り上げた後は(誰か見ていないかな)と、キョロキョロするのが常である。
豊島区のカブラー斉藤さんはここ20年間以上、1mのイトウを釣りたくて釣りたくて釣りたくて、文字通り、人生まるごと突っ込む人生を歩んできた。昨季めでたく1mジャストを釣り上げた経緯は、今号の連載記事にくわしい。彼のような剛の者を相手に、彼が釣りに賭けている根性の一割も持てない外野が「魚はサイズじゃない」などと難くせつけるのは、かっこわるい。「よかったね」と素直に祝福していい。
ただ今号の原稿で、カブラー(敬称略)はイトウを釣ったフライパターンを誌面に出し惜しみして、「どうしても知りたい人は発売予定?の単行本参照。(←版元が出す気あるかは不明)」と書いてきた。
この「単行本」とは、10数年前に編集部が企画して最終段階まで進めていた〈カブラー斉藤の単行本〉のことを指していると思われる。こちらの準備はできていたのに、カブラーの完全な怠慢により頓挫したままという曰く付きの本だ。
自分が10数年も放置していたくせに、今さら突然「版元が出す気あるのか」とはすごい。原稿を受け取ったのは深夜だったが、即電話して、あのね、ふざけてんの、と言った。声に棘があったのか、カブラーはモゴモゴと口ごもっていた。1mを釣ったものだから、調子づいたのだろう。
色々込みで釣り人である。
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オイカワをフライフィッシングで釣るというと、一般的には「ミッジの釣り」という認識だろう。20番以下のミッジパターンを使って、3番くらいのライトラインで繊細なプレゼンテーションをするイメージか。
スレていないマスは、水面をナチュラルに流れるドライフライへ、スローモーションのように、もっさりと口を開けて出てくる。大物ほど早合わせは禁物だ。ワン・ツー・スリーと唱えてから合わせろといわれるが、釣り人が興奮しているとつい早口になって結局瞬時に合わせてしまう。
そこはワンハンドレッドワン・ワンハンドレッドツー・ワンハンドレッドスリーと数えなさいと、キウイのトニーさんが教えてくれた。それだとたしかに早口は難しく、なるほどと思って実践している。
その点、オイカワがドライフライへもっさりゆったりと口を開けて出てくることは絶対にない。びしゃっ、とか、ピシッ、という擬音がふさわしい。閃光のようなライズを電光石火であわせるのだ、といばってもいい。
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電光石火のアワセをくらわせるのにあたり、スローなタックルは不利だ。なぜなら通常と同じようにロッドを持ち上げてあわせると、柔らかいロッドのバットからミドルがお辞儀してしまって、その間フライが動かない。ロッドを動かすのではなく、フライラインを張るようにしてあわせれば、ベニャベニャのロッドでもアワセは効く。もちろん、フライラインとリーダーにスラックが入っていないのが条件になる。
ウエスタンフライでも、英国風やキャッツキルスタイルのスタンダードでも、ミッジでも、ドライフライでのフライフィッシングは、やっぱりプレゼンテーション命の釣りだ。
ドリフトは短いほうがいい、風を利用しよう、ポジションを工夫しよう、と西山徹さんは『ミッジング』に書いている。
ふだん地元の川でオイカワ釣りをしている近所の中学生をつかまえて、オイカワの口は大きいと思うか小さいと思うか、と聞いてみた。すると、
「小さいに決まってるでしょ。」
と即答された。大きい小さいには形而上学的な意味合いもあってだな云々と混ぜっ返す予定だったので拍子抜けした。なぜ小さいと思うのかとただすと、
「だってバスは口大きいじゃん。」
とのことで、これは納得せざるを得なかった。ヤマメやニジマスと比べるとどうかとさらに聞くと、
「体の大きさからしたらオイカワの口は大きい。」
と、少し期待に近い答えが返ってきた。
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そう、オイカワの口は、体との比率で言えばけっして小さいとは言えない。オイカワ釣りが「ミッジの釣り」であるのは、彼らが食べている餌生物のサイズが極小サイズであるからで、口が小さいからではないことを、オイカワ釣り師は認識するべきだ。
具体的に言うと、釣りの対象になるオイカワのアベレージ体長が15㎝だとして、口のサイズは、20番以下のミッジサイズでないとフッキングしないなんてことはない。先入観をはらってオイカワの口を観察しよう。「あれ、オイカワ意外とでかい」と感じるはずだ。
オイカワの口は受け口で、水面上のフライを吸い込みやすい構造をしている。対してカワムツの口は横開きのがま口のよう。オイカワに比べるとカワムツの口はさらに大きい。どこかヒキガエルのような鈍重さもある。
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2006年発行の季刊『d/SIGN』(デザイン)12号特集〈心のデザイン〉に、編集者の戸田ツトムさんと島崎憲司郎さんによる、〈水面下の心理へ… 期待と予測のデザイン〉が掲載されている。10ページに渡るこのインタビュー(対談)がとてもいい。ぜひ入手して全文を読んでいただきたい。
ハヤ釣りについて二人が楽しげに語っている箇所がある。
戸田 私はフライを始めたころ、多摩川でアユの人に混ざってハヤ(ウグイやオイカワ)を相手に練習していました。ミッジ(ユスリカなどをイメージした極小のフライ)だけで釣っていたので、なかなか釣り上げるのが難しかったです。
島崎 そうですか。でもそれはたぶんフライ自体の小ささとはさほど関係ないかも知れませんね。もしかしたらフックの方に問題があるのかも…。そのころの旧式のフックとは違って今の日本製ミッジフックは凄く進化してましてね、昔のとは全然性能が違います。ぼくが手がけたTMCのフックで同じことをやってみてください。その多摩川の同じ場所で。びっくりしてしまいますよ。 …
戸田 いまだにハヤがお好きだという島崎さんがお勧めのフライはどんなフライですか? なるべく簡単に作れて、しかもよく釣れるものがいいんですが(笑)
島崎 たとえば今ごろ(6月)なら薄めにタイイングしたエルクヘアカディス、色はなんでもいいです。ハヤだし(笑) サイズは18番。ウグイでもヤマベでも春先や冬はユスリカの羽化などに反応しているので、それに合わせた20番以下の小さなフライが効果的なんですが、夏場は活性が上がっているので18番ぐらいのフライの方がよく反応します。18番のフライをハヤがくわえた状態は、人間がスティックアイスをパクッとくわえたぐらいの感じなんですよね。それだと釣った後にフライを外すのにも手さばきがよくて、すぐ次のキャストに移れるじゃないですか。別に効率を追求しているわけではないんですが、ハヤ釣りの場合は肩がこらない方向がよろしいかと(笑)
戸田 エルクヘアカディスなら簡単に巻けて肩もこりませんしね。「薄くタイイングする」というのは?
島崎 ハヤといえども、何度もフライを流したり釣ったりしているうちに食い効果が落ちてくるんです。ヤマメなんかも同様ですが、同じ場所で1週間ぐらい続けて釣ってみるとよく解りますよ。…エルクヘアカディスのようなドライフライに限らず、フライをあまりボテボテにしてしまうと魚に見切られてしまいやすくなりがちでね。あまりたくさんつけない方がなぜかよく食うんです。18番だったら(エルクヘアは)20本前後かな。それを使っているうちに5〜6本千切れてしまったりしてちょうど良くなる。…
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「18番のフライをハヤがくわえた状態は、人間がスティックアイスをパクッとくわえたぐらいの感じ」!
ここで言うハヤとは、ウグイ、オイカワ、カワムツの総称だ。中でもっとも平均体長が小さいのはオイカワだが、6月以降に瀬の真ん中で番長を張っているような、威勢のいいオスのオイカワは18番のエルクならがっぷり呑む。
そんなとき、TMC100くらいのシャンク長があった方が、口から突き出たアイ近くを持ってクイッと外しやすい。まさにアイスの棒みたい。18番のフライは、20番やそれ以下のフックよりもバレにくいし、外しやすい。
真夏の炎天下、真っ白いウイングを持つ16番のエルクヘアカディスを、中流域としてはけっこうな激流の中へ投じてみよう。すると瀬の切れ目や瀬尻のちょっとしたポケットから、番長オイカワがドカーンとアタックしてくるだろう。食い気というより「今日から俺は!」的な行動に近い。
番長なオイカワはでかいフライを追う。だからことさら大型のハリがいい。ハリを外すときにも誤って魚を痛める可能性が低い。そして必ずバーブレス。オイカワの口は弱い。オイカワを痛めると、釣り師やめたくなるくらいの、すごいダークな気分になる。
◇
晩秋から初冬のプレイブニング、ほぼ流れのないトロやプールで、体長2、3㎝の当歳魚のオイカワが、フライサイズでいえば32番どころじゃない40番とかそれ以下の超極小の虫へ集団でライズしている。
あれをどうしても釣れなくて(フライが無視される)、みんなの師匠、井上逸郎さんに相談した。すると井上さんは、
「あ、あれね。あれはね、釣れない。」
とあっさり。
とっくにやりきった男の爽やかな笑顔がそこにあった。
釣れない理由は、フライサイズをマッチさせられない、虫が多すぎる、どうしてもドラグがかかる、魚の体重が軽くてフッキングしない、といったところだそうだ。
釣れたとしても2センチでは、ちりめんじゃこみたいなものだ。
(了)
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入荷しました。評判いいです。よろしくお願いします。
フライの雑誌 128(2023初秋号): 特集◎バラシの研究 原因と対策と言い訳|逆ドリフトによるトラディショナル・スペイキャスト|シマザキフライズ New Stylehttps://t.co/XWQlFSzrNV
#flyfishing #フライフィッシング #fishing #釣り— 堀内正徳 (@jiroasakawa) August 5, 2023
フライの雑誌-第128号
特集◎バラシの研究
もう水辺で泣かないために
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フライの雑誌 124号大特集 3、4、5月は春祭り
北海道から沖縄まで、
毎年楽しみな春の釣りと、
その時使うフライ
ずっと春だったらいいのに!