【公開記事】特集◎日本フライフィッシングの軌跡Ⅲ 勃興篇 『アングリング』とその時代(フライの雑誌-第87号)

フライの雑誌-第87号(売り切れ 2009)から、特集◎日本フライフィッシングの軌跡Ⅲ 勃興篇 『アングリング』とその時代 〈『アングリング』を抱えて修学旅行へ行った〉(坂田潤一)を公開します。

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『アングリング』を抱えて
修学旅行へ行った

坂田潤一(北海道札幌市/41歳/『釣道楽』編集人)

フライフィッシングという、どうしようもなく楽しい遊びが、この世の中にはある。その楽しい遊びをはな垂れ坊主のうちに知ってしまった私は、とっても恵まれていると感じている。

家の周りがフライフィッシングを楽しむためにあるかのような環境だった。年に数度、実家へ帰るが、その都度このままここにいたいなぁと本気で考えてしまう。

私がフライフィッシングを楽しみ始めた’70年代後半は、情報など殆どなく、まったくもって手探りで楽しんでいた。なので、かなりの部分を間違っていた。

例えば、スナップフックをリーダーコネクター代わりに使用していた(当時、某釣具店の店主に教わった)とか、キャスティングはラインクラッカーが鳴るくらい強く振るものだとかといった類いのものだ。いまとなってはどれもが楽しいことだった。

時間はかかるが、ひとつひとつ経験して覚えていった。

「毛鉤で釣れるのは秋だけ」?

1980年代の10年間は、私個人も、北海道内のフライフィッシングも、大きく飛躍した時代だった。

1980年(昭和55年)。はな垂れ坊主も中学生になった。当時、北海道でフライフィッシングを楽しんでいた釣り人はまだまだ少なかった。地元日高では中学生の自分一人だけだった。正確には分らないが、おそらく北海道内全域でも数百人程度しかいなかったと思われる。

「毛鉤で釣れるのは秋しかない」といった、とても不可思議な定説がはびこっていたこの時代、まともな情報も少なく、この釣りはまだまだ発展途上中であった。

ウエットフライのウイングは一枚仕様(左右重ねて一枚ではなく、一枚だけをウイングとして結びつけていた)だったし、テーパーリーダーは高額なくせにやたらと切れるし(だからルアーのラインをレベルのまま二ヒロほどカットしてリーダーとして使っていた)、ラインカッターは爪切りだし、グラスロッドが当たり前だったし、ウエイダーは先割れが主流だった。

唯一、貴重な情報源として存在していたのが、月刊『北海道のつり』誌であった。美しいチョークストリームの西別川でのフライフィッシングや、大きなニジマスが釣れる支笏湖でのフライフィッシングの記事は垂涎ものだった。

当時は水生昆虫が大好きだったので、ニンフの釣りを夢中になって楽しんでいた。山に落ちている鳥の羽を使ってタイイングもした。バイスは買えないので、どうやってバイスもどきを作るかを悩み、万力でペンチをはさむ方法に落ち着いた。

情報が少ない、中学生なのでお金もない、道具もない、といった時代だったが、公式にあてはめた釣りや、問題集の答え合わせのような無機感を伴う釣りとは違った。

少ない情報の中、自分たちで試行錯誤を繰り返しながら結果を出していく。未知のエリアを開拓していく浪漫的な楽しみがあった。純粋な釣りの世界があった。

「ウソはいけないなぁ」 京都のショップでバトル!

そして’83年夏。フライフィッシング(ルアーも)に夢中になっている高校一年生の少年にとって、衝撃的な釣り雑誌が創刊された。

美しいバランスで巻かれたロイヤルコーチマンが登場する、月刊フィッシング別冊・ルアー&フライ・フィールドマガジン『アングリング』である。月刊『フィッシング』誌内のルアー・フライフィッシングコーナーが、一冊の専門雑誌として独立したような形で画期的なデビューを果たした。

当時の私の日常はこんな感じだ。玄関に立てかけっぱなしの、フライがセットされているロッドを手にして、歩いて1分弱の家の前の川へ行く。かわいいイワナがのんびりと泳いでいる。フライを浮かべて流すと、ためらうことなくポクンっと食べる。

そんなことをほぼ毎日のようにやっていると、いくら好きでも次第に飽きてしまう。『アングリング』の創刊は、まるで釣りの神様が私にもっと釣りを深く楽しむように言っているかに思えた。

なにしろページをめくるたび、北海道で育った自分でさえ、掲載されている鱒の美しさや迫力、素晴らしいロケーションなど、すべてに感嘆させられた。とくに第8号の池田湖のレインボウ・トラウトには、とてつもない衝撃を受けた。

行けるものなら行きたいと思ったし、記事の内容も先駆的でいまでも私にはバイブルだ。個人的にはバスやソルトはあまり興味がなかったが、興味のある方々にはやはり相当なインパクトがあっただろう。

高校の修学旅行は東京と京都だった。私は修学旅行にも『アングリング』を持ち歩き時間があれば読みふけっていた。平安神宮のお堀でバス釣りもした。

ショップの広告を見て、自由時間には京都や東京のプロショップをハシゴした。ショップがマンションの中にあって一般住宅の玄関と同じ作りなのには驚くよりも、もしかしたら店ではなく誰かの家なのでは、と思った。

北海道のド田舎者は、怖じ気付いてなかなか入れなかった。当時購入したマテリアルはいまでも大切に使用している。京都ではコーホ、東京ではウォルトンとノリエで買物をした。

コーホでは店主と軽いバトルになった。緊張しながらマンションの一室のドアを開けると、入口左にはなにか釣りの映像が流れていた。右には魚のはく製が、壁一面に飾られていた。

そのはく製がとても粗末に見えた正直者の私は、思わず、「なんだかこのはく製たち汚いなぁ」と呟いてしまった。それにいつも地元で釣っている魚より小さいサイズだったし。

そしたら大変。店主はいきなり、高校生の私に、「君はこんなサイズのイワナを釣ったことがあるのか?」だの、「ヤマメを、レインボウを釣ったことがあるのか?」と問いただしてきた。

正直者の私が、「えっ、あ、あります」と言うと、「ウソはいけないなぁ」と言う。

「家の前で釣れるし、ウソなんか言ってませんけど」
「家の前ぇ?  どこで釣ったん?」
「どこって、北海道の日高管内ですが」
「ふん、北海道は田舎だからな」

と、最後には意味不明の台詞を言われた。

純朴な私は、なんとも不思議なお店、いや、なんなんだこの大人は? くらいに思って、マテリアルをいくつか買って出てきた。こんな体験ができたのも『アングリング』のおかげだ。

みんながルアー&フライに夢中だった10年間

今でもはっきりと思い出せる。鮮明な写真と解説が素晴らしいタシロニンフの世界は圧巻だった。谷昌子女史のアメリカの独り旅を読み、ポリー・ラズボローを知り、ファジーニンフを知った。

島崎鱒二氏の記したフランク・ソーヤーの伝記も何度も読み返した。フェザントテイルはいまでも私のボックスに入っている。遠藤氏によるウッドベイトにはがく然とした。ウッドベイトも私のボックスに数本入っていて、毎シーズン活躍してくれている。

花田耕次氏にはシラメを教えてもらった。道民には全く未知の鱒で、初めてその存在を知った。松井秀昭氏が中禅寺湖で上げた102㎝のレイクトラウトには度胆を抜かれた。

「このレイクが上がった数日後に、高校生が100㎝のレイクを上げた」との記述もあり、中禅寺湖への釣行を渇望した。沢田賢一郎氏のアクアマリンのあまりの美しさに、それまでのフライに対する概念を180度変えられもした。私は今でもアクアマリン専用のボックスを数個持っている。

1980年代は、私が13才〜22才の10年間だ。青春真っ盛りの頃だ。釣り人みんながフライフィッシングや、ルアーフィッシングに夢中だった10年。私はとても恵まれていた時間を過ごしていた。

『アングリング』はその水先案内人だった。

特集 『Angling』とその時代 フライの雑誌-第87号

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