『フライの雑誌』第125号(2022年7月20日発行)から、 「きっぴんアワビの里・岩手県大船渡市 メガソーラー開発のゆくえ」(山下裕一)を公開します。
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【公開記事】
きっぴんアワビの里
岩手県大船渡市
メガソーラー開発のゆくえ
文・写真提供 山下裕一
(岩手県大船渡市)
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釣り場時評94(水口憲哉|『フライの雑誌』第121号 編注:「メガソーラーの次は巨大洋上風車群 国と電力会社が狙う海」全文公開中)で紹介された岩手県大船渡市吉浜地区のメガソーラー事業は、住民の反対で事業中止になると思われた。
が、事業者である自然電力株式会社(本社福岡県)が、戸田公明大船渡市長と事業実現の道を探り、早ければこの夏には着工したいと言っている。
どうしてこんな事態になったのか、世界的に有名な〝きっぴんアワビ〟の里で、今何が起こっているかを報告したい。
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「どうしてここにしたんですか」
この計画は、最初からおかしなものだった。
2016年2月、吉浜地区の知人から太陽光発電所の計画があると聞いた私は、大船渡市役所に問い合わせた。
するとなぜか事業者が私に連絡してきた。翌日すぐに自然電力と会ったのは、すでにアパートを借りて社員が住み込んでいたからだった。
ノートパソコンの画面で事業地の場所を示した地図を見せられたが、福岡に籍を置く企業が、縁もゆかりもない山の上にこんな開発計画を立てること自体、もうおかしい。「どうしてここにしたんですか。」と問うと、「平らだったからです。」とだけ答えた。
たしかに地形図を見ればなだらかな場所はあるが、現地に至る道はなく、標高700mぐらいで、周りは森林で急斜面に囲まれている。
後の説明会では、「ある方からの紹介で本土地を知ることになりました。」と答えた。
自然電力がこの場所で設備認定を得た2014年から、隣の越喜来(おきらい)地区の市議会議員に接触していたことも、市の文書記録に残っていた。
足がかりはあったのだ。
私がこの事業を知ったときには、すでに吉浜地区の自治会長らが〈同意書〉という書面に署名していた。着工に際し、住民の了承を得るという条件があったものの、市との土地賃貸借契約には同意するとの内容であった。
その際、前述の市議が事業者と共に自治会長を訪ね歩き、「住民説明はあとでするから」「手続きだけ進めたい」と言って署名を求め、市には土地契約締結を働きかけていた。
設備認定時の売電価格を維持するため、契約は必須だった。
この後、事業者は32ヘクタールの土地契約をしたが、岩が多くて土地が足りないと言って、約1・5㎞離れた大窪山牧野にソーラーパネルを半分移す計画変更を、市に申し出た。
あとで、と言っていた住民説明会は3年も先だった。
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同意書は〝ボンとなくなった〟
2019年9月に行われた2回目の住民説明会では、反対の意見しか出てこなかった。11月には3回目の説明会が自治会ごとに行われた。
大船渡市長、副市長までが事業者の説明会に入ってきて事業実施を迫ったが、直前に台風19号による土砂災害が吉浜地内で複数発生した。
事業に対する不安の声は大きくなり、『荒金山・大窪山太陽光発電所建設に反対する会』が結成された。すぐに署名活動がはじまり、吉浜地区世帯の7割以上が事業に反対した。
反対署名を受け取った市長は、このままでは土地は貸せないと言ったものの、事業者はパネルなどのすべての設備を大窪山牧野に移す計画を進めようとした。
その後の説明会から市長の態度は全く変わった。同意書の条件について問いただすと、「同意書は反対署名によってボンとなくなった。」と言い出した。事業者側の言い分は少し違って、建設場所が変わったから同意書は無効と主張した。
そして市長は、事業の可否は自分が総合的に判断する、と言って、建設強行の姿勢を見せた。
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公文書偽造が発覚
市の姿勢に不信が募る中、住民の一人が市の開示文書を調べていて、締結していた土地賃貸借契約書の偽造に気づいた。
契約が途切れると売電価格が下がってしまうため、土地賃貸借契約書と決裁文書の日付を遡って作成していた。議会請願で指摘したが、違法性はないと言って改めなかった。
このままでは公然と不正が行われながら、事業は進んでしまう。その危機感から、戸田公明市長と志田努副市長を有印公文書偽造および同行使の罪で、住民3名が岩手県警に刑事告発した。
2021年3月27日、告発状は岩手県警察本部によって受理された。1年以上経過した現在も、捜査は続いている。検察送致はこれからだが、市長は〝自分は起訴にならない〟と自信をもっているらしい。(編注:その後、書類送検された)
事業者は場所変更の手続きを進め、この4月には自然電力株式会社が再び説明会を開いた。
経産省が計画変更を認めたことをアピールしたのだが、合同会社の出資者だった東京ガス株式会社が、本事業から手を引くという事態も起きている。
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世界一のきっぴんアワビ
市議会では、市長寄りの議員が、「反対している人は事業を理解していない」「あの反対署名の文言はおかしかった」「自治会の反対決議も民主的ではなかった」と、反対する住民を非難した。
住民の反対運動は事業の邪魔になる。建設には住民の合意が前提という約束があるから、最後には諦めていただかなくては困るのだ。
吉浜地区では8割以上の世帯が一次産業に関わって生活しており、大窪山、吉浜川に支えられているという認識がある。吉浜湾ではホタテとワカメ養殖の比率が大きいが、多くの世帯がウニ、アワビ、マツモやフノリなどを採る漁家でもある。
我々は先祖代々、海を生業の柱としてきた。世界一の品質を誇るきっぴんアワビを育てる海を守っている。住民がメガソーラー建設に反対する背景にはそんな自負もある。
(了)
編注: きっぴんアワビ(吉浜鮑) 大船渡市三陸町吉浜地区で獲られる世界的に有名な高級アワビ。
編注: 本記事掲載後の11月27日、戸田公明市長(当時)の任期満了に伴う大船渡市長選挙が行われました。渕上清・新市長の今後が注視されます。
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